振り回されるのは好きじゃない。

けれど、お前に振り回されるのは好きだと思っている自分がいるのだ。





+真っ向勝負





部活の後、不破は珍しく強引に佐藤を家に呼んだ。

尋ねたら用事がある訳ではないようで、そんな曖昧な理由で不破が自分を家に招くなど珍しいことだった。

自分は大抵の人間の思考回路は読めてしまう。

次に何をするのだろう、だとか、どんなことを考えてこんなことを言っているか、だとか。

勘の鋭い自分に時々嫌気がさすこともあるが、

円滑な人間関係を築いていく上で重要な武器ともなったそれは、自分にとって随分と利益となるものだ。

けれど。

この世で一人だけ、その行動パターンも、発せられる言葉も予測できない人間がいる。


それが不破大地という人間だ。


天才、と呼ばれている彼の言動は予測不可能だ。

いくら佐藤が次の言動を予測しても、天才、いや奇才と呼んだ方が正しいのかもしれない、不破は

見事に佐藤の期待を裏切ってくれるのだ。


佐藤は小さく笑みを零した。

今日は何の意図があって佐藤を家に呼んだ?

ただ単に会いたかったから?

一緒に時間を過ごしたかったから?

お前は何がしたい?

その頭の中で、何を考えている?


予測不可能な不破大地の次の行動を考えているうちに、何だか気分が高揚してくる。

自分の考えもつかないことをしでかしてくる不破のことを考えていると、わくわくしてくるのだ。

想像の域を大きく越える行動をする不破は、佐藤にとっては扱いづらい人種のはずだ。

けれど、自分の想像を壊されることを楽しいと思っている。

壊されて、引き摺られて。

不破のペースに持っていかれることを、一種の快感のように思っているのだ。


そんな自分を過去の自分が見たら、きっと驚くだろう。

実際、今でも客観的に自分を見ると驚きを覚えるのだから。

いつからこんな人間になってしまったのだろうかと。

自分はいつから、人に自分のペースを崩されることを許容してしまうようになったのだろうかと。


驚いたからといって、けれど元の自分に戻ろうとは思わない。

予測可能な人間関係の中にいた自分よりも、少し振り回されるくらいの関係の今の方が随分と楽しい。

誰も壊しえなかった佐藤成樹という殻を破って、中に入り込んで、その上住み着いてしまった不破を、

今更追い出そうなどという気は更々無いのだ。



がちゃり、とドアが開いて、飲み物を取りにいっていた不破が部屋に戻ってきた。

テーブルにトレイを置いた不破に、佐藤は少し人の悪い笑みを浮かべる。

このまま、不破の行動に流されてしまうのもいいが、少しだけ反撃をしたい気もする。

不破に捕まってしまいたいけれども、まだ早い気もするのだ。


だから佐藤は、自分から行動することを選択した。


テーブルの側に座った不破に、突然抱きついてみせる。



「・・佐藤?」



驚いているのだろうけれども、普通の人にはそうと分からないリアクションを取りながら、

抱きついてきた佐藤を眺める。

佐藤はそんな表情を見上げながら、少しだけ優越感に浸る。

自分も不破大地という殻を壊して、中に入り込めた気がするからだ。


その問いには答えぬままに、そのまま不破を後ろに押し倒す。



「・・・・・!?」



さすがにこれには不破も驚いたようで、目を瞠って佐藤を見上げた。

不破に乗り上げる格好になった佐藤が、そんな不破に笑顔を返す。



「・・俺を家に呼んだんは、こういうことしたかったからやないの?」



カマをかけてそう尋ねる。

不破はそんなに性欲に流されるような人間ではないのだけれども、

もしかしたら、という思いがあってそう尋ねてみた。

すると。


驚いたことに、不破大地は照れるように僅かに頬を染めたのだった。



「・・・・・・!」



これには仕掛けておいた自分も返答に困る。

そんなに素直にリアクションを返されては、この先どう行動してよいのか分からない。


不破につられるように、顔に血が上ってくる。

そんな自分を見られたくなくて思わず視線を外す。


すると不破の手がするりと佐藤の腰に回る。


やばい、と本能で察知した。

今、佐藤は不破の上に乗っている状態で。

下半身の密着具合に、今更ながら意識が向かう。

腰に伸ばされた手に思わず反応してしまう。



「佐藤」



不破の深い低音が、腰に響くようだった。



「お前を抱きたい」



そうストレートに言われて、顔は真っ赤だ。

視線もろくにあわせられない。



「佐藤」



焦れるように呼びかけられて、うつむいた顔に手が伸ばされる。

優しく輪郭を撫でられて、負けた。

もうどうにでもなれと、まだ陽の落ちきらない外をちらりと視界に入れながら思う。

不破に捕まるのはまだ早いと思っていたのに、そんな思惑虚しく、数秒で捕まってしまった。


佐藤は顔を上げて、それから不破の顔の横に手をつく。

少しでも反撃になればいい、と、自分からくちづけを仕掛ける。


驚いてくれればいい。

ほんの少しでも、不破の心の中に自分が入り込めれば。


そう願いながらしたくちづけの主導権はあっさりと奪われ。

頭と腰を抱えられて、気がつけば体は反転していて。

不破を見上げる形になる。

くちづけがほどかれて、僅かに意識の遠のいた中で不破を見上げると、

その瞳の中に、紛れもなく自分が映っていて。






そんな些細な出来事に満足をしてしまった自分がいた。

今日は、俺の、負け。