誰も信じなくても、俺だけは信じとるよ。 不器用なお前が紡ぐ、その言葉を。 +Any 「シゲさーん!」 元気な声が初夏の日差しが降り注ぐ校庭に響き渡る。 「なんやポチ、元気やのう」 夏の校庭での部活動、という体力も気力もなくなりがちになる時に、 風祭は佐藤が思わず眉をしかめてしまいたくなるほど元気だった。 年は一歳しか変わらないはずであるのに、やはり若い奴にはかなわないといったところだろうか。 「シゲさん、今日なんですよね? おめでとうございます!」 「おーきに。 まぁせやけどそんなめでたいもんでもないで?」 口の端に笑みを浮かべてそう言うと、風祭は思いっきり首を振る。 「そんなことないです。 シゲさんが生まれたんですからおめでたいですよ」 素直にそんな言葉を口にする風祭に、佐藤は思わず目を逸らす。 真っ直ぐに向けられる感情に慣れていないから、風祭の思いは気恥ずかしい。 「・・さよか」 何でもないふりをして呆れた表情を浮かべる。 内心では、どう対処してよいのか分からずに焦っていたのだけれども。 「そういえばシゲさん、不破くんにプレゼントを頼んだんですよね?」 にこっと笑う風祭はやけに上機嫌だ。 誰に聞いた?と問おうとして開きかけた口を閉じた。 そういえば不破と風祭は仲がいい。 もしかしなくても、不破が風祭に言ったのだろう。 少しだけ、少しだけ面白くなさを感じながら、佐藤は風祭を見た。 「・・プレゼントは何か、とかも聞いとんの?」 「いえ、そこまでは聞いてないですけど・・ 何だか不破くんは珍しく困ってました。 シゲさん、不破くんに何を頼んだんですか?」 きっと風祭は、不破が悩むのなんて珍しいから、 佐藤が何かとんでもないものをプレゼントしてくれと頼んだのだと思っているのだろう。 けれど、自分は何も難しいものは頼んでいないつもりだ。 「さぁな、それは内緒や。 もしかしたら運よく見られるかもな」 「運よくって・・シゲさん!?」 訳の分からないという顔をしている風祭を置いて立ち上がると、 ちょうど、水野の練習開始の声が校庭に響き渡る。 「ほら、ポチ、練習始まるで」 納得のいかない、といった顔をした風祭の話をはぐらかして、佐藤は練習の輪の中に入っていった。 別に、難しいものを頼んだわけではない。 寧ろ、普段の不破からしたら、気にかけるほどのことでもないだろう。 ただ自分は欲しかったのだ。 例え自分が頼んだものであっても。 それが型にはまったものであったとしても。 それをくれるのが不破だということだけで、自分にとって全てになるのだから。 必死に太陽に日差しを降り注ぎ続けていた太陽が傾き始めた頃、練習は終了した。 佐藤はちらりと横を向き、不破の姿を探す。 するとその姿はいつもと変わりなく。 忘れている、ということはないだろうが、あまりに普段と変わらない姿に少々不安に駆られる。 水野の終了を告げる声とともに、皆が『お疲れ様でした!』と声を上げる。 それから、ざわりざわりと皆が部室へと足を向けようとしたその時。 辺りに響き渡るような声が聞こえ、全員の足を止めた。 「佐藤!」 普段上げない大声を上げたことに驚いて、そこにいた人々が全員不破を見つめた。 不破はじっと、佐藤だけを見つめていた。 じわり、と心臓が跳ねる音が聞こえた。 もしかしたら忘れてるのではないか?と思っていたからこそ、突然の行動に普段の表情を繕えない。 僅かに目を瞠りながら、けれど真っ直ぐに不破の視線を受け止める。 プレゼントは、知っている。 自分が頼んだのだから。 けれど、自分で頼んでいるにも関らず、受け取るこの緊張感は何だろう。 みんなの視線が注がれる中、不破が僅かに口を開いた。 「お前を、愛している」 ざわり、と全身に痺れが走る。 普段であれば直ぐについて出る悪態もつくことができずに、ただその場に立ち尽くす。 他のみんなは、また不破の奇行が出た、と興味をなくして部室へと戻っていく。 残されたのは、佐藤と不破と、そして事情を知っている風祭。 風祭は佐藤に声をかけようとしたようであるが、保護者の水野に止められていたようだった。 けれど佐藤にとってそれはどうでもいい事柄のうちの一つであった。 「・・お前、忘れとんのかと思ったわ」 「忘れるわけがないだろう 他の誰でもない、お前に願われたのだから」 きっぱりとそう告げられる。 その言葉が甘く体の中に浸透する。 何でもないフリをすることが、こんなに大変なことなのだと、今初めて知った。 「誕生日、おめでとう」 不破からそんな言葉が送られる。 感情を表に出さない不破の言葉は、他人には心ないものに思われるかもしれないけれども。 自分だけは、信じている、知っている。 その中に潜んでいる不破の気持ちを。 口先だけなんかじゃない深い愛の言葉に、心の思いが衝動的に飛び出しそうになるのを必死に堪えて、 代わりに小さな笑顔を零す。 「おおきに」 これだけで伝わっただろうか。 いや、自分が説明不足の不破の言葉を理解できるのだから、 不破にも分かってもらわないと割りに合わない。 というよりも、分かってくれない人間などこちらから願い下げだ。 不破がこちらに近づいてくる。 一歩、二歩と距離を詰められて、どきりと鼓動が跳ねた。 ここは校庭であるということは理解しているけれども、体は全く動いてくれなかった。 瞳をじっと覗き込まれて、手を掴まれる。 こいつの場合、言葉よりも雄弁に目が語っていて、言いたいことが痛いほど伝わってきた。 手を繋がれたまま、佐藤はくるりと体を回転させて、風祭に小さく手を振ってみせる。 「ポチ、俺ら帰るわ」 その隣で不破が頷く。 驚いたのは風祭だった。 「え!?シゲさん・・!不破くん! 着替えないの?鞄は?」 「そんなもん別に必要ない」 必要最低限の言葉を伝えると、強く引かれるままに走りだす。 「じゃあな、ポチ!たつぼん!」 「シゲさーん!」 困惑する風祭と、後ろで呆れて溜息をつく水野を残して、佐藤と不破は走る。 向かうはもちろん不破の家だ。 走りながら前を走る不破の背を眺める。 すると気がついたのか、不破が後ろを振り返った。 そんな不破に、佐藤はにかっと心からの笑顔を向けてやった。 不破は途端に真っ赤になって再び前を向いてしまったので、佐藤は思わず小さく笑う。 けれど、真っ赤になったその頬と、自分よりも広い背中を見て、 佐藤は声には出さずにこっそりと呟いたのだった。 「俺も愛しとるよ」 Happy Birthday dear Shigeki Sato!! |