恋愛小説を読んでいるかのように、恋愛を思い浮かべているだけの時が一番幸せだった。 +愛情、黒須幼稚園・序 恋をしたのは自分の方からだ。 まだ相手が不破を認識してもいない頃から、自分は不破のことを見ていた。 最初はただ、幼稚園に不釣合いな姿に目がいった。 まだ若い、しかもちょっと目つきの悪い不破が、楽しそうに子供たちの相手をしている姿を見て、 驚かなかったといったら嘘になる。 今の社会の中で男の保父さんなど珍しいものでもないのだけれども、 一見すると強面で、しかも子供などと馴染まなそうな不破が、 まるで子供のように子供たちと戯れている姿を見て、何だか少しだけ心が温かくなったのを覚えている。 それから、不破は誠二のクラスの先生だということを知った。 知ったときは驚いたけれども、何だか気になって誠二に色々と話を聞いた。 誠二はサッカーが大好きで、不破も学生時代にサッカーをしていたらしく、話が合うのだそうだ。 話をたくさん聞いているうちに、何故だか心の中で不破の存在がどんどん大きくなってきていた。 誠二と一緒にPKをした話だとか、クラスのみんなでサッカーをしたときの話だとか、 まるでもう、自分は不破と知り合いであるかのような錯覚を感じながら誠二の話を聞いていたのだ。 聞いているこっちが思わず笑顔が出てくるような、そんな話を聞くたびに、不破へ好感を持っていった。 暇があるときは何度か、誠二の幼稚園へと行った。 どこかへ出かける用事があるときだとか、少しだけ遠回りをして幼稚園の様子を覗いていった。 たまに、誠二と不破がサッカーをしている光景を見られることがあり、 そんな時は思わず笑みを零したものだった。 自分でも、流石にのめり込みすぎだろうと思うこともあったが、それでも止められない。 まずい、と思いながらも意思に反して何故だか、幼稚園の近くを通るのが日課になっていた。 もちろん、自分は誠二の姿を見に行くのだと、心の中で言い訳をして。 けれど幼稚園に近づいていつも探してしまうのは不破の姿だった。 今日は、どんなことをして子供たちと遊んでいるのだろうか、とか、 今日も子供たちと一緒になって一生懸命に遊んでいるのだろうか、だとか。 いつも、いつも、気にかけていた。 自分の中で足掻いて、葛藤があって、それでも好きだと自覚したのは意外と早かったと思う。 自覚して、不破の姿を遠くから見て。 キャラじゃない、なんて思いながらも、遠くから見ているだけの恋だった。 何の接点もない、ともすれば吹いて飛ばされそうな、そんな淡い恋。 けれど、自分の中で思っているだけの恋ならばよかった。 渋沢の妻が体調不良になり、唐突に自分が不破と接触する機会を得てしまった。 突然起きた幸運に、けれど内心はとても戸惑っていたように思う。 初めて言葉を交わして、不破が初めて自分を真正面に見たときに、心がただ痛くなった。 見ているだけならよかった、 一方通行の思いだったならば。 けれど、不破が佐藤成樹という人間を認識して、真っ直ぐに視線を合わせられて、 もっと先を望んでしまった。 気づいて。 こっちを見て。 触って。 不破が自分を認識したときに、こっちを向いてほしいと思ってしまった。 もっと、もっとと欲が出てしまった。 欲張りだとは思うけれども、不破を前にするたびにその思いが強くなるばかりで。 見ているだけのときはあんなに幸せになれたのに、今では、じりじり、焼け付くかのような酷い渇きを覚える。 気づいて。 顔には何でもないという表情を貼り付けながら、心は必死でただ一人の名を呼び続ける。 不破。 強い焦燥が体を覆う。 もう、見ているだけの自分には戻れそうにはなかった。 |