恋をする年令であると、思っていないわけではない。 けれども自分からひどく遠くにある言葉のように思えたそれが。 まさか自分の身に降りかかってくるとは思わずに。 まるでドラマの主人公のような、恋心のために。 そして人から聞いた笑い話のような行動をしてしまう自分を。 省み、恥ずかしいと思いながらも。 けれどもそれをやめることなどできないのは。 ひどく甘い、恋心のなせる技なのだと、気づいた。 +桃色の日常生活・2 部活が終わり、夕日の傾いた道を一人歩く。 いくら愛しい人が同じ部活にいるからとはいえ、共に帰るような習慣はなかった。 お互い、随分と団体行動ができない性格であるから、 部員たちを待ち、みんなで家路につくなどということができないのだ。 そんな性格を分かりきっているからこそ、滅多に共には帰らない。 一人こうして、夕日に染まった街並みを見ながら、ゆっくりと歩みを進めるのだ。 今は自分の家であるこの寺に辿りつき。 同居人たちに笑いながら迎えられ、これから夕飯前の掃除だと言われ。 早く着替えてこいよ、と追い立てられる。 部屋に戻り、襖を閉める。 窓を照らす光は橙色で、部屋の中も同じ色に綺麗に染まっていた。 佐藤は着ていた制服を脱ぎ捨て、そうして寺の中で作業をするのに適した服装に着替える。 とはいってもいつも、ラフなジーンズにシャツという格好であるのだが。 長い髪を適当に結い、そうしてバンダナを結ぶ。 下から呼ぶ声に適当に返事をしながら、 佐藤は再び襖を開けて部屋から出て行こうとしたのだが。 ふと気づいて足を止めた。 くるり、と方向転換をして、脱ぎ捨てた制服を拾い上げる。 上着を掴み、丁度心臓の真上に作られた左胸のポケットを漁り、そして。 中に入っている写真を手に取る。 今日風祭から貰ったそれは幸いにして誰にも見つかることなく過ぎた。 手に取った写真を夕日の方に向け、写真を見る。 写真の表の光沢が夕日を反射してキラキラと光を発する。 しかしそれでは逆光で写真そのものが見えず。 僅かに光の当たり加減をずらしては、夕日の中で写真を眺めた。 角度ごとに光の加減が変わり、写真は一つで同じはずであるのに。 まるで何枚もの色の違った写真があるような気さえした。 橙色に染まった不破は、まるで。 夕日の中で、不破本人が練習をしているかのような錯覚を起こす。 まるで写真の向こう、自分の手の届くすぐ近くに不破がいるかのような。 そんな感覚。 よく、好きな人の写真を持つ人間というのを見かける。 そんな心理、今まではよく理解できなかったのだが。 愛する人を、自分の手の中に手に入れる感覚。 まるでその人の一部分を切り取ってしまったかのような感じさえ覚える。 ただ、フィルムに写った一瞬の時でしかないそれに。 こうして想いを寄せてしまうのは、ずっと目に焼き付けることのできる媒体に、 相手の時というものを閉じ込めて持っているということに、 特別な概念を覚えるに違いないからなのだろう。 下から、更に急かすような声が聞こえる。 佐藤は手の中の写真をクルリと一回転させて。 そうしてもう一度それを視界の中に留める。 ゴールの前、敵のボールを自分のゴールに入れさせないように、 不破が必死でセービングをする姿。 もう頭の中にすぐに思い浮かべることができるほど、覚えてしまっている画像であるのに。 こうして、何度も何度も視界に入れてしまいたいと思うのはやはり。 頭の中で思い描く不破よりも、写真で見る不破の方が実物に近いからだろう。 などと、未練がましく写真を眺めた。 佐藤は写真から視線を外し、それを何処に置くかどうか迷った。 机の上に置いてしまってもよいが、無くなってしまったらどうしようかという不安もある。 それに。 自分の傍から離れたところに置いておくということに、 どうしても感情が納得をしないのだ。 だから。 「・・俺も女々しいことしとんねんな」 なんて、誰もいない部屋の中、一人呟きながら、 その写真をジーンズのポケットの中に仕舞うことにした。 けれどポケットの中に入れた写真は皺々になってしまうことは目に見えている。 でも。 明日また、風祭に頼んでネガを貰えばいいか、と。 楽天的に考えた。 風祭はこういう時、絶対に茶化したり、不破に言ったりはしない。 だからこそ、こっそり風祭に頼もうだなんて思ってしまうのだ。 ジーンズのポケットの上から不破の写真に触れる。 そうして触れるだけで。 これからやらなければならない寺の掃除も、頑張ろうだなんて気持ちになってしまうのだ。 恋心は意外と現金だと。 気づいた桃色の日常生活。 |