立海大附属中学テニス部の
合宿ではいつもプールに入ることが恒例になっていました。





+dreaming in the water+





お恥ずかしい話ですが、昔からワタシは水が余り得意ではありませんでした。

もちろん不得意などあってはならないという父の教えにより、

一応泳げるくらいには水への嫌悪感は無くなりました。

しかし根底にある水への苦手感は拭うことができず、

夏合宿でプールへ入らなくてはならないことが少しだけ嫌なのでした。


ワタシが水を嫌う理由は、明確にあるわけではありません。

小さな頃から、あのゆらゆらと揺れる透明な水が何処か心の奥に恐怖を植え付けるのです。



ワタシはプールでのトレーニングが休憩になるや否や、すぐに水から上がりました。

元気な丸井君や桑原君は水を掛け合って遊んでいましたが、

ワタシには水で戯れようという気が起きませんでした。

プールサイドで足を抱えて座り、ぼんやりとたゆとう水を眺めます。

ぴちゃん、ぴちゃりと不規則に形を作るそれに、ワタシは目を逸らしたくなりました。



その時です。

ワタシはプールの中で思わず視線を止めました。

まるで水と同化したかのような滑らかさで泳ぐ人がいるのです。

あまりの泳ぎの美しさに思わず目を奪われて、じっとその人の泳ぎを見ていました。

まるで水と仲がいいかのような、そんな泳ぎ。

自分には出来ないと感じながらも、どこかで羨ましいと思う気持ちがありました。


25mを泳ぎきると、驚いたことにその人は、真っ直ぐにワタシの方へと近づいてきました。



「ヒロくんは泳がんのかい?」



ざばり、と。

水面から顔を上げたのは、驚いたことに仁王君でした。


僅かに息を詰めながらも、ワタシは必死で首を横に振りました。



「ワタシは・・水が苦手なんです」



僅かに言い淀みながら、足元にあるプールの水を眺めました。

ワタシはどうしてだか、仁王君のように水と仲良くすることができないのです。

もちろん、仲良くしてみたいという気はあります。

だけれども心の中で何かが引っかかって、ワタシの足を止めているのです。



「そうやったんか・・」



仁王君は少し驚きながらも、けれど決して馬鹿にしないような顔つきで頷きました。

もしかしたら仁王君は水が苦手な人が嫌いなのかもしれない、

そんな思いに駆られて仁王君の顔を覗き込めば、突然。


腕を引っ張られたのです。



「え・・!?あの・・!」



水の中にいる仁王くんに思いっきり引っ張られて、体は必然的にプールの中へと入ります。

再び入り込んだ水の中。

それに僅かに嫌悪感が混じって、慌てて水の中から出ようとします。


けれども仁王君はそれを許してはくれませんでした。

プールの中でワタシの体をぎゅっと抱き締めて、離しません。


けれど、仁王君がそうしてくれたことで、水の中ですけれども少しだけ怖い気持ちが収まりました。

どきどき、と、恐怖で僅かに高鳴っていた心音は、

仁王君に抱き締められたことによるどきどきへと変わっていったのです。



「水ってヒロくんが思ってるほど怖くないもんじゃ」



耳元で静かに囁いた仁王君の声に、ワタシは思わず頷きました。

ワタシの心音、仁王くんの心音、そして水の音がゆるやかに合わさって、酷く心地がよいのです。


仁王君の腕の中で大人しくじっとしていたら、仁王君はフッ、と悪戯な笑みを浮かべました。



「なぁヒロくん、俺と新しい世界を見てみんか?」



その質問の意味が分からず。

え?、と問い返しているうちに、唇を塞がれました。

そうして、仁王君の腕に抱きかかえながら水の中へと潜ったのです。


恐怖感が先立って、目を閉じたままでいると、仁王君が背を軽く撫でました。

その合図を元にゆっくりと目を開けて、上を見れば。

夏の日差しにきらきらと、輝く水面が見えたのです。

その光景はワタシには初めてで、思わず見惚れてしまうほど。

たゆとう水は何色にも色鮮やかに。

光は思わず手を伸ばして掴みたくなるくらいに美しかったのです。


少しの間見惚れてから、目の前にいる仁王君と視線を合わせれば、

仁王君はまた、悪戯っこのような笑顔を浮かべました。


そうして仁王君の腕に抱えられながら、ワタシは外へと出ました。

再び唇に軽いキスを受けて、それからまた視線を合わせてお互いに笑みを零しました。

今は、仁王君のどきどきと、ワタシのどきどきと、そして水の音がさっきよりも重なって、

体を優しく包みます。



「俺と一緒なら、水も怖くないじゃろ?」



「ええ、怖くないです」



現金なようですが、本当に仁王君と一緒なら水は怖くなどありませんでした。

寧ろ、好む対象にさえなりそうな、そんな予感がしました。










貴方はいつも、ワタシを浮上させてくれる。

貴方と一緒ならワタシは何も怖くなんてないのです。