もちろん、同じクラスなのだから彼と
す機会がない訳ではなかった。

しかし部活のこと以外で彼から話し掛けられることは珍しく、

今までになかったことではないにしろ、それなりには驚いてしまった。





+詐欺師vs鉄人





仁王と真田は同じクラスだ。

もちろん同じ学校に通っているのだから、テニス部の部員と同じクラスになることになんら驚きはない。

けれど、相手はあの真田弦一郎なのだ。

詐欺師と呼ばれる仁王にとって、もちろん扱いやすい相手ではなかった。


性格の不一致、と言ってしまえば聞こえはいいが、単に合わないだけなのだ。

一緒になってクラスの仲間と騒ぐことはない。

真面目な委員長タイプの彼は、同級生からも一目置いて見られている。

もちろん真田の本性を知っている仁王から見れば、普段の真田は猫を被っていることこの上ないのだが、

彼の本性を公表したからといって利益がある訳でもなく、

誰も信じようとはしないだろうことが容易に予想されるので、関らないのが得策なのである。


そんなとある日の休み時間。

普段であれば同じ部員でありながら、

クラス内でほとんど会話をしたことがない真田と仁王が珍しく近い距離にいた。


しかし常であればその距離内にいたとしても会話など発生しないのだが、

何故だか今日、テニス部副部長、鉄人と称される真田弦一郎は仁王に話し掛けてきたのだ。



「・・今日、柳生が休みだそうだな」



何処からそんな情報を仕入れたのか、尋ねようと思ったが直ぐに見当がついたのでやめた。

柳生と柳は同じクラスだ。

他人のことに酷く疎い真田が柳生のことを知っているなど、柳から聞いたに違いない。


仁王は愛する人の名が真田の口から告げられて、僅かに眉を上げて答えた。



「・・よう知っとるのう」



「蓮二から聞いた」



やはり、と思いながらもわざわざそれを口には出さなかった。

無意味なやり取りが続くことを避けるためだ。

彼と無駄な会話はしたくはない。



「・・今日は部活がないと思って昨晩張り切り過ぎたのか?」



口元に僅かに笑みを浮かべて、挑戦的な視線で真田が仁王を見る。

馬鹿にしたような視線に、仁王は更に眉間の皺を増やした。


確かに。

昨日は歯止めがきかなかった。


いつもならば部活のために、柳生にあそこまで無理を強いることはしないのだが、

今日は部活が休み、ということが仁王のたがを外してしまった。


柳生のことが、ただ欲しくて、欲しくて、自らが望むままに強く抱き締めた。

もう無理だと泣いて縋っても、放してやることなどできなかった。



自分でも押さえ切れないほど、彼のことが好きなのだ。



そうして朝方まで柳生を泣かせた。

太陽の昇るころやっと解放された柳生は、今もきっと仁王の家で眠っていることだろう。

そして仁王が家に帰る頃に起きては、少しだけ怒ったように、

けれど恥ずかしそうに自分を迎えてくれるのだろう。


そこまで思って、仁王は真田を睨み返す。

真田にからかわれる筋合いなど何処にもない。

きっと真田のことを優等生だと思っているクラスメイトが聞いたら、驚くような会話の内容だろう。

けれど本当の真田弦一郎とはこういう男なのだ。




「たるんどる」




真田お決まりのセリフを口にし、

仁王のような真田をよく知った人間だけにしか分からない小さな表情変化なのだが、

目を僅かに閉じて心持楽しそうに笑った。



「・・それは悪かったのう」



言われて黙ってばかりの仁王ではない。

小さな皮肉を込めて謝れば、まだ仁王の意図に気づいていないらしい真田が満足そうに笑う。



「けどな」



今度は仁王が真田に不敵な笑みを浮かべる番だ。

これから真田がどういう顔をするのか、想像するだけで自業自得だと笑いたくなる。




「お前さんの大事にしている蓮の花、さっき体育の授業中に倒れとったがのう・・。

 どっかの誰かさんが昨日無理しよったからじゃないんか?」




ガタン、



言い終わるか終わらないかの時に、椅子に座っていた真田が血相を変えて立ち上がった。

そうして仁王に一瞥もくれずに慌てて教室を出て行く。


そんな真田の姿を見て、仁王は思わず吹き出してしまいそうになり、口元を押さえた。

普段余り会話のない仁王と真田の姿を、クラスメイトたちは興味津々に見ていたようだが、

真田が出て行ったことで興味を失ったのか、皆自分たちの会話に戻っていく。


仁王はそれでも、一人で口元を押さえて、笑った。






詐欺師に勝とうなん、100年早いぜよ。

なぁ、比呂くん?





仁王はそのまま自分の席に戻り、鞄を手にした。

まだ授業は残っているのだが、急に柳生の顔が見たくなった。


もしかしたら真田に感化されたのかもしれない。


・・案外いい関係なのかもしれない、と、

帰り際の靴箱に上履きを投げ入れながらそう思った。