+I wanna you.





「鳳」


そう言葉を紡いだ宍戸は笑っていて、明らかに遊ばれているのだと感じた。

さらり、と宍戸の綺麗な髪の毛が揺れる。

漆黒のそれは、室内の暗めな明かりにも関らず美しく光る。

宍戸が手は伸ばし、鳳の頬に触れる。

ベッドに座る宍戸が、その目の前に座る鳳を見て、クスリと笑みを零す。

宍戸が動くたびにギシリとベッドが軋む。

乾いたその音だけが他に何の音もしない部屋の中に響き渡った。



肌に触れる熱と、誘うように甘い宍戸の笑み。

覗き込んでくる瞳の中にはただ自分しか映っていない。

だからこそ錯覚しそうになる。

自分はただこの人に遊ばれているだけであるのに。


「長太郎」


言葉は鎖であるかのように、鳳をその場に縛り付ける。


「俺と、キスしたい?」


瞳を逸らすことなく、真っ直ぐに見つめられる。

そう直視されたことは数を数えるほどしかなく。

酷く動揺してしまう。

言葉とは裏腹に、顔には楽しそうな笑みを浮かべながら宍戸は問う。


「したくないのか?」


近くで囁かれる声は直接に耳に響き渡り、鳳の脳を支配する。

そんなに挑発的なことをしないでほしい。

きっと宍戸は鳳が何もできないと踏んで、自分遊んでいるだけに違いない。

けれども、ただ真っ直ぐ自分だけを見つめる宍戸を前にして、

どれだけ自分が我慢をしていると思っているのか。



この人は知らない。

俺がどれだけ貴方を愛しているのか。

貴方を前にしてどれだけの欲を殺してきたのか。

無邪気に言葉を紡ぐ貴方にはきっと想像もできないほど、

俺の中で貴方は淫らに辱められているんですよ。



鳳は静かに右手を握りしめる。

今すぐにでも宍戸に伸びていきそうな手を抑えるために。


「・・宍戸さん。ふざけるのはやめにしてください・・」


情欲で声が掠れる。

本当は今すぐ抱きしめてしまいたいのを必死で我慢している。

貴方の遊びになら幾らだって付き合う気はある。

けれども俺を試すような遊びはやめてほしい。

貴方を前にして、どんな理性も頼りないものになってしまうから。

今まで培ってきた理性を総動員しても、これ以上耐えられそうにない。


「・・本当に・・お願いします・・」


最後は懇願のような言葉になった。


どうか、貴方を傷つけてしまう前に、こんなことはやめてください。


宍戸の瞳に情欲に浮かされそうな自分の表情が映っていて、鳳は宍戸から視線を逸らす。

しかし宍戸はそれを許さないとでも言いたげに、

鳳と無理矢理視線を合わせようと鳳の顔を引き寄せる。


「・・宍戸さん!!」


嫌がるように顔を背けようとするが、宍戸はそれを許してはくれない。

それどころか、宍戸は更に鳳を煽るように言葉を紡ぐ。


「俺とキスしたい?」


さっきと同じ問いに、宍戸は回線が焼ききれてしまったかのように思考を止める。

真っ直ぐに前を向いて瞼を開けると、そこには先ほどと変わらない、

真っ直ぐに自分を見つめる瞳と、まるで自分を試すかのように楽しげな笑顔があった。


「・・宍戸さん」


「ん?」


楽しげな笑みと、少しだけ緩んだ口元。

今からそれが苦しげに歪むのだと思うと、ゾクリと体が戦慄いた。


「もう知りませんよ・・」


言葉とともに宍戸の体をそのままベッドに押し倒す。

覆い被さるように宍戸の体の上に乗ると、

鳳はそのまま僅かに開いた宍戸の唇に自らの唇を重ねた。

逃げられないように両方の腕を掴み、ベッドに押し付ける。

甘い、なんて言葉は欠片もないような口づけを施す。

深く唇を合わせて、呼吸を、熱を、奪う。

口腔を蹂躙して、舌を触れ合わせる。

熱を孕む宍戸の舌を絡めとって、きつく吸う。


「・・っ・・」


苦しいのか、宍戸が口づけから逃れようと顔を背けようとする。

けれども鳳はそれを許すことなく、更に深く口づける。

本能的に逃げようとする宍戸の腕をを力で押さえつける。

自分にもそんな征服本能があるのだと、初めて気づく。

酸素を求めて仰け反ろうとする姿だとか、

口の端から漏れる微かな喘ぎ声がさらに鳳を煽っていく。

飽くことなく口づけを施して。

自分がまるで中毒患者のように、宍戸に溺れていることを知った。

ちゅ、と僅かに音を立てて、唇を離す。

そこでやめる気など更々なかった。

もっとこの人を味わって、深くこの人の中に入り込んで自分という存在を刻み付けたかった。

けれども。

鳳が僅かに宍戸に視線を向けたときに、目に映ったものは。

宍戸の目に光る、透明な涙だった。

瞬間、全ての志向が止まる。

まるで、何かの術にでも嵌って動けなくなったかのように、ただ目を見開いてその姿を見る。

この人を。

泣かせたのは。

・・ダレ?

頭の中が真っ白になる。

支えにしていたものが脆くも崩れ去るような音さえする。


「・・すみません!」


我に返った、という表現が正しいのだろうか。

目の前の、心から愛おしい人を泣かせてしまった。

手にいれたいと足掻いて、差し出された幸運に、望む心を抑えることなどできなかった。

本当に、無理矢理大切な人を踏みにじってでも、手にいれるべきものだったのだろうか。

否。

大切な人を傷つけ、大切な人を手に入れるという矛盾に気づかなければならなかった。

ひどく罪悪感に苛まれる。

きつく瞼を閉じ、苦しげに呼吸を繰り返す宍戸に何もすることができずに、

ただただ呆然とその姿を見つめていた。

閉じられた瞼の縁から滲む涙を拭ってやりたいと、思わず手を伸ばしかけるが、

触れることができずに、その手は虚しく空を切る。


「・・すみませんでした」


再び謝罪の言葉を口にする。

今の自分に出来ることとして、そんな些細なことしか思い浮かばない。

宍戸にとって一番最善のことを考えた結果だ。

そっと宍戸の上から退こうと、体を動かす。

しかしそれは突然、宍戸の手によって阻まれた。

驚いた鳳は弾かれたように宍戸の顔を見る。

ゆっくりと瞳を開けた宍戸に、ドクンと体中の血が脈打つ。

少し赤みを帯びたその瞳は、鳳が愛したその強い光を失うことなく、真っ直ぐに鳳を見据える。


「・・宍戸さん・・」


「・・お前」


これから投げかけられるであろう、酷い言葉に鳳は身構える。

どんなに詰られても、それは自分がそれだけのことをしてしまったのだから、

当たり前でしかない。

けれども、そんな鳳の予想に反して、宍戸の口から出たのは思いもかけない言葉だった。


「お前、もう少し言いたいこと言えよ・・」


予想もしていなかった宍戸の言葉に、自分の耳を疑う。

もしかしたら、魂が抜けてしまったかのような顔をしていたのかもしれない。

鳳の顔を見た宍戸は、僅かに表情を緩めた。


「・・なに驚いた顔してんだよ・・。情けねえ」


宍戸の手が、鳳の頬に触れる。

そっと触れてくるその感触に、じわりと心に宍戸の暖かさが流れこんでくるようだ。


「だって、怒られると思ってましたから・・」


「何で怒らなくちゃならねぇんだよ・・」


少し拗ねたような宍戸が、僅かに視線を逸らしてそう呟く。


「・・俺が、・・誘ったんだろうが」


聞こえるか聞こえないかの声でそう言った宍戸に、

鳳はどうしようもないくらい大きな愛おしさを感じる。

彼のこんなところを好きになったのだ。

改めて理解する心は、先ほどから早い鼓動を刻んでいる。


「・・お前は、もう少し言いたいこと言えよ・・」


言葉を紡ぐ宍戸は、しっかりと鳳の目を見つめてくる。

その視線は揺るぎがなく、薄っぺらな自分など、全て見透かされてしまいそうだ。


「いつも物言いたげな目で俺のこと見てんじゃねえ・・。

何か言いたいことがあるんだったらはっきり言わねぇとわかんねぇんだよ・・」


気づいていたのだ。

聡いこの人は。

自分の行動を見て、何と分かりやすい人間だと、密かに苦笑いをしていたのかもしれない。

困らせて、しまったのだろうか。

きっと、困らせてしまっていたのだろう。

男に、それも後輩に、好意を持たれて、この人はどう思ったのだろう。

けれども。

それでもこうして、自分の傍にいてくれるということは。

少しくらい、期待をしてしまっても、いいのだろうか。


「言いたいことも言えないで何がダブルスだよ、パートナーだよ・・」


ペチリ、と軽く頬を叩かれて、鳳は思わず口元を緩めた。

自分の目の前にいる先輩は、まだ赤い顔をしてはいるが、鳳を見て、僅かに笑っていた。

いつもの、宍戸さんだ。


「なーに笑ってんだよ、お前」


そう言う宍戸も、楽しげに口の端に笑みを浮かべた。

目の前の人は、何もかも分かっていて。

それでいて自分の全てを受け入れてくれている。

あまりにも嬉しくて、涙が出そうになる。


「嬉しいからに決まってるじゃないですか・・」


そう言って。

鳳は宍戸を抱き締めた。

宍戸は腕の中にすっぽりと収まってしまうのだが。

けれど、いつまで経っても、自分は宍戸には叶わないのだと。

そう思った。


「宍戸さん」


「ん〜?」


宍戸は鳳の頬の肉を軽く引っ張って遊んでいる。

それすらもかわいらしく見えるあたり、もう自分はこの人に酷く惚れこんでしまっているようだ。


「好きです」


告げた途端、宍戸の動きが止まり、目を見開いて鳳を見た。

そして瞬間的に頬を染める。


「・・・・」


視線を逸らしてしまった宍戸に、鳳はまた自然と笑みが零れる。


「・・・ばーか。」


宍戸がまるで、拗ねてしまった子供のような口調でそう呟く。


「好きです」


「・・・・・」


「先輩の答えは・・?」


「・・ばーか。

言いたいこと言えとは言ったけど、それに俺が答えを返すなんて言ってないだろ・・」


「そうですね。じゃあ、俺が宍戸先輩が答えを返したくなるまで、ずっと言い続けてますから」


答えが、そう簡単に返ってこないことなど知っている。

けれども、胸に詰まったままの想いは、溢れて溢れて仕方がないから。

例え答えが返ってこないとも、好きだといい続けたいのだ。


「・・お前、実はイイ性格してんだろ・・」


「・・さあ。」





やっぱり少し拗ねたように鳳の胸に顔を埋める宍戸に、鳳はゆっくりと唇を寄せた。