とても珍しいことに、休み時間を終えても同じクラスの二は、教室へと戻ってこなかった。

出席態度の酷く真面目な蓮二にはあるまじき出来事で、

予鈴の後に教室にいないことなどこれが初めてだった。

しかし蓮二のことなのでもしかしたらどこかで教師にでも掴まっているのかもしれない、と、

真田はそう納得をして次の授業の準備をし始めたのだが、

そろそろ本鈴も近いという時刻が迫ってきて、

流石にこの時間まで教室に戻らないのはおかしいと思い始めた。


それに。

もし何か大事な用事が休み時間中にあったのならば、

それを蓮二が真田に言っていかないはずがないのだ。

過信ではないのかと他人が聞いたらそう言われてしまいそうだが、

自分と蓮二の関係とはそういうものであった。



しかしこうしている間も蓮二が教室に戻ってくる気配はない。

真田はとうとう耐え切れなくなって、蓮二を探しにいくために本鈴が鳴る直前に教室を飛び出した。

そんな真田の姿を見たクラスメイトたちは、総じて驚きの表情を隠せなかったという。





+Honey's Happy Time





教室を飛び出したところで本鈴がなった。

他のクラスや真田のクラスにも続々と教師たちが向かっているが、

今はそんなことに構っている時ではなかった。

ちなみに真田は今まで無遅刻無欠勤無早退である。

もちろん皆勤賞を狙ってはいたが、そんなことを重んじるばかりに大切なものが失われては困る。


蓮二は時折、変な輩に目をつけられることがある。

昔から蓮二に不埒な行為をしようと、邪な手が伸ばされることが多かった。


だから、もしかしたら今回も、と真田は真っ青になったのだ。

流石にもう二年生になり、蓮二は真田のものだという認識が大概にしてできているにしろ、

もしかしたらまだ諦め切れなくて蓮二に手を出そうと、

水面下で長い間画策していた輩がいるのかもしれない。


真田の頭の中には既に次の授業のことなどなく、蓮二がいそうな場所をいくつも思い浮かべていた。

そうして真田は教室から一番近いところから蓮二の姿を探していったのである。



探し始めて、真田は何個目かの場所である部室にたどり着いた。

しかし今だ蓮二の姿は見つからず、もしかして行き違いになってしまったかとも思ったが、

もう少しだけ探してみることにした。

部室へ向かったがそこは当然鍵など開いているはずもなく、中に蓮二がいる気配もなかった。

では何処へ行ったのだろう、と少しだけ考えあぐねていると、そこに突然意外な人物が現れたのだ。



「・・真田」



呼びかけられて振り向くと、そこには同じ部活の仁王雅治がいた。



「仁王か、どうしたこんな時間にこんなところで」



「それはこっちのセリフじゃ。

 優等生のお前がどうしてこんなところにおる?」



そう問われて、まさか蓮二がいないから探しているなどと答えられるはずもなく、

真田は思わず言葉を濁した。



「・・いや、少し用事があってな」



その答えに仁王は訝しげに真田を見たが、

けれど余り構ってなどいられないという風に真田に背を向けて立ち去ろうとする。



「おい・・お前は結局どうして部室に来たんだ?」



立ち去る背中にそう告げると、仁王は一瞬振り向いて、何故だか僅かに苦々しい顔をしてみせた。



「・・比呂くんが教室に戻ってこんのじゃ」



ぽつり、と呟かれた言葉に、真田は驚いた。

柳生も蓮二と同じくいなくなったのか、と。



「仁王!」



思わず呼び止め、その背を留めた。



「なんじゃ、俺は忙しいけん、お前に構っとる暇はなか」



「・・柳生もいなくなったのか?」



その言葉に、仁王は全てを悟ったようだった。



「柳もいなくなったんかい・・!?」



仁王は驚いて目を瞠ったが、けれど何故だか直ぐに真田を見て不敵な笑みを浮かべた。



「二人でいなくなったっちゅーことは、あそこじゃ、きっと」



仁王は水を得た魚のように急に真田に背を向けて走り出した。



「お、おい待て!」



どうやら柳生の居場所、そして柳の居場所も分かったらしい仁王に、

とにかく真田はついていくことにした。


仁王は廊下を走り、階段を豪快に駆け上がった。

もちろん真田は普段そんなことはしないが、

今日は特例中の特例だと自分に言い聞かせて仁王の後を追った。



たどり着いた先は、屋上。

そこは普段立ち入りを禁止されてはいないのだが、教室から遠いために滅多に人の入らない屋上だ。

しかしその屋上は古ぼけてはおらず、好む人間には絶好のサボリのポイントなのである。

まさかそんなところに蓮二がいるとは思わず、真田は半信半疑のまま辺りを見回した。


すると屋上の端の方、丁度日当たりの一番よいフェンスの辺りに仁王が立っていることに気づいた。

仁王はそのフェンスの下の辺りをじっと眺めている。

真田は慌ててそこに近寄ろうとすると、仁王が口に人差し指を立てて手招いている。

静かに来いということだろうか、と足音を立てずに歩く、

などという慣れないことをしながら仁王の側へと近づいていった。


すると仁王の足元に二人の姿が見えてきた。

どうやら二人で肩を寄せ合って眠り込んでしまったらしい。

無事な蓮二の姿を見て、真田は初めてほっと溜息をついた。



本当なのであればこのまま起こして教室に連れて帰るのが一番いいのだが、

こんなにも気持ちよさそうな蓮二を起こしてしまうのは忍びない。

仁王もどうやらそう思っているらしく、

随分と無防備に眠っている柳生を起こすつもりは今のところなさそうだった。



しかしこんなところで眠ってしまうとはよほど疲れていたのだろうか。

自分にはそれほど疲れている素振りなど見せなかったのに。

真田は陽だまりの中で気持ち良さそうに眠る愛しい人を見ながらそんなことを思った。

隣で眠る柳生も、きっと疲れていたのだろう。


そんなことを思いながら二人を眺めていると、突然隣にいた仁王がポツリと呟いた。



「仔猫たちのお昼寝・・じゃな」



そうして真田に再び不敵な笑みを零した。



「・・そんなこと、起きているときにこの二人が聞いたら激怒するぞ」



「そこがまた可愛いんじゃろ?」



そう言いながら、仁王は突然柳生に手を伸ばした。

このまま寝かしたままでいるのかと思っていた真田は、仁王の行動にただ驚いて呆然と眺めていた。



「比呂くんほら、他の男と一緒になんて寝てたらあかんよ」



仁王は柳生を蓮二の側から引き離して、自分の腕の中に抱き込む。

突然動かされた柳生は仁王の腕の中で何が起きたか理解していないらしく、

まだ開かない目を擦りながら仁王の体にしがみついた。



とりあえず、真田はそんな光景を目の前で見せ付けられて、ただただ固まることしかできなかった。



「比呂くん朝じゃけん。

 起きんしゃい」



「・・・・んっ」



柳生は仁王の腕の中に抱かれていることに何の疑問もないのか、

仁王の言葉に素直に目を覚ます。



「・・おはようございます、仁王君」



「おはよう、比呂くん。

 起きたときには、おはようのチュ−じゃろ、比呂くん」



真田は酷く困惑した。

この続きを見てもいいものだろうか、いけないのだろうか、と。

けれどそんなことを考えている間に、目の前のことは進んでしまっていたのである。



「もう・・、仁王君」



そう言いつつも、柳生は頬を染めて仁王に軽く口づけた。

すると仁王は心底嬉しそうに笑い、お返しとばかりに柳生に深く深く口づけたのだ。



「・・・んっつ・・ん・・仁王君・・」



と、熱烈なカップルが隣で濃厚なラブシーンを演じていて、

真田がどうにもこうにも身動きが取れなくなった時に、

幸運にも真田の天使が目を覚ましてくれたのだ。



「・・・蓮二!」



真田は思わずそのまま蓮二を抱きかかえ、屋上を飛び出していこうとする。



「・・弦一郎!?」



蓮二は突然の出来事に驚いた。

何せ自分の体が気づいた時には真田に抱きかかえられて宙に浮いているのである。

しかし蓮二は、屋上を出る寸前にちらりと後ろを振り返って、その全てを理解した。


そうしてこっそりと笑ってみせたのだ。



屋上から続く階段を、蓮二をお姫様抱っこしたまま降りる真田の首に抱きつきながら、蓮二は、

きっと、真っ赤になって思考が止まってしまっているのだろう真田の頭を優しく撫でた。



「・・ちょっと弦一郎には刺激が強すぎたかな?」



そう呟くと、真田は階段の途中にも関らず、バランスを崩しそうになったのだった。



本当はあれくらいしてくれてもいいんだけどね、なんて思ったことは、

ちょっと頭の固い恋人には内緒だけれども。



というのは柳蓮二の談である。