俺はちょっと、怒ってる。だから跡部のことおもいっきり無視してやったんだ。 +葛藤、懊悩 俺が怒ってる理由はただ一つ。 なのに跡部は俺が怒ってるのにも全然気付かないでいつも通りに笑ってる。 だけどもちろん跡部が俺に無視されただけで、宍戸に怒られた鳳みたいに耳が垂れ下がってもヤなんだけど。 (そんな跡部だったら幻滅) だけどやっぱり恋人が怒ってるんだから、少しくらいは反応してほしいよ。 いつものこと、じゃなくてさ。 そしてやっぱり拗ねきってる俺は、自分のクラスにいるのも辛くって緊急非難所へと駆け込んだんだ。 「・・何かあるたびに俺のとこに来るんじゃねぇ」 亮ちゃんは机に懐いている俺を見て、一つ重い溜息をついた。 幸せが逃げちゃうって言おうとしたけど、今亮ちゃんは溢れるほど幸せいっぱいだから、 少しくらい幸せが飛んでいっても大丈夫だよね。 (それに亮ちゃんにはたくさんの幸せをくれる人がいるし) 「今日は悩み相談じゃなくて、たてこもりっ」 腕に顔を埋めて、てこでも動かないっていうパフォーマンス。 亮ちゃんはいつも俺に優しいから、こういう風に甘えると、 口では嫌そうに言いながら結局は俺のことを助けてくれる。 今日もきっと亮ちゃんは俺の味方!っていう確信があった。 でも亮ちゃんはいつも頭を撫でてくれる手は伸ばしてくれなくて、 かわりにもう一つ呆れたような溜息を落としたんだ。 「・・今日はお前が折れた方がよさそうだぜ」 「えっ!?なんで?」 俺はがばっと勢いよく起きて、亮ちゃんと目を合わせる。 「・・お前が怒ってる理由はなんとなく分かる」 俺の怒ってる理由。それは跡部が最近、いろんな人に笑いかけているということ。 もちろん前から跡部は王子様だったんだけど、前は他人のことなんて全然気にもかけていなかったのに、 最近は俺といるときでさえもファンの子に笑顔を向けてみたりもする。 もしかして、俺、もう飽きられちゃったのかな。 やっぱり跡部は女の子の方が好き? 気の強い子が好きなのかな? 不安になって怒ってみたけど跡部は全然俺を見てくれないから。 やっぱりもう、ダメなのかもしんない。 そんなことを思ってたらじわりと目尻に涙が浮かんでくる。 ・・あ、ダメだ、泣いちゃ。 「・・けどな、俺は跡部があんな風になってるのも分からなくもない。 お前は何でか分かるのか?」 「・・俺のことが嫌いになったから?」 俺が痛い心をおさえながら勇気を出して言った言葉は簡単に亮ちゃんに切り捨てられた。 「違う。その逆だ」 そろそろ意味が分からなくなってきたよ、亮ちゃん。 俺は目をぱちぱちと動かしながら亮ちゃんを眺めた。 「跡部だけを責めるな。気付かなかったお前も同罪だ」 ついに頭の中が真っ白になってしまった俺に、亮ちゃんはいつもの優しい手を俺に伸ばしてくれたんだ。 「早く跡部のところに行った方がいいぞ。じゃないと何されるか・・」 言葉をとぎらせた亮ちゃんは突然俺から手をひいた。 わけがわかんなくて亮ちゃんを見れば、なんだかとても渋い顔。 「・・遅かったみたいだぜ」 「おい、ジロー!」 亮ちゃんのクラスの入口から聞こえてきたのは、とっても不機嫌な俺の王子様の声だった。 「跡部・・」 跡部は他人のクラスなのにも関わらず、がしがし入り込んできた。 (俺もおんなじなんだけど、いくらなんでもあんなに堂々とは入ってこないよ) 近づいてきた跡部は、最初に俺じゃなくて宍戸を見た。 「ジローは貰っていく」 そういうなり跡部は俺の手を引っ張ってずんずんと歩き始めた。 俺はただ跡部についていくしかなかったんだけど、 (ちょっとひきずられ気味。宍戸のクラスの人たち驚いたかも。) 教室を出る寸前に宍戸を振り返れば、宍戸が声には出さないで、くちびるの動きだけで、 『がんばれよ』って言ってくれた。 だけど俺はわけがわからないまま、ずるずると機嫌の悪い跡部にひっぱられていったんだ。 跡部は無言のままずんずん歩く。 だから俺もおとなしくその後ろをついていった。 廊下を歩いている人達がみんな不思議そうに俺たちのことを見てる。 でも跡部はいつも周りなんて気にしてないから、いつもと変わらないかのように廊下を歩く。 連れてこられたのは校舎の一番上にある、生徒会長室。 入れって促されて、俺は大人しくそれに従う。 本当はもうすぐ授業が始まりそうだったんだけど、 真面目な跡部がそんなことは全然気にしてない風だったから、俺も忘れることにした。 俺が中に入ると跡部もすぐ中に入って、それからがしゃりと鍵のかけられる音。 なんか、跡部の。 雰囲気がちょっと違う。 理由はよくわかんないんだけど、でもいつも俺を優しく包んでくれるそれとは全然違う気がする。 俺は少しだけびくつきながら、背中の向こうの跡部の言葉を待った。 「・・ジロー」 名前を呼ばれてびくりと背中が震える。 悪いことをしたわけじゃないのに、何だか怒られてるみたいだ。 後ろから腕をつかまれてふりむかされた。 そうして強く強くだきしめられて、それから、かみつくようなキス。 いつもとちがう跡部の様子に驚いて、でも抵抗することなくそのキスを受け止めた。 理由なく跡部がこんなこと、するなんておもわなかったから。 けれど深い深いキスをされてだんだん頭がぼんやりしてくる。 舌をからめとられて、呼吸を奪うくらいにキスされて、頭の中が真っ白。 飛びそうになる意識を必死でおさえようって、俺は必死で跡部の背中にしがみついた。 そのせいで、跡部の制服がしわくちゃになる。 けれど、そんなことに気づくほど俺も跡部も余裕がなかったんだ。 「ジロー」 跡部の声が耳をくすぐる。 甘い、けれどもどこか焦れたような声に、俺は更に何も考えられなくなる。 膜がかかったような視界のまま、跡部を見上げた。 さらり、と跡部の手が俺の髪の毛に触る。 その触り方がやけに優しくて、思わず俺はその優しさにとびつきたくなる。 けれど、跡部はそれを許してくれないくらいに、反対に強くだきしめてくれたのだ。 「ジロー・・」 もう一回名前を呼ばれた。 それにうんって頷いて、それからゆっくりとまぶたを閉じる。 跡部がこうやって言葉を濁すことは珍しい。 だから、きっと。 跡部は俺に言いたいことがあるんだ。 だから俺は跡部が言い出せるまで待ってあげる。 跡部の手が俺の髪の毛をいたずらにいじる。 きっと困ってるんだろうその指先は、けれどまっすぐに俺に伸ばされて。 まだ見捨てられてはいないんだって思えて嬉しくなる。 「・・・ジロー、俺は聖人君主でもなんでもねぇ」 やっと聞こえてきた言葉に、俺はただ、うんってうなづく。 俺が何か言う前に、跡部が言いたいこと全部言ってからの方がいいと思ったんだ。 跡部がなんで俺だけをみてくれなかったのかって理由がわかるなら、俺はいくらでも待つよ。 「だから、 ・・お前を」 抱きたい 告げられた言葉を一瞬理解できなくて、俺はうなづくことができなかった。 え、・・っと、 俺を、 抱きたい・・って、 それって。 理解した瞬間にぼぉっと顔が真っ赤になる。 だって、そうだ。 好きな人から抱きたいって言われて、平常でいられるわけがないよ。 俺はぎゅっと跡部にしがみつく力をつよめた。 跡部は何も言わない。 今度は跡部が俺の言葉を待ってくれてるんだ。 「・・ずっと?」 そう思ってたの? 消え入りそうな声で聞けば、さっきよりもいつもの跡部に戻ってきた跡部が、やけにぞくぞくする声で答えた。 「ずっと前からだ。 お前のことだけが欲しかった」 どくん、と心臓が跳ねる。 そしたら跡部に、首筋に口づけられて、体も一緒にとびはねた。 その口づけがすごくすごく優しくて、跡部は俺のこと、すごく大事にしてくれてるんだなってことが分かる。 俺はその愛情のおおきさにまた震えた。 「最近お前をちゃんと見られなかったのは・・ もう、限界だったからだ」 限界、と言った跡部の手がするりと背をなぞった。 その感触にびくんっとふるえて、目をぎゅってとじて、今まで感じたことのない変な感覚をやりすごす。 そうして俺は自分のバカさ加減に少し後悔をする。 もしかしてお子様な俺のために、跡部は今までずっと我慢してきてくれたのかな。 何も考えていなかった俺に、わざわざ気づかせないように。 今まで待っていてくれたのかな。 ごめんね、跡部。 俺、今まで考えるのがこわかったのかもしれない。 大人になるということから逃げたくて、その先が見えなくて、怖くて。 だから自分で考えることを拒否した。 ・・跡部が苦しんでいることにも気づかないで。 でも、跡部。 俺の中では考えるまでもなく、答えは出てるよ。 跡部が一緒なら。 一緒におんなじところに、飛び込んでくれるなら。 俺は怖くなんかないから。 「跡部」 少し、声がふるえた。 けれど、これは恐怖のせいじゃない。 その先に訪れることへの、期待のせいだ。 「俺、も、跡部に」 抱いてほしいよ。 そう消え入りそうな声で言えば、僅かに跡部が息を飲む音。 真っ直ぐに跡部の顔が見られないから、俺は跡部の胸にぎゅっと顔を預けながら言う。 「俺がいやって言うくらい、いっぱいいっぱい、抱き締めてよ・・?」 勇気を出して顔を上げれば、僅かに顔を赤くした跡部と目が合う。 跡部のそんな姿がめずらしくって、俺は思わず笑顔をこぼす。 すると跡部もいつものちょっと意地悪そうな顔に戻って。 それから。 まるで誓いのキスのような柔らかいキスをする。 羽のようなそれはするりと体の中に入り込んでいくような気がした。 ぼんやりと熱に浮かされるように瞼を上げれば、突然。 視界が浮き上がった。 「・・わっ!?」 気がついたら俺は跡部の腕に抱えられていて、跡部は手際よくドアを開けて生徒会室から出ていく。 「家から車を呼んである」 こんなところじゃゆっくりできないだろう? 耳にささやかれた言葉に俺は顔がかぁっと熱くなる。 その言葉の裏に意図された言葉に、俺は恥ずかしさと嬉しさでいっぱいになった。 だから、そんな思いを跡部にも伝えてあげようと、俺は跡部にぎゅっとしがみついた。 「大好きだよ、跡部」 跡部は当然だ、というように、俺に口の端を上げて笑ったのだった。 |