調子に乗ってこんなところへ来るものではない、と少しだけ悔をしたのは、

この世で一番愛する恋人がこんなところでも大人気だったからだ。





+肝試し〜ver28〜





確か、赤也あたりの提案だったのだと思うのだが、いまいち覚えていない。

それは特別印象がなかったからではなく、自分が一人を除く他の人間に酷く無関心であるからだ。

部活後、真田と柳のいない部室で突然肝試しに行くという話題になった。

もちろんお祭りごとの大好きなブン太がその話にすぐに飛びつき、

ブン太には滅法甘い幸村がそれに賛同し、

赤也とブン太の保護者役のジャッカルも否応なしについていくことが決定をした。

その段階では自分と柳生が肝試しなどに参加することにはなっていなかったのであるが、

赤也の視線がこちらを向いてしまったことが運の尽きだった。

最初は嫌がっていた柳生を、赤也が泣き落としにも似た我侭で参加させることを決めた。

後輩に甘い柳生はもちろんそれ以上何も言うことができず、

結局真田と柳以外の立海レギュラーメンバー全員で、

近所の有名心霊スポットへ出かけることになってしまったのだ。



そうこうしているうちに、その”本当に出る”と有名な心霊スポットに着いてしまった。

赤也とブン太は酷く楽しそうにその館の前ではしゃいでいた。

あの二人の前では、幽霊も驚いて出てきにくくなるに違いないと仁王は思う。

それから、柳生はというと。

少し不安げな顔をして蔦の張り巡らされた古い館を眺めていた。

柳生は元々好んで危険に足を踏み入れようとするタイプではない。

だからこそ、今回のようなことが不安でたまらないのだろう。

幽霊が出るにしろ、出ないにしろ、こんな経験がきっと初めてなのだ。

仁王はそんな柳生を見て、口元に小さく笑みを浮かべる。

それからそっと柳生に近づいた。



「比呂くん」



声をかけただけで少し驚いた様子の柳生に、安心させるように笑顔を浮かべる。

そうしてそっとその手を取った。



「怖かったら入らんでもええよ」



柳生の手は僅かに震えていて、肝試しに来ると同意したはいいものの、

苦手だということを後輩の手前、言い出せなかったのかもしれない。

すると柳生は小さく首を振った。



「・・いいえ、折角来たんです。

 入りましょう」



怖がっているくせに大丈夫だと笑ってみせる柳生に少しだけほだされる。

ここで柳生が本当に怖がっているのならば、どんな手段を使ってでも家へ帰ると思っていたのだが、

この様子では大して心配しなくても大丈夫そうだ。

それにここに住み着いている幽霊はそれほど大きな力を持ってはいないようだ。

”出る”と有名であるのは、ただ姿を頻繁に現すからに過ぎない。

自分を誇示しようとするだけの幽霊であり、そこまで人間に危害は加える様子は見えない。


それに。

赤也は秘密にしたがったようであるが、今日肝試しに行くということを柳に伝えておいた。

きっとそのうち柳が真田を連れてここにやってくるであろう。

それは何かが起こった時の保険というもので、仁王が何も言わなくとも柳はどうやら納得をしてくれたようだ。

もし中に入り何かが起こったとしても、外にいる柳が何とかしてくれる、そんな保険だ。


今回、肝試しに来たメンバーの中で幽霊の類が見えるのは、仁王とそして幸村だ。

それを知っているからこそ、仁王は今回の肝試しに同意したのだ。

仁王と幸村以外の人間は皆、幽霊の類が見えない人間だ。

しかし幽霊の見えない人間という中にも、霊に好かれる人種というのと、嫌われる人種というのがある。

赤也とジャッカルが後者で、柳生とブン太が前者だ。

きっと赤也とジャッカルはオーラが強すぎて霊も近づけないのだろうが、

柳生とブン太は無意識のうちにそういう類を引き寄せる力を持っている。

もちろん本人の自覚はない。

だからこそこういう霊の寄り付いているところに向かうことに対して少しだけ眉をしかめるのだが、

ブン太には幸村、そして柳生には自分がついているのだから大丈夫だろうと納得をしたのだ。

そして、保険として柳までつけていざという時にも対処できるようにした。

事前の対策としては万全という状態で、肝試しへ向かったのだ。

もちろんこのことに気づいているのは幸村だけだ。



「じゃあ中に入るっすか!」



赤也の掛け声で館の中に順番に入ることになる。

その声に、仁王の腕を掴む柳生の手に少しだけ力が入る。

大丈夫じゃ、と肩を抱くと、柳生は安心したように僅かに息を吐いた。

先頭は赤也とジャッカル、そしてその後ろのブン太、幸村が歩く。

そしてその後ろ、最後尾に二人で並んで歩き始める。

柳生がぎゅっと仁王の腕を掴む。

もちろん仁王も絶対に離さないというように柳生を片腕で抱き締めるようにして歩く。



古ぼけたその館の中は、心霊スポットらしく廃墟のようであった。

崩れかけの壁、割れた窓。

明かりは一切ない。

しかし時々、目の端に訪問者が残していったのだろうお菓子の屑や懐中電灯が転がっていて、

僅かに笑いを誘う。

先頭を行く赤也は時々、ぎゃ、だとか、わ、だとかいう悲鳴にも似た声を上げながらゆっくりと歩いていく。

何かに躓いて転びそうになった時にはジャッカルに抱え上げられたりもしていた。

その後ろを歩くブン太と幸村は、この暗闇の中に不釣合いに、楽しそうに笑い声を上げながら歩いている。

この二人に夏の恐怖だとか納涼を望む方が間違っているのかもしれないが。



と、五分ほど中を探索していくうちに、仁王はとあることに気がついた。

つけられているのだ。

もちろん、人間にではない。

ここの館の主であろう霊に、だ。

もう目をつけられたのかと僅かに苦々しく思いながら、隣にいる柳生を更に強く引き寄せる。


感で分かる。

この幽霊は柳生を見ている。

柳生のオーラに引き寄せられてやってきたのだ。

もしここで仁王が柳生から手を離すことがあれば、たちまちこの霊に攫われてしまうだろう。


仁王は心の中で僅かに舌打ちをした。

現実世界でも人気のある柳生は、こんなところでも愛されてしまうのか、と。

柳生に愛を向けるのはこの世界で、自分だけでいい。

そう思うからこそ、他の人間の柳生への好意が鬱陶しくて仕方がない。


仁王は後ろをつけてくる霊の力を計る。

本当に力のある霊であれば、仁王から力ずくで柳生を奪いにくるだろう。

しかしそうしてこないのは、この霊にそれほど力がないからだと分かる。

そうであれば仁王にとって、霊を追い払うことなど朝飯前であった。


仁王は歩きながらちらりと後ろを向く。

すると柳生の斜め後ろに、髪の長い女の霊がついてきていた。

仁王がしばらくその霊を観察していると、その霊がちらりとこちらに視線を向けた。



『この人は・・私の・・』



霊が仁王に何かを訴えかけてくる。

しかしその言葉に、仁王は話し合う余地もないことを知る。



「比呂くんは俺のじゃ。

 お前に髪の毛の一本だってやらん」



睨みつけながら言えば、女の霊の長い髪の毛がさらりと揺れる。



『・・私の・・愛した人に・・似ている。

 優しくしてくれた・・あの人に』



そして再び、切なそうな目が柳生を追った。

どうやら、生きている間に恋をした男が、柳生に似ているらしい。

傍迷惑な話である。

ここにいるのは、霊の愛した男ではないというのに。


思わずぎゅっと柳生を抱き締める腕に力を込めると、

今まで黙っていた柳生が仁王の異変に気がついたのか顔を上げてこちらを見た。



「・・仁王くん?」



呼ばれて視線を合わせる。

すると柳生は仁王の困ったような視線に気がついたのか、問い詰めるような視線を向けられる。

仁王が返答に詰まって思わず、柳生の斜め後ろにいる霊に視線を移してしまった。

すると柳生も、柳生にとってはただの何もない空間でしかない場所に視線を移した。


瞬間。

女の霊の表情がぱっと一変する。

今まで少しだけ物悲しそうな表情であったのにも関らず、柳生がそっちを向いた途端に、僅かに微笑んだ。

そうして、一筋の涙を流したのだ。



それを見て、仁王は柳生の手の平をそっと掴み、胸元まで上げた。



「・・あのな、比呂くん。

 ここにな、成仏できんで浮いてる奴がおるんじゃ。

 ・・一緒に祈ってくれるか?」



こいつが幸せに天国に行けるように。



そう告げれば柳生は僅かに驚いたような顔をしたが、直ぐに小さく頷いた。

それから、胸元で手を合わせて、瞼を閉じる。



「幽霊さん、どうぞ成仏なさってください。

 あの世で幸せになれるように」



柳生が祈りの言葉を口にする。

そうして柳生が目を閉じた瞬間に、仁王は小さな女の霊に念を送る。

霊がちゃんと成仏できるようにとの念だ。

すると女の霊は僅かに体が透けていく。

そうして最後には笑顔で、その体が空へと舞い上がっていった。

その視線は最後まで柳生を見ていたのだけれども。



仁王はその事実に少しだけ腹を立てる。

最後に見えたのが柳生だということが、何と幸せなことか。

自分でさえ、最期の瞬間に、柳生に看取ってもらえないかもしれないというのに。

羨ましくて腹が立つのだ。


仁王は、未だに成仏しきれなかった霊に祈りを捧げる柳生に視線を向ける。



「比呂くん」



声をかけて、その唇を奪う。



「・・んっ・・!」



僅かに抵抗を示した柳生だが、離さないというように深い口づけを施す。

息を奪うほどのキスをしながら、仁王はこっそりと霊の消えていった虚空を見上げる。

柳生は自分のものだ、と見せ付けるためだ。

自分でも子供じみていると思う。

けれど、それほど大切なのだ、柳生という人間が。























「おいお前ら何してたんだよ!」



当然のことながら皆とはぐれてしまった仁王と柳生は、急いで四人の元に合流をした。



「すまんすまん」

「すみません・・」



謝りながら合流をしたのだが、気がつけばもう出口はすぐそこであった。



「結局、幽霊ってデマだったのなー」



つまらなそうにブン太が呟く。

正確には、デマではない。

ちゃんといたのだが、途中で仁王が成仏させてしまったのだ。

だから途中からこの館の中にあった霊気がぷつりとなくなってしまった。

もちろん幸村はそれに気づいているのだろうが、何も言わずに笑ってブン太を諌めるだけであった。


あの霊はどうやら愛する人に最期を看取ってもらえなかったようだ。

だからこそ愛する人によく似た柳生に、真剣に祈ってもらえたことが成仏するきっかけとなったのだろう。



「残念っすね」



そう強がるのは赤也で。



「十分怖がってたくせに」


「そんなことないっすよ!」



ジャッカルが笑いながら言えば、赤也はむきになって反論をする。

それを柳生が笑いながら眺めていた。

その笑顔を見て、仁王はほっと安堵の溜息をつく。

柳生が怖い思いをしなかったか、それだけが心配だったのだ。

そして金輪際、肝試しには行かないと強く誓った。



館の出口が近づくにつれ、普段の雰囲気が戻ってくる。

半ば笑いながら楽しかったーとドアを開ける。

今夜の最強の恐怖が待ち望んでいるとは誰も知らずに。



「お前らーーーーーーーーーーー!!」



突然の大声に、その場にいた6人がびくりと体を震わせる。

一番前を歩いていた赤也が凍ったまま指だけをぎぎぎっと動かしてその大声を上げた人物を指差した。



「さ、さ、真田副部長・・?

 どうしてここに!?」



「どうしてもこうしてもない、お前らこんなくだらないことをしている暇があるのなら練習メニューを増やす。

 明日は心して部活に出るように!」











結局。

肝試しよりもその後の恐怖に負けて、赤也はそれ以降一切肝試しに出かけようとは言わなくなった。

そんな、夏の日の思い出。