三時間目は家庭科の時間だった。

ちょうど小腹の空きだす三時間目に、今日は調理実習、

しかも作るものはふわふわシフォンケーキだという。

お菓子の名前からそう連想を促されたかどうかは定かではないのだけれども、

この柔らかく美味しそうなお菓子から思い出されたのは、目付きの悪い不破大地本人だった。





+NO REASON





普段佐藤は料理を作ることは殆どないのだけれども、周りの女生徒たちから


「シゲちゃん上手い!」


と言われるのだから、普通の男子よりは料理のセンスはいいのかもしれない。

焼き上がったお菓子を見て、我ながら上手やなあなんて思わず頷いて。

それからこの出来上がったケーキは愛するあいつに持っていこうと、唐突に決めた。

今まで不破に食べ物を作って持って行ったことはなく、少しだけ不安もあったが、

この出来上がったふわふわのシフォンケーキを見ていたら

何だかあいつが喜んで食べてくれるような気がしたのだ。



いつもの昼休み、屋上にて。

佐藤は購買で買ったパンを、そして不破は某栄養食品と水を。

何とも味気ない食事だとも思ったが、それが常なのだから今更、という感もある。

しかし不破にもっと人間らしいものを食べてほしいと思うのもいつものことなのだ。

佐藤は屋上の壁に寄り掛かって座っている不破に、四つんばいになって近づいて顔を覗き込んだ。



「なあ、不破。ええもん持ってきたんやけど」



不破はその言葉にきょとんと目を瞠る。

予想通りの反応。けれどそれでなくては不破ではない。



「良い物・・?」



「せや、ええもん」



そうして佐藤は不破の前に小さな包みを取り出した。

ラップに包んだだけのそれは、けれども見た目にも美味しそうに感じる。



「さっき調理実習で作ったんや。

 せやから大地くんにおすそ分けしたろ思ってな」



小さな包みを、内心は緊張しながら何でもない振りをして渡す。

指先が僅かに震えていたのは、不破に気付かれていないはずだ。

手渡された不破は大事そうにその包みを開き、そして佐藤に向き直った。



「・・食べてもいいのか?」



「食べんでどうするつもりやねん、それ?

 飾っとくんかい?」



思わず脱力して突っ込んで。



「食わんのやったら返してもらうで」



本当に要らないなんて言われたらどうしようと思う心とは裏腹に、

不破の手からシフォンケーキを奪おうとすれば、

慌てて不破は腕を引いてそれを守ろうとする。



「いや、有り難く頂く」



そうして不破はそれをぱくり、と。

何の躊躇いもなく、見ているこっちが気持ち良くなるくらい豪快に、

シフォンケーキを平らげてくれたのだ。


咀嚼して飲み込んで、そうして不破は真っ直ぐに佐藤を見た。



「うまかった。また作ってきてくれ」



そんな単純な言葉に酷く心浮かれる自分がいて。

簡単な人間だ、なんて思いながらそれでも不破のために今度は調理実習なんかで作った物ではなく、

もっと時間と手間と、愛情を込めた物を作ってあげようと心から思うのだ。



「気ぃ向いたらな」



そう答えた顔がこれ以上ない笑顔だったことに不破は気付いたのだろうか。

するとふと不破の腕が伸びてきて、不破の腕の中に抱きしめられた。





不破の腕の温かさを感じながら佐藤は次に作ってくる料理のメニューを頭に浮かべていた。