+内緒+








「手塚、最近よく笑ってるけど何かイイコトあった?」







乾の家、乾の部屋で抱きしめられながら、そう尋ねられた。

分かっている答えを、わざわざ聞いてくるこいつの癖は困りものだ。

しかし、今は背中から腕を回され、しっかりと抱きしめられている。

逃げ出そうとしても体格の違いがあって抜け出せない。

少しだけ逃げ出そうと動いてはみたけれど、

更にしっかりと抱きしめられてそれは阻まれた。


手塚は一つ、ため息をついた。

分かっているくせに。

手塚のデータを絶え間なく取っている乾にとって、

普段から手塚の気持ちに聡い乾にとって、

自分にどんないいことがあったかなんて簡単に分かることなのに。

どうしても乾は手塚の口から言わせたいらしい。


「・・笑ってなどない」

とりあえず否定の言葉を口にしておく。

自分は元々表情に乏しく、笑うなど滅多にしない人間なのだ。

それなのに手塚が最近よく笑っているという根拠はどこにあるのだろう。

確かに、自分は少々浮かれている面もあった。

しかし、『柔軟が必要だ』とまで言われた自分の表情が、

それぐらいで変わるということは考えにくい。

乾に騙されているのではないだろうか。

そう考えて手塚は乾の言葉を否定した。


「そうかな。笑ってるよ」

乾は小さく笑いながらはっきりとそう告げた。

初めから乾に口で勝とうなどとは思っていない。

口数が少ない自分が下手に何かを言おうものなら2倍3倍となってその反論が返ってくる。

手塚はとりあえず真っ直ぐに本題に向かわないように、話を逸らすように努めることにした。


「どうしてそんなことが分かる?」

そう問うと、背中越しにあった乾の顔がゆっくりと耳元に近づいてきた。

ふっと掠めるように唇が耳に触れて、情けないほど体がぴくりと動く。


「やだなあ、手塚。そんなことも分からないの?」

素直な反応を返す手塚に楽しそうに声をかける。

かちゃりと頬に乾の眼鏡のフレームが触れて、手塚は少し体を強張らせた。


「俺は誰よりも手塚のこと分かってるよ」

普段よりも1トーン低いこえで囁かれて、手塚は逃れるように小さく首を振った。

こういう時だけ甘い声を出すのはやめてほしかった。

きっと乾はそういう声を使えば、

手塚が抵抗できなくなるということもお見通しなのだろうが。


「そんなのお前の思い込みだ・・」

顔を背けて、そう呟く。

けれどもその声に力がないことくらい自分でも理解していた。


「そうかな」

くすりと笑う声が手塚の鼓膜に響き渡る。

その何もかも分かりきっているような乾の声に、

手塚は本気で逃げ出してしまいたいと思った。


「いつも手塚のことを見ている俺が言うんだから間違いないよ」

間違いないとまで言い切られて、手塚は小さく俯いた。

この人物がここまで言い切るということは、何か根拠があるのだろう。

きっといつも手にしているあのノートにしっかりと記録があって、

手塚がこれ以上何か反論をすれば、しっかりとしたデータを見せられかねない。

そこまでされては認めなくてはならないだろう。

そうならない前に、手塚は話を逸らしてしまおうと思った。


「・・なん」

「どうして最近よく笑ってるのかな?」

手塚が何か言おうとした瞬間に、乾に遮られた。

もう手塚の行動は全て読まれているのかもしれない。

話を逸らそうとしていることも、手塚が恥ずかしがっているということも。この男に。

頭が痛くなるような感覚を覚えながら、手塚は投げやりに答えた。


「何か楽しいことがあったから笑うのだろう、人間は」

手塚の答えに、乾は少しだけ満足そうに笑った。


「じゃあ手塚はどんな楽しいことがあったのさ」

どうしても手塚に言わせたいらしい。

手塚は再びため息をついて、こめかみを押さえた。

結局乾に尋ねられたときから、言わなければならない運命にあったのだろうが。



素直に口にするのはとても癪だったから、

何かこの男を驚かすくらいのことはしてやろうか。



そう考えて、手塚はゆっくりと自らの眼鏡を外した。

そして素早く振り向いて乾の眼鏡も外す。

滅多に見ることのない乾の瞳は、突然の手塚の行動に少し驚いているようだった。

それに少しだけ優越感を覚える。

乾の首に両腕を伸ばして甘えるように抱きつく。

眼鏡がないから真正面から見つめても、恥ずかしくない。


「お前と『イイコト』があったから嬉しいんだろ?」


そう言ってやると、乾が小さく息を詰めたのが分かった。

更に驚かせてやろうと、手塚は乾の瞼に軽く口付けを落とした。



眼鏡のない手塚にも見えるほど乾に近づくと、

気の抜けたように驚いたような顔が目の前にあって。

なんだか心底嬉しくて、自分でも気がつかないうちに、









手塚は笑っていた。