「柳生はもし
物になれるとしたら、何になりたい?」




そんなことを聞かれたのは、お昼休み、

お気に入りの青い空が一番近くに見える場所でお昼ごはんを食べている時でした。





+いつか、いつか。





その問いをワタシに投げかけてきたのは幸村君でした。

お昼ごはんを食べているときの話題にしては、些か奇妙な気もしましたが、

特に答えられない理由もなかったので、ワタシは一生懸命に考え始めました。


突然になりたい動物は、と尋ねられて、すぐには答えが浮かびませんでした。

そんなことを考えたこともありませんでしたので、色々な動物を思い浮かべては他と比較をしました。

けれどどれもしっくりくるものはなく、思わず考え込んでしまうと、隣から小さな笑い声が聞こえてきました。



「そんなに真剣に考えこまなくてもいいよ。

 ぱっと思いついたのでいいから」



口に手を当てて笑う幸村君は、どうやらワタシのことを面白がっているようです。

穏やかに笑う姿に助けを求めるように仁王君を見れば、

仁王君もどうやらワタシの答えを待っているようで、興味津々にワタシを見ています。

これでは助けは求められない、と、ワタシは必死で答えを探そうとしました。


思いついたのでよい、と言われても適当な答えを幸村君に言えるはずもありません。

必死に、必死に考えました。



そんな時に、ふと。

視界の隅に青空が目に入りました。

立海の屋上は入場制限がされておらず、誰でも入ることが可能です。

けれど階段が教室から遠いために、滅多に人が来ることはありません。

ワタシたちはそんな屋上に来るのが好きでした。

真っ青な青空が、少しだけ近くなったような気がするからです。

手を伸ばしても届くはずはないのですが、それでも何も遮るものがなく見える青空に心が落ち着くのです。


ワタシはぼんやりと空を見上げ、そうして幸村君を見つめました。




「・・ワタシは鳥になりたいです。

 鳥になって、空を自由に飛んでみたいです」




すると何故だか幸村君は驚いたようにワタシを見ました。

何か、いけないことを言ったのでしょうか。

ワタシはただそんな幸村君に困惑していると、すっとワタシの腰に二本の腕が伸びてきました。

その腕はするりとワタシを掴まえると、ぎゅっと強い力でワタシを抱き締めました。


その温かさの正体を、ワタシは嫌というほどよく知っています。




「・・仁王君」




驚いたようにその腕の主を見れば、彼は背後からワタシをぎゅっと、再び抱き締めました。

幸村君がいるのに、と慌てて腕を振り解こうとしましたが、

その腕の力は強く、簡単には振り解けそうにありません。



「・・仁王君!」



「比呂くん」



諌めるように呼んだ名は、仁王君がワタシを呼ぶ声に遮られました。

強い口調にワタシは思わず動きを止めました。





「・・頼むから、俺の知らんところにいかんでくれ

 絶対に俺を置いて一人でどっかに行ったらあかんよ」





縋るように肩に顔を埋めて、仁王君は言いました。

まるで願いのようなその言葉に、ワタシは初めて仁王君を悲しませてしまったことに気が付きました。



「・・!

 すみません、ワタシはそんなつもりで言ったんじゃ・・!」



「わかっちょる。

 ・・けどな、お前が遠くに行きそうで怖いんじゃ」



ぎゅっと。

強く、強く。

ワタシなんかでは振りほどけない力で抱き締められて、その思いの強さを知りました。

抱き締める仁王君の腕を、ワタシは優しく撫でました。

それから、近くに行ってみたいと願った空に笑いかけて、そして振り向いて仁王君と視線を合わせました。



「・・大丈夫です。

 ワタシは何処かへ行ったりしませんから」





自由に泳いでみたいと思った空は、仁王君と一緒にいるこの場所には叶わないのですから。





こっそり。

そう告げると、仁王君は今度は正面からワタシを抱きしめました。

その温かさにワタシはただ体を預けました。

自由な羽など、ワタシには必要ありません。

彼の側が、ワタシのいるべき場所なのですから。



仁王君の腕に抱き締められたまま幸村君を見ると、彼は少しだけ悲しそうな顔で笑っていました。




「・・幸村君?」



不安になって声をかければ、幸村君は青い青い空にそっと手を伸ばしました。



「仁王は優しいね」



ワタシは幸村君の言葉の真意が見えず、ただ黙って続きを待ちました。

幸村君の姿は時に酷く何かを達観してしまったかのような、そんな風にも見えます。

幸村君が何を見ているのか、ワタシには分かりませんでしたが、

彼が手を伸ばした青空の向こう、彼が思う何かがあるのかもしれません。



「好きな人に、空を飛びたいと言われたら」



幸村君は何かを振り切るかのように、目を閉じ、そして小さく笑いました。




「俺だったら、その人を掴まえて、誰も触れられないところに閉じ込めて、

 誰にも見つからないところで二人、死ぬまで生きていくよ」




その時の、幸村君の少し切なそうな、

――それでもどこか幸せそうな顔を忘れることができませんでした。





その時、静寂を破るかのように、屋上のドアが開きました。



「あっれ?

 どうしたんだよそんな深刻そうな顔・・?」



屋上へやってきたのは丸井君でした。

抱き合っているワタシたちの状況と、普段とは違う幸村君の姿を見て驚いたようでした。



「幸・・」


「ブン太」



言葉を発しようとした丸井君を遮ったのは幸村君でした。





「もし動物になれるとしたら、何になりたい?





ワタシは思わず息を飲んで丸井君を見ました。

丸井君の答えを聞きたいような気もしましたが、聞いてはいけないような気もしたのです。

ワタシは思わず幸村君をじっと見つめました。

しかし幸村君は我関せず、丸井君だけを見ていました。




「・・ん・・・?俺?」



丸井君は少し考え込んだ後、ゆっくりと首をめぐらし、そして空を見上げました。





「俺は鳥、かな!」









そう、答えた丸井君に。

誰よりも綺麗に微笑んだ幸村君の笑顔を、ワタシは一生忘れることがないでしょう。