美しく、
かせ、ましょう。


恋の花





+夢物語





まさかワタシがこんなことをすることになろうとは夢にも思っていませんでした。

事件が起こったのは、文化祭が始まる1ヶ月前のことでした。

突然幸村くんに声をかけられたワタシは、彼から告げられた言葉を、

理解することができませんでした。



「・・え?」



目を数回瞬かせ、意味もなく眼鏡を上げる仕草をして、幸村君を見つめました。

動揺してそんな行動をしてしまうくらいに、ワタシは動揺していたのです。



「だから、柳生に文化祭のステージに出てもらいたいんだ」



幸村君の話を纏めると、こういうことでした。

文化祭でテニス部も何か催し物をしなくてはなりません。

そして今回の案で浮かんだのは、テニス部で歌のステージをやるということでした。

もちろん幸村君の提案であるのですから、ステージには全員参加なのですが、

そのメインをワタシと仁王君にやってほしいとのことでした。



「仁王にはもう話はつけておいたから」



どうやら先手を打たれてしまったようです。

ワタシが人前に出ることが苦手だということが分かっているくせに承諾をした仁王くんに、

少しだけですが恨む気持ちも浮かんできます。

けれども立海大附属中学テニス部で、一番強いのは幸村君です。

流石の仁王君も、もしかしたら太刀打ちできなかったのかもしれません。



「・・ワタシは難しい踊りなんてできませんよ」



そう、できる限りの譲歩案を出して、ワタシは幸村君からのお願いを受諾することにしました。



「柳生、有難う!

 もちろん一番振り付けの少ない曲にするから!

 絶対うちの部が一番注目をひくよ!」



嬉しそうに笑う幸村君に、結局ワタシも彼には弱いのだと思わずにはいられませんでした。



結局、ワタシと仁王君は某仲良し二人グループの歌を、

そしてメイン二組目の幸村君と丸井君は某関西二人組みの歌を歌うことになりました。

文化祭までの一ヶ月、練習の合間をぬって歌と踊りを覚えました。

元々踊りや歌などということは余り好んではしませんでしたが、

やってみると意外と楽しいもので、仁王君と丸井くんと幸村くんと。

気づけば真剣に取り組んでいる自分がいました。


たまには慣れない事でもしてみるものだと思いました。


ちなみに、真田君は生徒会長、柳君は生徒会副会長なので、

生徒会のお仕事のため今回のステージには出ないことになりました。

幸村君はとても残念そうでしたが、出ないことになった二人は何処かしら嬉しそうでした。

そして桑原くんと切原くんは、他の部員たちと某情報グループの歌を歌うようです。

元気のいい切原くんにはとても似合っています。

けれど、それを纏める立場の桑原くんは毎日が大変そうでした。





そうこうしている間に本番は近づいてきました。

ステージが始まる直前、ワタシは緊張をしながら舞台袖にしました。

人前に出ることに慣れていないワタシの体はがくがくと、小刻みに震え出します。

何とか止めなくては、と思うのですが、あまりの緊張に頭が真っ白になるばかりで、

一向に体の震えが止まる様子はありませんでした。


その時、ワタシの体を暖かい腕が抱き締めました。



「・・緊張しとる?

 大丈夫じゃ。普段通りにやればええ。

 もしステージの上で頭が真っ白になっても」




俺がおるから。




ああ、そうでした。

ワタシは一人などではありませんでした。

ステージの上、ワタシの隣にはいつも、誰よりも信頼している貴方がいるのです。

そう思った途端に、ワタシの体からは震えがすうっと引いて行きました。


それに気づいた仁王君は安心したようにワタシに軽く触れるだけの口づけを落としました。



「・・それにしても・・。

 この衣装は反則じゃけん」



ワタシと仁王君はグループということもあり、同じ服を着ています。

胸元の大きく開いたタンクトップに、豪華なジャケット。



「嫌なのですか?」



確かに少しきらびやか過ぎるとは思いましたが、それほど気になるような服だとは思いませんでした。



「いや、そうじゃのうて・・」



言いよどむ仁王君を首を傾げながら見上げると、仁王君は突然ワタシの胸元に唇を寄せました。

そして驚いたことに、衣装では隠せないようなところにキスマークをつけたのでした。



「・・仁王君・・!!」



「すまん、だけどヒロくんのその格好が余りにも色っぽ過ぎるけん、」



虫除け、じゃ。



思わず反論しようとすれば、ワタシの声は大きな歓声に阻まれました。

どうやらワタシたちの前に歌っていた切原くんと桑原くんたちのグループが終わったようです。

その次は、ワタシたちの番です。



「行くぜよ」



腕を引かれ。

心の準備をする前に、あっという間にステージの上へと出されました。


ステージの上から下を見渡せば、人、人、人。

あまりの人の多さに気圧されて、一瞬だけ呆けてしまいました。

けれど、前奏が始まり、我に返ります。

呆けている場合ではありません。

ワタシは歌わなくてはならないのです。

この大勢の人の、前で。


そう思っているうちに、案の定私の頭の中は真っ白になりました。

どうしよう。


そう、混乱していると、腕を引かれました。

思わずその方向を見ると、楽しそうに笑う仁王くんがいて。

ワタシはその笑顔に、急速に記憶が戻ってきました。



大丈夫、歌える。

そんな確信の元に、ワタシは振りとともに歌いだしました。


最初はまず仁王君から歌いだします。

その際に、わぁっとひとたび大きな歓声が上がりました。

フレーズとフレーズの間に、観衆から名のコールを貰います。



『仁王!』



次にワタシが歌います。

上手に歌えているか不安もありましたが、仁王君と同じくらいの歓声を貰うことができました。



『比呂士!』



そうして次は二人で歌います。



指を顔の前へ差し出し、次は横へ。

手を翳して、揺らせます。


次は、手を顔の前へ。次は横へ。

手で体の前で十字を切り、手を組み合わせます。


僅かに踊った後、両手を広げます。


そうしてサビを歌いきったときに、観衆のボルテージは最高潮に達しました。

歓声に包まれ、ワタシも思わず感動してしまいました。





そうして。

そんな時に事件は起こったのです。


横にいた仁王君に手を引かれ。

腕の中に抱きかかえられました。


きっと、仁王君もテンションが上がっていたのでしょう。

人前で、抱き締められて。


頬に、

キスをされました。





それを見ていた観衆はこれ以上ないというくらいに黄色い声を上げました。

ワタシはワタシの身に起こっていることを理解することができず。

固まったまま動くことすらできませんでした。

頭が真っ白になったときに、会場に某関西二人組の曲が流れ始めました。

幸村くんと丸井くんが登場したのです。


仁王君はそのどさくさに紛れて、ワタシを抱きかかえるようにして舞台袖へと戻りました。



ワタシは未だ固まったまま。

動くことができずに仁王君の腕の中に抱き締められていました。

耳には丸井くんと幸村くんの歌声が届いていました。



「すまん・・。

 ヒロくんがあんなに色気を振りまいとるから・・つい」



謝る仁王くんにワタシは首を振りました。

そう。

何を隠そう、私も。

酷く気分が高揚していたのです。



謝る仁王君に抱きつきながら、一つ深呼吸をしました。

いつの間にか、ワタシの心音はこれ以上ないほど早くなっていました。



「終わって、よかったです」



そう告げれば、仁王君も笑顔を浮かべて、ステージ前とは比べ物にならないほど、

深いキスをくれました。








ワタシはこの時、二人でなら何でもできると、そう実感したのでした。