昔から。

君が羨ましかったんだ。




+初恋の人





佐伯は部活の休みを利用して、とある学校までやってきていた。

それは自分の幼馴染の弟がいる学校で。

何があった、という訳ではないのだけれども、ふと会いたくなって。

気がついたら学校の寮に入っている彼のもとへとやってきていた。

突然何の連絡もなしで会いにきて、彼には迷惑かとも思ったが、

折角来たのだからやはり裕太に会ってから帰ろうと、寮の受付で裕太を呼び出してもらうことにした。


寮の中に裕太を呼び出すアナウンスが響いて、その三分後。

律儀にも小走りで裕太は佐伯の元へやってきた。



「佐伯さん!」



駆け寄ってきた裕太に佐伯は手を挙げ、笑ってみせる。



「どうしたんですか?突然?」



不思議そうにする裕太に、それもそうだと佐伯は思う。

幼馴染だとはいえ、最近は全く会わなくなった人間が突然やってきたのだ。

驚かずにはいられないだろう。



「いや、近くに用事があったから、どうせなら裕太くんの顔でも見ていこうと思ってさ」



なんて、全くの嘘をまるで本当のことであるかのように口にする。

自分も随分と簡単に嘘がつけるようになったものだな、と感心する。

何を言葉にしても表情には出さないのは、幼馴染である彼の得意とするところだったはずであるのに。

年を取るにつれて、自分も顔の皮が厚くなったようだ。



「そうっすか・・。何か佐伯さんに会うの久し振りな感じがします」



久し振り。

そう言われて佐伯は裕太と会っていなかった日々のことを思い出す。

裕太は、きっと佐伯に最後、いつ会ったかなんて覚えていないに違いない。

けれど、佐伯は裕太に最後に会った日を鮮明に覚えている。

裕太に会えない日々は佐伯の心に陰を落として。

降り積もっていく思いに耐え切れずに、こうして衝動的に裕太に会いにきた。

堪えきれなくなるほどの思いは、伝えてしまえば楽になるのだろうとは思うのだけれども。

そうは思えど断ち切れぬと強く感じてしまうのは、今まで持ち続けてきた思いの深さだ。

分かってはいるけれども、簡単に捨てられるほど軽い思いではない。



「そうだね、久し振り」



久し振り。

この言葉にどんな深い思いを込めているのか。

きっと裕太には分からないだろう。



「・・元気、だったかい?」



目の前に裕太がいることを確かめながら、そんな問いを口にする。

長いこと会ってはいなかったけれども、一目見ただけで分かる。

裕太が今、どれだけ充実した生活を送っているかくらい。



「もちろん元気でやってます。佐伯さんは?」



かけられた言葉の一つ一つを聞き逃さないように、大切に受け取る。

学校も、家も離れてしまった今、こうして会うことができるのも年に数回。

だからこそ、今の時間が全てで、そして何よりも大切なものだった。



「ああ、俺も元気だよ」



そう答えれば裕太はまるで自分のことのように嬉しそうに笑った。

素直で真っ直ぐなところは昔から変わらない、愛すべき裕太の性格だ。

年を取ってそれを表に出すことを本人は恥ずかしいと思っているようだけれども。

彼の本質は昔から何も変わってはいない。

そこにいるのは、真っ直ぐで、何にも正面からぶつかる、気持ちいいほど純粋な裕太だった。

変わらないということにただ感謝を覚えて、本当は心から泣いてしまいたい心を、

年を経ることで身に付けたポーカーフェースの下に隠す。

愛する人に無駄な心配はかけたくなかった。



「そうか・・。この前不二に会ったんだけど、不二も裕太くんのこと心配してたよ」



少しの痛みを覚えながら、自分を自分で傷つけると知っていても、

佐伯はわざと、長年羨んできた彼の名前を出す。



「・・兄貴のやつ、心配症なんっすから」



口ではそう言うけれども、表情はまんざらではない。

悪態をつきながらも僅かに表情を緩める。

それは佐伯に会ったときにはなかったもので。

知ってはいたけれども、目の前につきつけられれば相当の痛みを伴って傷となる。


不二の名前を口にした途端柔らかくなった表情に、佐伯は心の中で子供のころ、

いつも羨んで仕方のなかった幼馴染の顔を思い出す。



いつもいつも。

羨ましくて仕方がなかった。

兄というだけで、不二はいつも裕太を独占して。


子供の頃、裕太と二人で遊んだ記憶などほとんどない。

佐伯と同学年だったのが不二周助だったのだから、その方が自然だったとは思うのだが。

それでも不二は、佐伯が裕太と二人で遊んでいると不自然なほど偶然にその場に居合わせた。


今から考えると、きっと、不二は佐伯の心情なんてお見通しだったのだと思う。

子供心に、いつも不二は知っていたのだ。

佐伯の心なんて手に取るように分かっているからこそ、いつも。

そう、いつも、佐伯の前で裕太を手放すことがなかったのだろう。


幼馴染、なんて名目だけ。

いつも、彼に対して持っていたのは羨望だけ。

不二周助に対する、嫉妬だけだった。



馬鹿みたいだと思う。

今更。

そうもうあの時から随分と時間が経っている今も、まだこうして裕太を思い続けている。

伝えられなかったからこそ、こうしてずるずると形のない思いを引き摺っているのだろうと思う。

けれどやはり、今ここでこの思いを捨てていくという気は更々なかった。



「突然邪魔しちゃって悪いね」



「いえ、邪魔なんかじゃないっすよ。また遊びにきてくださいね。

 あ、今度は俺が行きますから!」



今裕太にこの思いを伝えても、届かないのは目に見えているから。

百分の一の可能性もない賭け。

そんなものに自分が長年培ってきた思いを託せる訳はなく。

また、こうして。

伝えることのできない思いは降り積もっていく。



『今度は俺が・・』



そんな裕太の一言に、百分の一でもいいからと、可能性を信じて。

また今日も、裕太を思いながら、そして不二周助を羨みながら彼のもとを去るのだ。






初恋は実らないと、誰が言ったのだろう。

確かにそうだ、と。

佐伯は目の前で笑う、また随分とかっこよくなった初恋の人へと視線を向けた。