予想だにしなかった場所で、君と出会うことのできた奇跡。 必然にも似た奇跡は、運命と呼ぶのが正しいのかもしれません。 +桃色の奇跡 二月には恋人たちの一大イベントがあります。 それはもちろん、ワタシと仁王君の上にも等しく降りかかってきます。 『俺も比呂くんからチョコが欲しいのう・・』 そう呟かれたのはバレンタインデーも差し迫った日のことでした。 前から言ってくれればいいのに、とは思いましたが、けれどそんな文句を言っている暇もなく、 バレンタインデーは近づいてきてしまいます。 ワタシは慌ててバレンタインデーにどんなチョコレートをあげたらいいのか必死に悩み始めました。 最初は手作りのチョコレートを渡そうかとも思ったのですが、 家でバレンタインデー直前に手作りチョコを作ったのでは流石に怪しまれてしまいます。 それに家族に相手を追及されかねません。 ですので手作りチョコというのは却下の案になりました。 そうして考えて考えぬいてやっと思いついたのが、プレゼントと一緒にチョコレートを渡す、ということでした。 バレンタインデー直前に、いかにも渡しますというようなチョコレートをお店で買うことは流石に憚られます。 ですのでチョコレートはプレゼントのおまけのようなものになるように渡せばいいのです。 そうすればわざわざチョコレートを女の子たちに混じって一生懸命選ぶ必要もなくなります。 我ながら名案だと思いながら、ワタシはバレンタイン直前の日曜日に、 滅多に行かない若者向けのショッピングセンターに出向き、仁王君へのプレゼントを選ぶことにしたのです。 ワタシがそこに出かけたのは朝早くのことでした。 けれどプレゼントを選び終わった時にはもう、お昼を過ぎていました。 もちろんプレゼント選びが容易なはずがありませんでした。 ワタシと仁王君の趣味は全くといっていいほど違います。 だから一体どんなものを仁王君が気に入るのか、検討もつかなかったのです。 仁王君に喜んでほしい、そんな想いは強くありましたが、 どんな品物を渡せば仁王君が心底喜んでくれるのかと考えているうちに、 あっという間に時間は過ぎてしまいました。 ちょっと奮発して、けれど仁王君はきっと喜んでくれるだろうものを見つけて買うことにしました。 ワタシも気に入ったので、その品物には満足をしています。 後はこれにチョコレートをつけて、仁王君に渡して、そして喜んでくれるかどうかだけです。 片手に仁王君に渡すプレゼントを持ち、ワタシはショッピングセンターの下りエスカレーターに乗り込みました。 今日は休日ということもあるのか、沢山の若者がショッピングに訪れてきています。 流石にワタシのように朝一でやってくる人間は少なかったのですが、 お昼も過ぎた今は沢山の人がこちらにやってきています。 向かい側の上りエスカレーターには多くのカップルや若者で賑わっていました。 ワタシはそれを見て少しだけ悲しくなりました。 本当であれば今日は仁王君と一日を過ごすはずでした。 けれどワタシはプレゼントを買うために、急に用事が入ったと断ってしまったのです。 本当ならば。 今こうして一人でいる間も、隣には仁王君がいて、一緒にお話をしたり、テニスをしたり、 ・・抱き締めてもらったり。 きっと酷く楽しい時を過ごしていたに違いありません。 そう思うとこうして一人でいることが、何だか悲しくて仕方ありませんでした。 その時です。 何処かから、ワタシを呼ぶような声が聞こえたような気がしました。 「・・?」 ワタシは不思議に思って辺りを見回しましたが、そこに知っている人の影はありませんでした。 思い過ごしか、と視線を真っ直ぐ向けたとき、今度こそ本当にワタシを呼ぶ声が聞こえました。 「・・比呂くん・・!!」 それはワタシがこの世で誰よりも愛している人の声でした。 焦がれて焦がれて仕方がない、大好きな人の声です。 ワタシは慌てて声のする方に向き直りました。 すると、声の主はなんと隣の上りエスカレーターに乗り、丁度ワタシとすれ違うところでした。 「・・仁王君・・!」 視線が絡まって、手と手が伸ばされます。 けれど、ワタシは下に、仁王君は上に向かうエスカレーターに乗っているのですから、 その手は一瞬触れただけですぐに離れてしまいました。 仁王君はワタシに何かを言おうとしました。 けれど離れていくエスカレーターによって、それは遮られてしまいました。 ワタシはただ呆然と、離れていってしまう仁王君を見詰めていました。 こんな偶然があるものなのでしょうか。 滅多に来ない場所で、今まで会いたいと思っていた愛する人と、偶然に。 ワタシはエスカレーターの一番下までたどり着いて、その階フロアの隅まで歩いてそして立ち止まりました。 一瞬だけ触れた指の温かさに、泣きそうになりました。 まさか、会えるとは思っていなかったので、その偶然に嬉しくなって思わず涙が出そうになったのです。 一目会えただけでこんなにも気分が浮上するなんて自分でも現金だと思いますが、 それでも嬉しくて仕方がありませんでした。 そしてワタシは急いで上りエスカレーターへと向かいました。 今から行けば、仁王君に追いつけると思ったからです。 もしかしたら仁王君は上でワタシのことを待っていてくれるかもしれない。 そう思って上りエスカレーターに乗ろうとした、その時です。 強い力で腕を引かれ、ワタシは驚いて振り返りました。 振り向いた先には、息を切らせた仁王君がワタシの腕を引いていました。 「・・仁王君!」 彼の名を呼んだのですけれども、仁王君は返事もせずにぐいぐいとワタシの腕を引きました。 ワタシは大人しく仁王君の後をついていきました。 今だ仁王君が目の前にいることが信じられなくて、 ワタシは何処かぼんやりとした心持で仁王君の背中を見つめていました。 仁王君はワタシを人気のない階段の踊り場に連れていきました。 そうしてそこで壁に押し付けられ、息も継げぬほどのキスをされました。 「・・比呂くん」 「・・・んっ・・・・」 口の中に舌を入れられ、くちゅりといやらしい音がします。 いつ誰が来るかもわからないところで抱き締められて、キスをされて。 どうしようと思う半面、とても嬉しいと思うワタシがいました。 最後に下唇を舐められて、解放されました。 「・・比呂くん、会いたかった」 切なげな声でそう告げられ、強い力で抱き締められました。 心から愛する人にそんなことを言われ、嬉しくならない人間はいないでしょう。 思わず仁王君を抱き返しながら、その肩に顔を埋めました。 「・・ワタシも会いたいと思っていました」 すると仁王君はワタシにもう一度、深い深いキスをしてくれたのです。 結局、仁王君にはここで何をしていたのか問い詰められ、バレンタインのことを答えてしまいました。 すると仁王君もどうやら同じことを考えていたらしく、 その後で二人一緒にワタシのプレゼントを選ぶことになりました。 二人でショッピングセンターを歩きながら、時にはこっそりと手を繋いだり、戯れに触れ合ったり。 何て楽しい時間なのだろうと、仁王君に出会えた奇跡に心から感謝をしました。 |