+大地。






「なあ、不破?」


ごろごろと不破の方に転がりながら佐藤は呼びかけた。


「何だ?」



今日は何を隠そう不破の誕生日。

年の暮れも迫りに迫った大晦日である。

都心では田舎に帰るという人も多く、街は少しばかり閑散とした雰囲気を醸しだしている。

そんな中、不破と佐藤は不破の部屋でただ何をするともなく寝転がっていた。

年末の番組にはたいして興味を惹かれず、

けれども外へサッカーをしに行く気にもなれなくてこうして部屋の中で過ごしている。



寝転がりながら本を読んでいた不破は、佐藤の突然の呼びかけに本を置いた。

じっと真っ直ぐな、吸い込まれてしまいそうな視線に佐藤は見つめられる。



「お前ん産まれたのは今日やろ?

 それやのに何でお前のおかんはお前に『大地』っつう名前をつけたんやろな」



佐藤の問いに不破は不思議そうな顔をする。

当たり前だ。何の脈略もない。



「今日と俺の名前に何か関係あるのか?」



思案顔で問う不破に佐藤は曖昧に笑ってみせた。



「いや、別に関係あるって言い切れるもんでもないんやけどな。

 ただの思いつきや。

 ・・冬ってな、全てのものが凍り付いてしまうやろ?
 
 『大地』は人間に色んなものを恵んでくれるんやけど、冬の力には勝てない」



その説明に未だ分からないといった顔をしている不破に、佐藤はもどかしくなって自分の頭を掻き回した。

目の前の人物だったら、心で思っていることなど簡単に相手に伝えてしまうのに、

自分はうまく伝えることができない。この差は何なのだろうと少しだけ理不尽に思う。



佐藤はまるで先生にでもなったように不破の前にびしっと人差し指を立てた。



「だから『大地』っつー名前は冬のイメージじゃないっちゅうことや。

 『大地の恵み』とかよく言いよるやろ?

 もっとあったかい季節のイメージやさかい、冬に『大地』つけるなんて珍しいなー思って」



「そう言われてみればそうかもしれんな」



一応納得してもらえたようで、佐藤は内心ほっと息をつく。

色々な能力のある不破にとっては人の言葉を理解するくらいたやすいことなのだろうが。


不破は眉間に皺を寄せて、天井を見つめていた。



「しかしうちの母親のことだ。何を考えているのか分からない」



佐藤は真面目に答える不破にぷっと吹き出した。



「そんな真面目に考えられてもやなー」



笑う佐藤に不破は少しだけ不満そうな顔をする。


滅多に表情を変えない不破の心情を読み取る術はもう心得ている。

言葉と言葉の間にふっと変わる瞳の色だとか、ちょっとした眉の動き、

口元がほんの少し緩む様だとか。

知らない人からすれば些細な動きかもしれないが、佐藤にとって不破の表情を読み取るには十分なものだ。



楽しくなった佐藤は不破の隣まで近づいて、その頭を優しく撫でた。

いつもは顔を隠してしまう長い髪の毛を掻き揚げてその素顔を覗き込む。

視線を合わせて、戸惑っているような不破ににいっと口の端で笑ってみせる。


すると突然不破は目を見開いて「そうか・・」と呟いた。



「何やねん?突然・・」



不破は瞳だけで楽しさを伝えてくる。

それを読み取ることができるようになった自分も大層なものだとは思うけれども、

不破の小さな表情を見つけることは楽しかった。

いつもは何を考えているのか分からない人物の感情を読み取れるというのは、

優越感にも近い嬉しさを佐藤に与える。



油断していたら、不破に腰を掴まれて引き寄せられた。



「冬の『大地』は休業中だ。皆に『恵み』を与えることはしない。

 『大地』はただ一人お前のために働くんだ」



不破は佐藤の腰をすっと撫でる。

言葉と不破の手の感触にびくんと体を震わせてしまう。

反射的に感じてしまうとはいえ、少々情けない。

そのまま佐藤は仰向けになって不破の上に突っ伏した。



「お前・・何でそういうこと素で言えんのや?」



きっと今自分の顔は真っ赤だ。

あんなことを言われて平常でいられる訳がない。

耳元で囁かれる声は心地よく体の中に響き、今にも熱が昇ってきそうだ。



「恥ずかしいわ・・まったく」



顔の熱を治めようと下を向いていると、

それを許さないとでもいうように不破の手が伸びてきた。

頬に触れて、引き寄せられて唇を奪われる。



「・・ん・・」



啄ばむようなキスを何回かすると、

不破の舌が佐藤を求めるように口の中に入り込んでくる。

少しだけ焦らして、佐藤は不破の舌から逃げるように奥へと舌を動かす。

けれども不破はそれ以上求めてこなかった。

いつもだったら逃げる佐藤の舌を追って頭を押さえて深い口付けをしてくるのに、

今日はあっさりとやめてしまった。

それに少しだけ不満を覚えながら佐藤は不破を見下ろした。

いつの間にか不破の上に乗りかかるような格好になっている。



「佐藤、お前は今日泊まっていけないのだろう?」



ああ、なんや。

不破の言葉に佐藤は納得した。

大晦日の夜、寺が忙しくないなんてことはない。

それを知っているからこそ、不破は佐藤にそれ以上手を出すことをやめたのだろう。



佐藤はちらりと壁の時計を見た。

時間はまだ3時。

もし佐藤が泊まれると言えば、夜まで自分を抱くつもりだったのだろうか。

佐藤は思わず苦笑いを零す。



「不器用やな、ほんまに」



不破はその意味が分からないのか、眉間に皺を寄せる。


自分の誕生日なんやから我侭くらい言い。


佐藤は心の中でそう呟いて、目の前の愛しくてやまない人物に口付けを落とした。



「誕生日プレゼント用意しとこうと思っとったんやけどな、

 お前が好きそうなもの、全然見当つかへんかった・・」



佐藤の言葉に不破は目を瞠った。

きっと佐藤がこんなことを口にするとは思いもよらなかったのだろう。

もちろん、普段ならこんなことはしないが、今日は特別だ。

不破は、自分が佐藤にとって特別な人間だということを分かっているのだろうか?



「そこでや、プレゼントは俺っちゅーことでどうや?」



笑い顔を作って、それでも緊張していない訳ではなかった。

不破にあしらわれたらそれこそお笑いものだ。

自分から誘うというのは結構大変なものなのだなと心の隅で思った。

突然、目の前の風景が変わる。

景色が流れて、今まで下にあった不破の顔が上にあった。

押し倒されたのだと気づいたのは数秒後だった。



「最高のプレゼントだな」



不破は佐藤の頬をなぞって口もとだけで笑う。



「また・・お前はそういうこと平気で・・」


「言ってほしくない訳ではないだろう?お前は時々ひどく寂しそうな顔をする。

 失った何かを求めるようなそんな顔だ。

 お前の心の中が満たされるようなものが欲しいのだろう?」



かなわない。不破には。

そう思ったけれども、不破にだけはかなわないと、最初から分かっていたこと。

自分の壁を壊すことができた不破だけが佐藤の中に入り込んでくる。

周りに作っている壁を壊して、不破は自分の中に入ってきた。

それを容認してしまった時点で、もう自分は不破にはかなわない。



佐藤は耳元で優しい言葉を聞きながら、温かい腕の感触を味わった。







「愛してるで、『大地』。Happy Birthdey」








そう口にして、柔らかい口付けが降りてくるのを待った。





















Happy Birthday Dear 不破大地☆