+クリスマスの夜+





「ああ・・全くさっむいわー」


佐藤はドアの間から吹き込んでくる風に体をぶるっと震わせた。

冬だというのに部屋の中にはおざなりにストーブが一つあるだけだ。

木造の寺で暖房器具がそれしかないというのはとてつもなく寒い。

点いているのか点いていないのかも定かではないストーブを見ながら

佐藤は小さく息を吐いた。

暖かいとは思わないが、暖房があるというだけましだろうかと思う。

暖房があるのとないのとでは心の持ちようが違ってくるのだ。

きっとこのぼろいストーブさえなければ、

自分はこの部屋の中に留まっていることなどしなかっただろう。

外は雪。そしてクリスマスイブ。

街の中はホワイトクリスマスを楽しむ恋人たちで溢れかえっていることだろう。

佐藤は窓の外にちらりと視線を移し、そして冷たい体を暖めるように布団の中で丸まった。

もちろん寺にはクリスマスなど関係なく、パーティはおろかケーキさえも食卓にあがらない。

居候の身でそこまで要求するつもりはないが、いささか寂しさを覚えたのは事実だ。

佐藤はまだ冷たいままの布団を顔半分まで掛けて目を閉じた。

こんなに寒い夜には早く寝てしまうことが一番だ。

サンタクロースが来てプレゼントを持ってきてくれると信じているわけではないが、

たとえサンタクロースがいたとしても、

異宗教のうちにまでプレゼントを配りにくるのかといえばそれは怪しいところであろう。

別に自分はサンタクロースを待っている訳ではなかった。

佐藤には恋人と言える恋人がいることはいるが、

きっと不破はサッカーと同様にクリスマスの存在も知らないのではないかと密かに思う。

今日の部活の終わりに話したときも、クリスマスのクの字も不破の口から発せられなかった。

外では仲良く恋人たちがデートをしているというのに、自分は布団の中で寂しく丸まって・・。

それでも不破が今日佐藤の所に来るという可能性はほとんどないのだから、

心の中で小さくため息をついてそのまま大人しく寝てしまうことにした。









「シゲー、お客さんだぞー」


下から聞こえてきた声に、佐藤は布団の中で一瞬眉をしかめた。

クリスマスイブの夜に自分の所へ訪ねてくる人物など考えもつかなかったからだ。

頭の中に知り合いの顔が浮かんでは消え、みんな頭の中で、

こいつなはずはないと否定されていく。


「おいシゲー、聞こえてんのか!?」


急かすように下から聞こえてきた声に、佐藤は渋々と布団の中から這い出た。


「まったく・・。こんな夜に一体誰やねん・・」


布団の中から出ると、ひんやりとした空気が体を包み、佐藤はぶるっと体を震わせた。

風邪をひいたら、絶対に今来た奴のせいにしてやる。

そう思いながら、シゲは近くにあったコートを羽織った。


「シゲー!!」


流石に怒ったような声が聞こえてきて、佐藤は慌てて返事を返した。


「聞こえてるわー!今から行くから待っとき!!」


勢いよくふすまを開けて、階段を下へと降りようとすると、

痺れを切らした同居人が上まで上がってくるところだった。


「やっと来たか・・」


「すまんすまん。それで、一体誰なん?」


こんなクリスマスイブの夜に、しかも雪まで降っていて一人で自分を訪ねてくるなんて、

相当の暇人か何かだ。

佐藤は廊下に染み渡る寒さに思わずコートの前を掻き合わせた。


「なんか目つきの悪い、でもかっこいい奴だったぞ。おっきな花束を持ってた・・」


目つきの悪い・・それだけである人物が思い出されて、佐藤は大きな驚きを感じた。

まさか、いやでも・・。

そんな考えが頭の中を回って、佐藤はその真偽を確かめるべく階段を駆け下りていった。

まさか、不破が来ることなどあるのだろうか。

今日の部活が終わるときにも、不破は来るなどとは言ってもいなかった。

それに。

不破がそういうイベントを好む人間だということはありえない。

佐藤が玄関にまで降り立って、自分を訪ねてきた人物に驚く。

玄関に佇んでいた人物はやはり、不破だった。


「不破・・お前どうしたん・・」


思わず玄関に立つ不破をじっと眺めてしまう。

この人間はいつも自分の考えのつかない行動をするから厄介だ。


「どうしたもこうしたも、お前に会いにきたのだろう」


さらっとそんなことを言ってのける不破は、

もしかしたら人間外の生物なのかもしれないなと佐藤は頭の片隅で思った。


「会いにきたてお前・・。さっき別れるとき、何も言ってなかったやないか」


「急にお前に会いにきては駄目だったのか?」


不破の言葉に佐藤は返事に詰まる。

突然会いにくるなとは誰も言っていないし、寧ろ・・。

寧ろ?

今自分は何を思ったのだろう。

佐藤は頭の中をよぎった考えに軽く頭を振った。


「・・佐藤?」


不破の言葉に我に返ると、自分たちは玄関先で話し込んでいたことに気がついた。

ここではあまりに寒い。


「まあ・・折角来たんやし、上がれや」


佐藤は片目を閉じて、指で自分の部屋の方向を指し示す。


「そうさせてもらおう」


不破はそう言って靴を脱ぐ。

脱ぐときに不破は少し屈んだのだが、そのときにいつもは見えない頭のてっぺんが見えた。

頭に白い雪をかぶった不破がなんだかかわいく見えて、佐藤は息を殺して笑ったのだった。








部屋に入るとさすがに玄関よりは暖かく、佐藤はほっと息をはいた。


「それで、用件はなんや?」


不破を部屋に招きいれて、座るところがないので布団の上に座らせた。

今更気にするような関係でもない。


「これを・・」


不破は今まで持っていた花束をばさっと佐藤の目の前に出した。


「そおいえばアンタずっとこれ持ってたな?これがどないしたんや?」


佐藤の訝しむような声に、不破は気にすることなく言葉を続けた。


「これをお前に渡すために来た」


不破の言葉に驚いて、

一瞬佐藤は動きを止めてから目の前にある花束と不破の顔を交互に見つめた。


「これを・・俺にか?」


「そうだ」


ゴールキーパーである不破の腕を持ってしてもぎりぎり抱えきれるくらいの大きさのそれに、

ただ佐藤は呆然とするしかなかった。

差し出された花束を受け取る。

腕でやっと抱えてその花を眺める。

一体、不破は何を考えているのだろうと思わざるを得ない。

クリスマスの夜に、こんなにたくさんの花を。

しかも綺麗にラッピングされているのは全て、真っ赤な薔薇の花であった。

クリスマスという時期に、それもこんなにたくさんの薔薇を買うだなんて

一体どれだけのお金がかかったのかと思わず想像してしまって、

佐藤は僅かに眉をしかめた。

しかしそれを不破は違う意味として捉えたらしく、佐藤の表情を覗き込んだ。


「気に入らなかったか?」


「そんなこと言ってへんやん」


カサリと薔薇の花束を抱えなおせば、フワリと甘い香りがくすぐる。

何も期待などしていなかったクリスマスの夜に不意に訪れた喜びは、

胸の中を緩やかな熱でいっぱいにした。


「これ、高かったんやろ?不破の財布に悪いことしたな思って」


気に入らないどころか、この木造の寺に似合わない赤い花を思いのほか気に入ってしまって、

気がついたら薔薇の花束を抱き締めるように持っていた。

もちろん、花の艶やかさに魅入られたせいもあるのだろうが、何よりも雪の降る中、

不破が自分のために持ってきてくれたということが大きな原因であるのだが。


「・・気にするな」


僅かに不破の視線が揺れる。

嘘がつけない奴だと思うけれども、口には出さなかった。

不破だってかっこつけたい時だってあるに違いない。

だからきっと本当に不破の財布は涙を流しているのだろうけれども、

敢えてそれには気づかないように笑ってみせた。

綺麗にラッピングされたそれは、初めから誰かに買われることを予想していたのだろうか。

クリスマスの夜には薔薇の花束を買っていく男がいるからと、

花屋はたくさんの薔薇の花を店に用意していたのだろう。

花屋にとってはそんな男がこの世に存在してくれて、万万歳と思っているに違いない。

カサリと揺れる花束に僅かに頬を寄せて、不破を見る。


「何でこんなの買うて俺のとこ来たん?」


不破が外を歩いてきたために冷えた薔薇の花びらに指先で触れて、不破に問う。

先ほどから湧き上がってくる感情は抑えることができず、

さっきまで寒かったはずの部屋はどうしてだかひどく暖かい気がした。


「今日は愛する人間に花を贈る日なのだろう?」


風祭から聞いた、と佐藤の目を真っ直ぐに見ながら、真剣にそう話す不破の表情を見て、

佐藤は思わず吹き出してしまった。


「ポチからそう聞いたん?」


「いや、風祭の話を総合的に纏めるとそのような結論に至っただけだ」


何か間違っていたか?と真剣に問うその眼差しに、

佐藤は本当のことを教えるかどうかしばし逡巡した。

しかし。


「何も間違うてへんよ。それで当たっとるで」


そう答えてしまったのは、わざわざ訂正する必要もないと思ったからだ。


「そうか」


ほっとしたような不破に、佐藤もにかっと笑ってみせた。


「そうや」


そう告げて、赤い花びらに手を沿わせれば、

目の前で少し咎めるような表情をした不破の視線と目が合った。


「どうしたん?」


いつもの不破と少しだけ違う雰囲気に、佐藤は怪訝そうに尋ねてみた。


「・・それを気に入ってくれているのは大変嬉しいのだが・・」


視線を下に移し、言いにくそうにする不破に佐藤はただ首を傾げた。

不破が物事をはっきりと言わないなんて珍しい。

いつもはどんな時も言葉を濁すなどということはしないというのに。


「・・余りそればかりを抱き締めているな」


余りに突然なその言葉に、佐藤はただ不破を凝視することしかできなかった。

甘い言葉など滅多に口にしないこの男が。

不意にこうして紡ぐ言葉がどれだけの力を持っているのか、知っているのだろうか。

頬に上ってくる熱を止めることができない。

不意に流れる沈黙。

ここで何も言わなかったら変だと思われるに違いないと、佐藤は無理矢理に笑顔を作って。

なんや、嫉妬か?

と。

茶化してやろうとしたのだけれども、それは不破の行動に遮られてしまった。

不破が佐藤の腕から花束を取り上げると、それを布団の傍に置く。

赤い薔薇の花びらが、数枚、布団の上に舞い落ちる。

それを視界に捉えたとき、いつもはボールを掴む大きな手が佐藤の背を掻き抱いた。

強く抱き締められて、不破の腕の中に落ち着くと、不意のその熱に何故だか泣きそうになった。

一人で過ごすと思っていたこの夜に、愛しい人の温もりは酷く心地いい。


「おおきに、不破」


軽く触れるだけのキスを落として、悪戯に笑うと、

今度は目の前で驚いている不破の顔と直面した。

自分は大胆なことを平気でするくせに、自分がされると酷く驚く不破に、

やはりかわいいなぁと思わずにはいられなかった。


「花束のお礼や」


不破の首に腕を回して、頭を自分に近づけるように引き寄せて。

唇が触れるか触れないかの距離で囁けば、

不破の、言葉よりも物を言う目が、欲で潤むのを感じた。

そうして触れてはいなかった唇を掬うように重ねあわされて、お互いの熱を感じていると、

不意に不破の唇が離れて、まるで佐藤の真似をするかのように、

唇の柔らかい皮膚にそっと触れるような熱で囁いた。


「お礼ならばお前がいい」


冬の寒さなど全て凌駕してしまうほどの熱に望まれて、誰が嫌だと言えようか。


「・・お前、よくそんな恥ずかしいこと言えるなぁ・・」


この天然、と内心では思いながら、もう既に佐藤の首筋に触れる不破の頭が視界に入って、

思わず引き寄せるように抱き締めてしまった。

意識が飛んでいきそうなほど、甘い熱。

そのまま肩を掴まれて、布団に押し倒された。

上から覗き込まれて、再び口づけられる。

真綿のように温かい熱に包まれながら、けれども不破はそれ以上触ってこようとはしない。

不思議に思って不破を見上げれば、

まるで主人の許しを待っている忠犬のような顔をしていたので、

それを見たら思わず笑ってしまった。


「何笑ってる・・」


滅多に見せない、不破の少し拗ねたような顔に、また笑みが零れたなんてことは内緒だ。

『おあずけ』なんてした覚えはないんやけど、

なんて思いながら、不破の背に腕を回せば、

佐藤の背を不破の長い腕が抱きしめ返してくれる。










「ええよ、不破、しよ?」



重なる口づけの合間にそう言葉を乗せながら、シーツの波間に溺れた。