なんだか、暑い。 +微熱のサマーデイズ 今日は真面目に出た、部活の休憩時間。 太陽の日差しがとても熱くって、俺は涼しい木陰を求めて校舎の裏へ。 コートから少しだけ距離の離れているそこに、短い休みの間に来る人はほとんどいない。 だって、来たらすぐ帰らないと、休憩時間内に帰ることができないから。 そんな無駄なこと誰もしない。 (・・といいつつ、無駄なことをしている人間がここに一人いるんだけど) あんな暑いコートの中で休憩するなんて無理。 別に暑いの好きなわけじゃないんだし。 あそこで休憩してるくらいだったらまだテニスをしていた方がずっと楽だよ。 北向きの、陽も差さない校舎裏。 大きな大きな木の下に、ごろりと寝転がる。 滅多に誰も来ることがないここは、遠くから聞こえるセミの鳴き声しかしない。 日が差さないからかもしれないけど、どこか違う世界に来たみたいな感覚。 (もしかしたらこの一瞬だけ本当に世界と俺は切り離されちゃってるのかも) 夏なのに少しひんやりとした土の感触に思わず目を閉じる。 どうしてか分からないんだけど、今日は下の土がすごく冷たいような気がした。 火照っていた体から、熱が奪われる感じ。 それだけ今日は暑かったんだろうね。 コート上にいた俺たちはこんがりフライパンの上で焼かれる感じ。 木の下で優しい緑に守られていた土たちは、ひんやり涼しげ。 (やっぱり少しだけ羨ましい) こんな暑い日に練習させるなんてまちがってる! って、心の中で愛しいけれどもこんなにひどい仕打ちをする愛する人に文句をいう。 (もし誰か倒れたら新聞に載っちゃうんだから) 横暴部長、部員を無理させる、とかね。 そんなことを想像してちょっと笑った。 でも、きっと自分に大きな事件が降りかかっても、跡部は自分の力で乗り越えてみせるんだ。 (強気で何でもやってのけるところが跡部のいいとこ) 誰の力も借りないで、誰の目にも止まらぬ速さで鮮やかに。 (俺には絶対頼ってなんかくれないんだけど) なんて思ったらちょっと悲しくなった。 本当はもう少し頼ってくれた方が嬉しいんだけど。 役に立たないって思われてたら嫌だから。 だけどいくらそう言っても跡部は俺に頼ってなんかくれないんだ。 やっぱりそれが、ちょっと悲しい。 夏の日差しの強さと考えにちょっと悲しくなっていた俺は、ひんやりとする土の上で寝転びながら目を閉じる。 あ、そういえば。 もう帰んなきゃ間に合わない。 休み時間なんて一瞬しかないから、早く戻らなくてはならない。 (一瞬と、跡部のくれる休み時間とどっちが長いんだろうって感じ) そう思うけど体は動かず、目も閉じたまま。 心配しなくてもこんなことしょっちゅうだから、そのうち跡部が怒って探しにくるんだろうけど。 (その上後で監督にも怒られる) けれどもいつもと違う体の感じに俺は僅かに戸惑う。 体もすごく気だるくて、腕とか足とかに重りがついてしまったかのように動かない。 俺の体、どうしちゃったのかな。 ぼんやりした頭でうんうんと考えてみる。 眠いわけじゃないんだ。 それとはまた違う感覚。 本当に体が動かなくって、熱くって。 なんだか、頭がぼぉっと。 はっきりしなくなってきた。 眠いのかと思ったけどまたそれとは違った感覚。 頭の中がゆるゆると、溶けていく感じ。 ああどうしよう。俺。 本当に新聞に載っちゃう・・。 載っちゃったら、また跡部に・・無駄な・・仕事・・。 (跡部の、負担にはなりたくないのに) きっと人間が死ぬとき、最後に考えてしまうのはやっぱり大切な人のことなんだろうな。 だってやっぱり俺も。 こんなときには跡部のことかんがえてる。 もう少しで意識が飛んでいってしまいそうなとき、近づいてくる誰かの足音がして、 俺はほんのちょこっと目を開いた。 (実際、あんまり見えてなかったんだけどさ) そこにいたのは最近よく見かける茶髪の長身で。 「・・あ、ぴよ」 名前を呼ぶと、日吉は嫌そうに眉をしかめた。 こんなところにくるなんて、日吉も物好きだったんだ。 日吉は物好きだって・・・覚えておこっと。 なんてひどくぼんやりとした頭で考えた。 「芥川先輩・・?どうしたんですか、こんなところで・・」 ぼんやりと、日吉がとっても嫌そうな顔をしたのが見える。 こいつはすごい分かりやすい。 普段あんまり人の顔を見ない俺(だって寝てるから)でもすぐに何考えてるのか分かる。 そういえば鳳も何考えてるか分かりやすいよね。 一個下の奴ら、分かりやすい奴ばっかりだ。 (・・樺地以外。) ぐにゃりと、何故だか歪んで見える日吉に、俺は動かない頭で精一杯笑いかけた。 「ぴよ・・熱い・・」 ちゃんと理由を言おうとしたんだけれど、その後の言葉は続かなかった。 まるで強制的に意識が閉ざされたかのように、言葉が何も出なくなって。 慌てる日吉の顔と、歪む景色。 ふわりと、視界が真っ白な世界に遮断されて。 その後のことはもう何も、覚えてない。 真っ白な光。 ああ、きっと自分は空の上にいるんだ、なんて。 ふわふわと浮きながら、宍戸と雲の上でしゃべってる夢を見た。 後から考えると、ちょっとおかしかったんだけど。 すっごく柔らかい雲の上で、昨日見たテレビの話とかしてた。 天国って意外と普通だなぁ、なんて思ったんだ。 たくさん眠った気がして起きると、目の前は真っ白な天井だった。 「・・あれ・・。ここ・・何処・・?」 キョロキョロと辺りを見回す。 真っ白い天井と、真っ白い光。 カーテンとベッドも白いから、目がチカチカして痛い。 まだしっかり開かないまぶたを手でこすって、もう一回まわりを見渡してみる。 だけど状況は変わらなくって。 「・・なんで?」 日吉と校舎裏にいたはずなのに。 そっからの記憶が全然ない。 確か、すっごくすっごく熱かったことだけは覚えてる。 うーん、と首をひねって考えていると、いきなりカーテンがすごい音を立てて開いた。 超高速で開くカーテンを俺は思わずびっくりしながら見た。 「起きたか・・」 カーテンを開けたのは跡部で。 (あんなカーテンの開け方するの、跡部くらいだ) 少し怒ったような表情に、俺は何でだろうと首をひねる。 「跡部」 跡部が来てくれたのが嬉しくって、俺は体を起こして跡部に抱きつこうとする。 でも。 体は言うことを聞いてなんてくれなかった。 「・・あれ?」 すごく重い体に、ただびっくり。 いつの間に筋肉落ちたんだろ、ってちょっと心配した。 「・・跡部、なんか体重くて起き上がれない」 自由にならない体をなんとかして動かそうとして、失敗。 掛け布団の中でもぞもぞと起き上がろうとするのだけれどもうまくいかない。 自由にならない俺の体を、むぅっと眉間にしわを寄せながら見ていると、呆れたような跡部の声。 「熱があるならそう言えよ馬鹿」 「・・熱?」 思いがけない跡部の言葉に、またびっくりして目を丸くする。 熱、が、あ、る? 「お前覚えてないのか?校舎裏で倒れたんだぞ」 あ、そういえば。 裏庭で寝ていたら、すごく体が重たくなってきて。 何だろうとすごく不思議だったのだけど、よくよく考えたらそれは熱があったというだけなんだ。 そうかぁ、って一人でうんうんと頷きながら、 ぼんやりと、さっき目を閉じる寸前に見たぴよの表情とか、土の冷たさとかを思い出してくる。 「じゃあぴよが運んでくれたの?お礼言わなくちゃね」 でもあそこにぴよがいてくれてよかった。 だっていてくれなかったら俺、本当に新聞に載っちゃってた。 「・・ああ」 跡部はすっごくむずかしい顔をして一つ頷いた。 俺は『?』マークを飛ばしながら跡部を見たんだけど、跡部は視線を外したままで。 「何?跡部?」 って聞いたら、嫌そうに視線を俺に戻してくれた。 (俺何かしたっけ?) 「何でもねぇよ」 そうはき捨てる跡部はいつも何でもないわけがなくって。 「うそつき」 責めるように言えば、跡部はこれ以上なく不機嫌な顔をした。 (こんなに機嫌の悪い跡部、久し振りに見たよ) 「嘘なんてついてねぇ」 「それが嘘だってば」 「嘘じゃねぇっていってんだろ」 って思わず二人で喧嘩腰になった。 意地になった跡部はつよくって、俺がどんなに頑張ってもきっと本当のことは言ってくれない。 (それはやっぱりさみしいけど) 俺が何か言おうとすると、跡部は僅かに視線を逸らした。 もしかして、拗ねてる? 「跡部」 声をかけたけど、跡部はちらりとこちらを見ただけ。 やっぱり機嫌悪い。 けれど、熱があって、倒れて心配かけたのは俺だから、何とか跡部の機嫌をなおさなきゃ。 「ごめんなさい」 重い体を無理矢理起こして、跡部に抱きつく。 「心配かけてごめんなさい」 抱きついて、謝る。 またたくさん迷惑かけちゃったね。 たくさん心配させちゃったね。 ごめん。 「・・お前が俺の知らないところで倒れてたんだ」 「・・うん」 「お前が倒れているのを見たとき、心臓が止まるかと思った」 「・・うん」 「一人で俺の知らないところへ行くな」 「・・うん、ごめんなさい」 ぎゅっと跡部の頭をかかえるように抱き締めると、やっと跡部も安心したように俺を抱き締めてくれた。 きっと、俺も、跡部が俺の知らないところで倒れてた、なんて知ったら、心臓がぎゅってなる。 多分頭の中が真っ白になって、泣き叫んじゃうかもしれない。 ごめんね、跡部。 痛い思いをさせてごめんね。 ■後日談。 「日吉〜この前はありがとね。俺のこと、保健室まで運んでくれたんでしょ?」 なんて言ったら、 日吉はすっごく嫌そうに、こう言った。 「違います、俺じゃないですよ」 俺はただ、?マークを飛ばすだけ。 「だって跡部が・・」 跡部が嘘つく理由なんて考えらんないし。 むーっと、唇を尖らせてぴよを見れば、ぴよは本当に嫌そうな顔でこっちを見る。 「俺が運ぼうとしたんですよ。そうしたら跡部さんが来て・・」 ふんふん、と頷く俺に、ぴよは一つ大きな溜息。 「 『俺のに触んじゃねぇよ』 って跡部さんが芥川さんを抱きかかえていきました」 「・・そっか」 俺はただ何って言っていいのかわかんなくて、ぴよにえへへってとりあえず笑ってみせる。 頬が真っ赤になるのを隠すので精一杯だった。 何で自分で運んだって言わないの? (勘違いした俺も悪いんだけどさ) だって、やっぱり。 跡部が来てくれたって聞いて、すごくすごく嬉しいんだ。 「ありがと、ぴよ!」 って俺はぴよにお礼を言って、跡部の教室まで走った。 今すぐ会いたい。 会って、『ありがとう』って言うんだ。 嬉しかったよ、って。 きっと跡部はまた不機嫌そうな顔をするんだけど、俺はちゃんとわかってるから。 跡部が不機嫌そうな顔をするのは二通り。 本当に機嫌が悪いときと、そして。 照れ隠しをしているとき。 やっぱり跡部は俺の王子様だよ。 |