最近、気づいたこと。

不破は、随分優しく自分に触れる。

クラッシャーと呼ばれる彼の手は、

まるで触れたらすぐに壊れてしまうものに接しているかのように優しい。

ボールを掴む手と、自分に触れる手。

どちらも不破大地のものであることは間違いないはずであるのに、全く違うもののように思えるのだ。

鋭い視線と、攻撃的なオーラを纏いつつゴール前に立っている姿と。

こうして自分に触れてくる不破大地とは、ひどくギャップがあって困る。

普段見ることのない不破大地の一面に、心が疼くのが止められないのだ。





+触れ方





「不破ー」


部活が終わり。

ある者は疲れた体を癒すために、またある者は部活だけでは物足りず、

これから再びサッカーの練習をするために、皆早々と家路についた。

そんな部員たちの姿を見送りながら、気がつくと部室には、自分と、不破しか残ってはいなかった。

別に偶然そうなった訳でも何でもなく。

意図的に二人部室に残るように待っていたのだから、

これが水野にでもばれればこっぴどく怒られるのだろうと。

桜上水の9番にも負けないサッカー好きの10番の顔を思い出しながら、

佐藤は僅かに苦笑いを浮かべた。


「佐藤」


名を呼ばれて振り向くと、不破が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

突然笑い出せば誰だって、相手を不審に思うだろう。


「いや、何でもあらへんのやけど」


「そうか・・」


きっと納得などしていないのだろうけれども、佐藤が何でもないと言えば、

滅多に追求してくることのない不破に、再び込み上げてくる笑いを噛み殺す。

そんな佐藤を、さすがに不破は不審に思ったらしく、こちらに真っ直ぐに視線を向けてくる。


「一体何だ?」


こんな姿もかわいいのだと、佐藤はやはり抑え切れない笑みを零しながら、不破へと近づいていく。

そうして部室の椅子に座っている不破の膝の上に、遠慮なく腰を下ろす。

横抱きのように座り、左手を不破の背に回す。

不破もそれを心得ていて、抱き締めるように佐藤の背に腕を回した。

膝の上に座ったことによって、不破の視線より佐藤の視線の方が高くなる。

それは滅多にない光景で、佐藤は楽しむように不破と視線を合わせる。


「お前に見上げられるなんて、不思議な感じやな」


吐息で笑えば、不破の指が佐藤の髪を柔らかく梳く。

普段は不器用で、壊すことしか上手くできないその指が。

佐藤に触れるときだけ優しいのを知っている。

ピッチ上にいるときの不破の表情と。

今佐藤のすぐ近くにいる不破の表情の違いに、驚かされることもしばしばだ。




でも、本当は。

壊れ物でも扱うかのような不破の触り方を不満に思ったりしている。

自分は、そんなに簡単に壊れてしまうものではないのだから。

細心の注意を払って、まるで硝子細工を触るかのように、触れなくてもいいのだと。

教えてやりたいのだ。




GKの不破の、節くれだった、けれども優しい指の感触を直に感じる。

佐藤はそんな不破の手を掴み、そっと指先に口づけを落とす。

指先から不破の想いが伝わってくるようだった。

驚いた不破が視線で問い掛けてくるのを感じて、佐藤は吐息で笑う。


「なぁ、不破」


抱き締めたら同じくらいの強さで抱き返されて、鼓動が一つ跳ねる。


「別に俺はちょっと触ったくらいで壊れへんで?」


だからもっと強く抱き?


そう告げたら不破は二度まばたきを繰り返し。

そうして強い視線で佐藤を見上げた。


「駄目だ」


言われた言葉にきょとんと驚いてしまったのは佐藤の方で。

強い意志を持った不破の言葉に、佐藤は言うべき言葉を失った。

不破が佐藤にこれほど強い意志を示すことは珍しかった。

佐藤を抱き締めていた腕が解かれ、指先が頬をなぞる。

その手は殊更優しく、強く触れようなどとは微塵も感じさせない動きだった。

そんな不破に、僅かに焦れを感じながら佐藤は問うた。


「何でや・・?」


佐藤はその指を振り切るように、強く不破を抱き締めた。

大事なもののように扱わないでほしい。

そんなに弱いものでも、守ってもらわなければ傷ついてしまうものでもないのだから。

本当の不破の優しさで。

愛してほしいと思うのだ。


不破は僅かに困ったような気配を見せながら、珍しく言い淀んでみせた。

常に強い視線を有し、滅多に揺るぐことのない不破が、

そのような一面を覗かせるのは本当に珍しいことであった。

不破の腕が佐藤の背を抱き返し、そうして緩く擦った。

そうして溜息を一つ。

軽く佐藤のシャツを握り締めながら、不破は佐藤の喉元に唇を押し当てながら呟いた。


「いつか、お前を壊してしまいそうで怖い」


言われた言葉は、想像もしていなかったものだった。

言葉を紡いだ後に不破が、躊躇うように佐藤の首筋に口付ける。

佐藤は思わず、そんな不破の髪に指を這わせ、優しく撫でる。


「・・阿呆やな、不破」


首筋に埋められた頭を抱き込むようにして、佐藤は不破の肩をポンポンと叩いた。

言われた言葉に不破の体が一つ跳ねる。

しかし佐藤は顔をあげようとした不破を押さえ、自らの胸に押し付けるように抱きこんだ。

一つ年下の彼は、妙なところで気を遣う。

本当に、不破に、愛しい人に抱き締められたくらいで壊れてしまうほど、自分は弱くもか細くもない。

寧ろ、愛しい人に愛されすぎて壊されるくらいならば、この上ない本望だ。

そんな思いを込めて、腕の中の不破を抱き締めた。



「俺はいつだって、お前になら壊されてもええと思っとるんやで?」



そう。

いつだって。

不破になら、と思っている。

きっとこの先、後にも先にも、自分の中にここまで入り込む人間は不破だけなのだから。

佐藤成樹というものの外枠を破り、奥底まで入り込んで住み着いてしまうほどの人間は、

世界の何処を探しても不破大地一人だ。


佐藤が告げると、不破は僅かに言いよどむ雰囲気を見せた。

まだ何か、佐藤に言いたいことがあるようだ。

佐藤の腕の中から顔を上げて、不破はじっと、その強い瞳で佐藤を見つめる。

射抜かれてしまうかと思うほど、真っ直ぐなその視線で。




「・・では何故、お前は触れると泣きそうになるんだ?」




問われた言葉に、佐藤は不意を突かれたように目を瞠る。

不破の目にはそんな風に映っていたのか、と。

驚きとともに、不破が自分のことをちゃんと見ていてくれたことに嬉しさが募る。

普段、興味のないものには全く目を向けることのない不破が、

自分のことをこうしてちゃんと見てくれているということに、心の中がふわりと温かくなる。

不破の、こういうところが、好きだ。

佐藤は込み上げてくる幸せを覚えながら、ふわりと優しい笑みを零した。



抱き締められることが嫌な訳ではない。

愛されることが嫌いな訳ではない。

不破に触れられる度に思わず泣きそうになるのは、


不破のことが愛しすぎるから。


触れられるたびに胸の奥がぎゅっと、締め付けられるように痛くなって、

優しく触れてくる熱と優しさに、涙が出そうになる。



不破の想いが嬉しすぎて。

愛されてることが嬉しすぎて涙が出そうになるのだ。



「それは宿題や。考えとき?」



僅かに口の端に笑みを浮かべながらそう告げれば、不破は酷く不思議そうな顔をした。

きっと、何故佐藤にこんなことを言われるのかが分からないのだろう。

鋭い割りに鈍感で、きっと一生懸命考えても佐藤がこんな風に思っているなどとは、

微塵も思わないのだろう。

けれど、知ってほしいから。

誤解をしたままでなく、ちゃんと佐藤のことを知ってほしい。

そうして、不破の本当の優しさで抱き締めて欲しかった。



「ヒントを一個やるわ」



今だ怪訝そうな顔をしている不破の前に、人差し指を立ててみせた。



「人間、泣きたくなるときは悲しいときや辛いときだけやないんやで?」



そう告げて。

佐藤は目の前で難しい顔をしている不破の頬に一つ、羽のような軽いキスを落とした。

流石の不破も驚いたのか、目を瞠り佐藤を見た。



「・・お前は嫌ではないということか?」


「当たり前やろ!?俺が嫌やったら今ごろ殴り倒してるところや」



そうか・・などと素直に納得する不破に、佐藤はまた一つ笑みを零した。

早く気づいてほしいと、心は疼いていたが、それでも、不破に、不破自身に気づいてほしいから、

答えはまだ言わない。

早く気づいてや、という祈りを込めながら、不破を再び抱き締める。



「もしお前が正解したら・・」



「正解したら、何だ?」



不破はこういう謎めいたことを突きつけられるのに、弱い。

答えの分からない問題は、何もかも答えが分からないと気がすまないからだ。

だからわざと、不破が気にしてくれるように。

自分から佐藤の想いを見つけてくれるように願いを込めた。

こうして問いを出されたら、不破も答えを見つけないわけにはいかないだろう。



「その時は。



 ・・もっと強く抱き締めてや?」






腕の中の不破にそう告げながら佐藤は、

きっと三日後には綺麗に宿題を解いてきてくれる不破がいることを確信していた。