+不破、大好きv 休み時間になり、ちょうど窓側で日の差す席にいる佐藤はこれから惰眠を貪ろうかと頭を伏せた。 腕を枕にして、一つ欠伸を噛み殺す。 教室の中に差し込む冬の日差しは暖かく、どうしても眠気を誘うのだ。 佐藤はこれから訪れるであろう至福の時を想って目を閉じた。 しかし。 「シゲさ〜ん」 どこからか聞こえる風祭の声。 それは次第に近くなってきて、ついに佐藤のすぐ耳元で聞こえた。 「シゲさん!」 いつも元気のいい風祭の声に佐藤はついつい関心してしまうのだが、 今はそんな場合ではなかった。 折角これから幸せな睡眠を味わおうと思っていたのに、 起こされてしまえば誰でも少々機嫌は悪くなる。 寝てるふりをして無視をしてしまおうかと思ったが、それも何だか憚られて、佐藤はしぶしぶと頭を起こした。 「シゲさん」 「ああ、起きとるわ。・・いつも元気やな〜、ポチは」 ふわぁあと眠そうに欠伸を噛み殺して、佐藤は机に肘をついて風祭を見た。 「有り難う」 にこにこと他意のない笑みを絶やさずに、風祭は佐藤のすぐ前の席に腰を下ろした。 丁度佐藤の前の席の人物はいなく、好都合だった。 「・・別に純粋に褒めとる訳やないで」 元気やな、と少し皮肉を込めて言ったはずなのだが。 目の前の純粋培養で育った風祭にはそんな攻撃が利くはずもなかった。 佐藤はどこか自分の思い人に似た目の前の人物にそっとため息をついた。 「それで・・、一体なんや。用件は」 いつも元気な風祭だということは知っているが、今日はやけに上機嫌だ。 何があったというのだろうか。 「あのね、シゲさん」 問い掛ける風祭の目が期待と興奮で輝いている。 佐藤はそれに一抹の不安を感じて、小さく身構えた。 「不破くんのどんなところが好きなの?」 佐藤は思わず椅子から転げ落ちそうになった。 それを危うく肘で支えて呼吸を整える。 2、3回頭の中で風祭の言葉を繰り返して、怪訝そうに眉を顰めた。 「・・今、お前何て言うたん?」 風祭の言っていることが理解できなくて・・いや、理解しがたくて、 佐藤はもう一度だけ尋ねてみた。 「うん、だから。シゲさんは不破くんのどんなところが好きなのかなって」 目の前で何の悪意も持たない笑顔が輝いていて、佐藤は頭が痛くなってくるのを感じた。 どうして自分が風祭の前で惚気なくてはならないのだろうか。 友人から惚気られるのが流行っているとでもいうのだろうか。 風祭の考えることはやはり理解しがたい。 「あほか、お前。答えられる訳あらへんやろ」 佐藤の前で笑顔を湛えている風祭の額を指でぴんと弾く。 「ええ〜」 片手で佐藤にでこピンされた額を押さえて、それでも風祭は嬉しそうに言った。 「教えてくださいよ〜」 風祭の言葉に、佐藤は内心厄介なことになったと思った。 目の前に座っている人物はどこまでも真っ直ぐで、自分の思った道には突き進もうとする。 どういう訳だか知らないが、こんなに浮かれている風祭は、 きっと佐藤がちゃんとした理由を答えないとどこまでも問い詰めてくるだろう。 佐藤は頭の中で必死に話題を逸らす方法を考えた。 「あかん。これ以上しゃべるんやったら、銭もらわんとな」 佐藤の言葉に風祭の表情が一瞬で暗くなる。 まるで飼い主に捨てられた犬のようで、垂れた尻尾や耳が見えるようだ。 いつもの佐藤ならばこんなサービスはしないのだけれども。 落ち込む風祭が何ともかわいそうに思えて佐藤は一つの条件を出した。 「・・それか、お前がタツボンの好きなとこ言うてみい。そしたら俺も教えてやるさかい」 口の端をニッと上げて、佐藤は風祭に言った。 軽くそう言えたのは、純情な風祭がそんなことを佐藤の目の前で言えるとは思っていなかったからだ。 きっと頬を赤らめて、口ごもってしまうだろう。そう予想してのことだった。 「えっ・・・」 風祭は予想通り顔を赤らめて俯いてしまった。 やはり風祭にはそんなことを言える訳がないのだと、佐藤は内心笑顔を零す。 「ほらほら、言わんと教えてやらへんで」 風祭が言うことができないと決め付けた佐藤は、 図に乗って風祭にいつもの調子でちょっかいを掛け始める。 しかし、そこで佐藤の予期せぬ出来事が起こった。 風祭はキッと心を決めたように顔を上げ、赤らめた頬をそのままにこう言った。 「水野くんは全部かっこいいから・・。 好きなところは全部です」 しっかりと笑顔つきでそう給う風祭に、 佐藤は体の中からさぁっと血が引いていくのが分かった。 思わず片手で顔を覆う。 「・・僕、ちゃんと言いましたから・・。 次はシゲさんの番ですよ!」 まだ少し頬を赤らめた風祭が期待の篭った目で佐藤を見つめる。 ・・これは逃げられないかもしれない。 そう心の底で思ったが、何とか逃げられる策はないかと頭を巡らす。 「シゲさん!」 目の前に期待を膨らませた風祭がいる。 自分であんなに煽っておいて、ここで言わないなんてことは決してありえない。 けれども。 佐藤は不破の好きなところを一つ一つ考えてみて、顔から火を噴きそうになった。 死んでもこんなこと口にできない。 例えば。 心の奥底までを覗き込まれてしまいそうな真っ直ぐな瞳だとか。 GKというポジションに相応しい長い腕だとか。 その腕が自分を抱きしめてくれる温かさだとか。 他にもいっぱい思いついて。 それでは風祭と同じ答えになってしまう。 あんなに恥ずかしいセリフを口にするくらいだったら、このまま校庭へ飛び降りた方がましだ。 ぐるぐると考えこんでいる佐藤を、風祭は不思議そうに覗き込んでくる。 「シゲさん?早く教えてくださいよ〜」 覗き込んできた目はやはり期待に満ちていて。 佐藤は逃れられないだろうことを悟る。 「あああ〜」 突然声を上げて頭をかき回し始めた佐藤に、風祭は驚いて目を瞠る。 「もう悩んでんのうっとうしくなったわ。こういうのはさっさと終わらせてしまうんが得策や・・」 さっさと言ってしまおうと口を開くが、声が伴わない。 何度か口にしようと唇を開くが、その度にその唇は音を紡ぐことなく閉じられてしまう。 言葉にするということがこんなに苦痛だと思ったのは初めてだ。 肘をついている右の手が微かに震えていることに気がついて、 佐藤は情けないと心の中でため息をついた。 「・・目、や。」 やっと口にできた言葉はそれだけで。 あまりの力のなさに、佐藤は心の中で舌打ちをした。 「目?」 風祭の嬉しそうな声に、佐藤は言葉を続けた。 「・・あいつの・・なんでもまっすぐに人のことを見つめる瞳に狂っとんねん。 ・・あとは・・お前と一緒や」 「そうだったのか。初耳だな、それは」 声を聞いて、瞬間、佐藤は本当に校庭まで飛び降りてやろうかと思った。 あまりにもタイミングが悪すぎる。 どうしてこいつは・・! がたんと大きな音を立てて立ち上がって、本気で飛び降りようと窓の方を向くと、 背中から温かい腕が2本伸びてきて、佐藤を抱きしめた。 「な・・離せや!」 混乱状態に陥っている佐藤を、不破は有無を言わせず担ぎ上げた。 「離したらお前は逃げるのだろう?」 「逃げへん、逃げへんから降ろせや!」 「駄目だ」 不破はそんな佐藤を抱えたまま教室から出ていった。 そんな二人の光景をクラスメイト達は怯えた目で見ていたという。 たった一人、騒動を引き起こした張本人を除いては。 不破は佐藤を屋上まで連れてくると、そこでそっと佐藤を降ろした。 屋上には誰もいなく、冬の日差しが穏やかに照りつけている。 しかし佐藤は不破と目を合わせようとはしなかった。 どうやらひどく拗ねてしまっているらしい。 「・・佐藤」 声をかけて頬に手を伸ばそうとすると、 佐藤はその一瞬の隙に不破の前から逃げ出そうとした。 けれども、不破の手が一瞬早く佐藤の体を捕まえた。 逃げようともがく佐藤の体を全身で抱きしめて、逃げられないようにする。 「何故逃げるのだ?」 不破の問いに、腕の中の佐藤は答えを返そうとはしない。 「・・気づけや。鈍感。」 怒ったように目を逸らす佐藤に、不破は心の中に慣れないもどかしさを感じた。 佐藤があの人懐っこい目で自分を見てくれない。 強い光を湛えたあの瞳が自分を見ようとしない。 そのことが不破に言い知れない不安を与えた。 不破は腕の中に佐藤を抱きしめたまま、屋上の隅へ移動した。 腕の中の佐藤は大した抵抗もせず、不破のなすがままに従っている。 抱きしめていた佐藤をそのまま床へと横たえて、不破は四つんばいで佐藤の上に覆い被さった。 これで佐藤は逃げられない。 不破が上から佐藤を見下ろす。 けれども佐藤は首を横に向けて、不破と視線を合わせようとしなかった。 「・・佐藤」 頬に手を滑らすけれども一向にこちらを向く気配のない佐藤に、 不破は小さくため息を零す。 「・・佐藤。俺はお前がああ言ってくれて嬉しかった。 いつものお前は何も言ってくれないからな。 だから拗ねているのなら機嫌を直せ」 不破は佐藤の頬に触れて、こちらを向くように促す。 けれども佐藤はそれを頑なに拒んで、動こうとはしない。 どうすればいいのかなど、不破には分からない。 佐藤はいつでも自分の中の予測にはない行動をするから。 次の行動を予測するなど不可能に近い。 だから、不破は思っていることを素直に口にする。 「そんなに拗ねることはないだろう。俺は嬉しかったのだから」 佐藤の耳元に顔を近づけて、触れるか触れないかの距離でそう囁く。 すると、突然佐藤の腕が不破の顔を押しのけた。 突然の行動に、不破はただ呆然と佐藤の顔を見つめる。 そしてそのうち、顔を少し赤くした佐藤がゆっくりと不破を見た。 「あほか・・。恥ずかしいんや。俺は・・。それくらい分かれや」 佐藤の珍しい反応に不破はそうだったのかと頷く。 佐藤は不破の顔をぐいっと引き寄せて、その唇に啄ばむようなキスをした。 「俺、お前にめっちゃ惚れとんねん。・・お前は?」 既に開き直ったように明るく問う佐藤に不破の目は惹きつけられる。 太陽の下で、佐藤は綺麗に笑う。 そんな彼に惹かれたのはいつのことだっただろうか。 不破は佐藤の笑顔に近づくよう努力しながら、そっと口元で笑ってみせた。 「愚問だな。俺の方がお前に惚れている。間違いない」 そう答えると佐藤はにかっと、誰もを明るくさせる笑顔で笑った。 やはりこの笑顔が好きなのだと、不破は心の底から湧きあがる温かいものを感じていた。 |