いつからワタシは彼の
になってしまったのかは分かりませんが、

それでも否定しきれないのは、ワタシもまんざらではないからなのでしょう。





+詐欺師の嫁





仁王君の家で夕飯を作っている時のことでした。

ぴんぽーんと、軽快なチャイムの音がしました。

ここは仁王君の家なのですからいつもならば来客には仁王君が対応をしてくれるのですが、

今仁王君は生憎入浴中で出られません。


『俺がおらん時には人が来ても出んでええよ』と仁王君は言うのですが、


ワタシが家の中にいるのにも関わらず、

折角訪ねて来て下さった方がいるのに対応をしないというのはやはり気が引けます。

ワタシはコンロの火を止め、エプロンで手を拭きながら玄関に向かいました。

ドアを開けるとそこに立っていたのは若い男性でした。

その男性はワタシを見て驚いたような顔をしましたが、すぐに笑顔になりワタシに向かいました。



「こんにちは」



そう挨拶をしながら彼はワタシに一枚のチラシを手渡しました。



「今日はお得なお布団のご紹介に上がりました!」



手渡されたのは高価な布団のチラシで、ワタシは直ぐに彼がセールスマンだということを理解しました。



「あの、お布団でしたら間に合っていますので・・」



「いえ、こちらのお布団はですね、通常のものに比べて吸湿性快適性に優れて柔らかさが・・」



「・・あの・・本当に結構ですので・・」



セールスマンは淀みなくワタシに話しかけてきます。

ワタシもいつもならば簡単にお相手をして差し上げるのですが、

今回は流石に相手をするのは止めた方が良さそうです。

何故なら手渡されたチラシに書いてある布団の値段がとても高かったからです。

いくらその布団が優れたものであったとしてもとても手の出る金額ではありません。

ワタシは丁重にお引取を願おうとしたのですが、セールスマンは全く帰ろうという気配を見せません。

それどころかドアの隙間に足を挟み、ワタシがドアを閉めることを出来なくしてしまいました。



「そんなに邪険にしないでくださいよ。

 本当にお得な話なんですから!」



このしつこさはきっと、今流行りの悪徳商法なのでしょう。

ワタシはしつこく居座られるセールスマンに困り果ててしまいました。

強く追い返してしまえばいいのでしょうけれども、足をドアに挟んでいるので強く出ることも出来ません。

どうしよう、と考えあぐねていたその時、

後ろから聞き慣れた足音が聞こえてきては、ワタシの隣で止まりました。


そしてガン、と壁を叩く大きな音が一つ。



「詐欺師の嫁騙そうなん、いい度胸しとるのう」



仁王君はワタシの聞いたことのない強い口調でセールスマンに詰め寄りました。

銀髪で恐そうな風貌の仁王君にそう言われ、

セールスマンは顔を引き攣らせながら逃げるように仁王君の部屋から立ち去ったのです。

仁王君はそれを見て溜息を一つ。

それからドアを閉めてご丁寧に鍵とチェーンまでかけてからワタシに向き直りました。



「誰か来ても出んでええってゆうとったじゃろ?」



仁王君はシャワーを浴びてそのまま玄関に来てくれたので、バスローブ一枚だけの姿です。

ポタリ、ポタリと髪から流れ落ちる雫を思わず目の端に捉らえながら、

真っ直ぐに向けられる仁王君の視線と対峙しました。



「・・すみません」



仁王君にそう言われていたのに勝手に応対してしまったこと、

そうして応対したにも関らず、結局仁王君に助けられてしまったこと。

そんな自分の不甲斐なさにやはり気分は沈んでしまいます。


しゅん、と下を向いたワタシに、仁王君は小さく溜息をつきました。

そうしてまだ熱の篭ったままの手の平でワタシの頬に触れます。

仁王君に上を向かされて、そのまま熱い唇でキスをされます。



「・・ん・・っ」



するりと、唇を割られて、熱い舌がワタシの口の中に入り込みます。

口内をなぞられて、舌を絡め取られます。

仁王君の熱の持った肌が直に触れて、キスの熱さと肌の熱さに眩暈がします。

体の内側も外側も蕩かされるようで、体中から力が抜けていきます。

吐息も全て奪われるようなそれに、かくり、と膝の力が抜けて倒れそうになるところを、

仁王君の腕で抱きとめられました。

そうして、ぎゅっと。

強い力で抱き締められました。



「あのな、比呂くん。

 俺は比呂くんが勝手に玄関を開けたことに怒っとるんやないのじゃ。

 比呂くんが誰にでも優しいのが心配でのう」



俺は比呂くんが他の誰かに奪われるのが何よりも怖い。



そんな彼の言葉に、ワタシはぎゅっと仁王君を抱きしめました。

ワタシの軽軽しい行動が仁王君を苦しめていたなどとは、露ほども思いませんでした。



「・・ごめんなさい」



ワタシはただ自分が情けなくなって、出来る限りの心をこめて、仁王君に謝りの言葉を告げたのでした。

すると仁王君は優しくワタシの頭を撫でてくれました。

そうしてワタシの目を覗き込んで小さく笑いました。



「比呂くん俺のためにご飯作ってくれたんじゃろ?

 楽しみにしとったんよ」



仁王君の笑顔につられてワタシも思わず笑顔を零します。

そんな仁王君に、救われるような気がしました。





「はい・・もう少し待っていてくださいね。

 すぐ出来上がりますから」



「急がんでええよ。

 比呂くんが料理してる姿見んのも好きじゃから」










こうして、ワタシと仁王君の日々は続いていくのです。

貴方と過ごす、幸せな新婚生活。