どうしてこのご時世に、まだ時代錯誤のこんなものが残っているのかは知らない。

けれど、自分には酷く好都合だ。

見たくないもの、見せたくないもの。

全て

やし尽くしてしまえばいい。





+焼却炉





自分でも酷く滑稽なことをしていると思う。

けれどこの先やめる予定も、やめる気分が起こるだろうことも、

決してない。


手にした真っ白い封筒を、中に入っている手紙は読まずに、

けれど裏に書かれた差出人の名前だけはしっかりと脳裏に焼き付けて、

この手で、見るも無残に切り裂く。

きっと何時間もかけて書かれたのだろうそれを、一瞬にしてただの紙くずとしてしまう。


自分の大切な大切な恋人は、紳士であるからこそ様々な人間から求愛をされる。

紳士は紳士であるからこそ他人に優しいだけなのだが、それを勘違いしてしまう輩が多いのだ。

柳生にラブレターが差し出されることは、決して珍しい出来事ではない。

月に一度は、柳生に告白ないしはラブレターを持ってくる女生徒の姿を目にすることができる。


もちろん、その数は、仁王が裏で手を回しているからこそその数で納まっているだけなのだ。

仁王が手を打たなければ、女子からの告白は倍以上になる。

そして柳生は告白をされるたびに、断らなければならないことに心を痛めてしまうのだ。


もちろん、自分のために女生徒に断りの言葉を口にしてくれることは嬉しい。

けれどもその度に柳生が心を痛め、表情を曇らせる姿を見ることが嫌なのだ。

彼女たちはもちろん悪気があって柳生に思いを伝えているわけではない。

分かってはいるのだけれども、それでも。


柳生を苦しめる彼女たちが、憎くて憎くて仕方なくなるときがあるのだ。



今日も今日とて、仁王が廊下を歩いていると、突然見知らぬ女生徒から声をかけられた。

もうそのパターンも慣れたもので、見知らぬ女子から声をかけられる時は大抵、

テニス部の誰かにラブレターを渡してほしいという頼みごとだった。

今回もそのパターンだと容易に予想がついたが、問題はその渡す相手だった。



『これ、柳生くんに渡してほしいの』



顔を真っ赤にして女生徒が告げたのはそんな言葉だった。


思わず、笑みが零れた。



『ええよ。渡しといちゃる』



そう、これ以上ない笑顔で答えれば、女子生徒は安心したようにその真っ白の封筒を仁王の手に渡したのだ。



その思いは柳生に一生届くことのないことを知らぬまま。



柳生とダブルスを組むようになってから、仁王に柳生宛のラブレターを託す女生徒が増えるようになった。

仁王は、その自体を酷く好都合だと思った。

自分に渡してもらえればそれで、そのラブレターの処理が簡単だからだ。


だから仁王はいつも笑顔でそのラブレターを受け取る。

そうして何食わぬ顔で焼却炉へ赴き。

何も、無かったことにしてしまう。


全ては無に。

火に焼かれて灰になり。

全ては無かったことに。



手にした白い欠片を全て焼却炉に投げ込んで、仁王は満足したように笑った。


・・すると背後に見知った気配がしたので、仁王は口の端に笑みを浮かべながらその人物を振り返った。



「・・真田」



仁王の呼びかけには何の言葉も返さずに、ちらりとこちらを一瞥した後、

真田も真っ直ぐに焼却炉に向かった。

手にしていたのは、同じく真っ白な封筒で。

真田は勢いよくそれを引きちぎると、一気に焼却炉の中へと投げ込んだ。



「・・悪いことしちょるのう」


「お前もだろう」



真田は大して面白くもなさそうに仁王の顔を見る。

こんなことをしても何とも思わないのだ、自分たちは。

守るものは一つ。

そう分かっているからこそ、他の何を傷つけることを厭わない。

仁王は小さく笑みを零して、そうして真田に背を向け手を振る。



「俺とお前は今日はまだ会っとらん。そうじゃろ?」



今日のことは言うな、そんな意味を込めて告げる。

真田からの返事はなかったが、それを肯定と受け取って、その場を去った。

お互い、恋人には知られたくない秘密がある。




そうして仁王は柳生の教室へ向かった。

こういう時は、無性に会いたくなるのだ。



愛する、誰よりも純粋で綺麗な君に。