自分は同年代の子供たちよりも、ひどく大人びているということは分かっていた。 大人びている、というのは、大人であるというのとは全く違い。 大人ではないのだから大人であるよう、自分で努めなくてはならないのだ。 しかし、そんな自分もやはり中学生の子供であるのだと。 気がついたのは、とある日の、ふとした時間。 +桃色の日常生活・1 「シゲさん!」 いつも元気な、同じクラスの風祭将が佐藤の元へやってきた。 「なんや?朝から元気やな・・」 眠い目を擦りながら、意識だけを風祭に向ける。 佐藤が風祭の方を向かなくとも、特にそれを気にすることもなく、 風祭は佐藤の横で笑っているのだろう。 その予想は間違ってはおらず。 眠い目をぼんやりと風祭の方に向けると、 そこにはいつもと変わらない柔らかい笑みを浮かべた風祭が立っていた。 「シゲさん、これ見てください」 差し出されたものに、佐藤は半分虚ろな目のまま視線を移した。 突然何を持ってきたのだろうと佐藤はただ不思議に思ったのだが、 風祭という人間は時々とても突飛なことをするので、あまり気には止めなかった。 差し出されたものは、見慣れた人間たちの写った写真で。 どうやらそれは桜上水サッカー部の、部活中に撮ったものであるようだった。 「・・これがどうしたん?」 差し出された写真を左手で受け取り、数センチにも及ぶ写真の束を睨んだ。 それらにはサッカー部部員の、一人一人のプレーが写っており、 瞬間的に切り取ったその場面はそれぞれに印象的に佐藤の目に映った。 「それシゲさんの分だそうです」 風祭はそう言って、にっこりと笑う。 「・・俺の分やて?」 緩慢な動作で写真を一枚ずつ捲りながら、風祭に視線を向ける。 「そうです。松下コーチが撮ってくれたそうです」 いつの間に、と思わず溜息をつきたくなってしまうのは、 こんなにたくさんの写真を貰っても邪魔になるだけで必要はないと思ってしまったからで。 部員たちのプレーを確かにこうして瞬間的に切り取ることで、 それぞれのプレーを理解しやすくなるとは思うのだが、 生でそのプレーを見ている佐藤にとっては、 写真に写るそれは何の感動ももたらさないものであったのだ。 ただ一つ、やはり自分のプレーだけは自分では見られない分、 他人の目からはこんな風に映っているのかと少しだけ新鮮な感動を覚えたのだが。 一枚一枚写真をおざなりに見ながら、佐藤は溜息をつき、そうして写真を捲る手を止める。 「ポチ、俺これいらへ・・」 いらない、と。 言うつもりであったのに。 思わず言葉を止めてしまったのは、束の一番下にあった写真がちらりと目に入ったから。 「え?何ですか、シゲさん?」 急に黙り込んだ佐藤に、驚いた風祭は何があったのかと問い掛ける。 しかし、佐藤はそんな風祭の様子はもうすでに意識の中にはなく。 束の一番下にあった写真をそっと捲ると、そっとそれを引き出して、眼前にかざした。 それは桜上水サッカー部の、とあるゴールキーパーの写真。 普段は制服か、黒い服しか着ない不破の、ユニフォーム姿。 深い緑色のそれは、懸命にボールをセーブする不破を綺麗に引き立てている。 佐藤はその写真に思わず見とれてしまった。 FWというポジション上、GKとの距離はひどく遠い。 試合中、ふと後ろを振り返り不破を見ても、その表情なんて伺うことなどできないほど。 そんな位置から不破の、大まかなプレーを見ることはできても、 こんなに近くで真剣にプレーをしている不破の姿を見たことはなかった。 だからこそ、写真いっぱい写った、ボールをセーブをする不破の姿を見て、 思わず目が奪われてしまったのだ。 試合中、こんな風な顔をしてプレーしているのかと。 なんや随分と真剣な顔してやっとるのやな、 なんて、思わず笑みが零れそうになってしまう。 真剣な眼差し。 飛び散る汗。 ボールを掴む頼りがいのある腕。 その写真を見る度に、跳ねる鼓動が暖かく。 思わずその写真を握り締めてしまいそうになるほど。 「・・シゲさん?」 名を呼ばれて、ふと我に返ると、柔らかく笑みを湛えた風祭の顔。 「それ、気に入ってくれました?」 「ああ・・もらっとくわ」 同じように笑みを零して、軽く手を挙げれば、 風祭は安心したように笑って自分の席へと戻っていった。 机の上には写真の束と、そして一枚だけ佐藤の手の中に残された不破の写真。 一瞬、どうするか迷って。 けれども次の瞬間には、写真の束はおざなりに鞄の中へと入れ、 不破の写真はこっそりと、制服の胸ポケットへと入れた。 こんなところに不破の写真を入れていることが不破本人にバレたら、 何と言い訳していいか分からない。 けれども、どうしてもその写真があるべきところは、 自分のすぐ近くだという思いを拭うことができなく。 佐藤は大切なものを守るかのように不破の写真を、胸ポケットへと入れたのだ。 まだ自分が。 ひどく幼い、けれども純粋な感情を持っているのだということを知って。 頬杖をつき、いつも無表情を崩さない不破に思いを馳せて、 佐藤は僅かに頬を染めたのだった。 桃色の、日常生活。 |