+クリスマスパーティー+






『みんなー、24日はクリスマス会やるからあけといてね〜!

あ、それとクリスマスプレゼント持参!プレゼントは100円以内だからね』





手塚と乾は二人帰り道を歩いていた。

今日、部室で菊丸がクリスマス会のことをみんなに話していた。

その影響で二人の会話も、ついついその話に流れていった。

「クリスマスか・・。早いもんだな」

乾の言葉に手塚は小さく頷いた。

つい最近まで自分たちは暑いコートの中を駆け回っていた気がするのに、

もう冬になってしまっていたのだ。


「菊丸主催のクリスマスパーティか。

きっとあいつのことだからなにかとんでもないことを考えているんだろうけどな」


手塚は小さく溜息をつく。

確かに菊丸にパーティをしてもよいかを聞かれ、OKを出したのは自分だが、

去年のことを考えると少々頭も痛くなってくる。


「今年は何をするのかな。

まあプレゼントを持ってこいって言ってるくらいなんだから

プレゼント交換はするんだろうけど」


乾の言葉に手塚は先程の菊丸の言葉を思い出す。


「そういえば菊丸は、プレゼントは100円以内と言っていたな・・。なぜ100円以内なんだ?」


今時100円で買えるものなと限られている。

それなのにあのお祭り好きの菊丸がプレゼントの値段を100円以内としたのは

何か訳があるに違いない。


「俺は菊丸にしてはいい発想だと思うよ」

「何でだ?」


乾の思いがけない言葉に手塚は小さく首を傾げて問うた。


「下手に金額を上げるといい品と悪い品がはっきりしてきちゃうだろ。

その点100円に設定すればそういう不公平な気分はなくなる。

何をもらっても皆100円だし・・と思うのさ。

それに100円でも結構いろいろな種類のものが買えるからプレゼントの良い悪いは

その人物のセンスにかかってくる。

別に普通に100円分の駄菓子を買ってもいいが、それじゃあセンスがなさすぎる。

少しでも遊び心のある人間は

例えば100円均一へ行ってザルを買ってみたり、

スーパーへ行ってカップラーメンを買ってみたりする。

プレゼント交換に遊び心が加わるのさ。」


「・・なるほど」


手塚は乾の言葉に感心した。

確かにお金のない中学生にとって、

安いうえに遊び心も加わるプレゼント交換はいい考えだろう。

何も友達や後輩から高いものをもらうのが楽しみな訳ではない。

プレゼントを回して、何が入ってるのかを知るときの昂揚感が楽しみなのだ。

まあ菊丸がそこまで考えてこれを提案したとは思えないけれど。


「プレゼントはそれにかけた金額じゃなくてそれに詰まった想いだから」


手塚は隣を歩く恋人に視線を向けた。

乾はいつも人の考えるところの一つも二つも先を行って考えている。

だから人の心を察することが早いし、人の良い点を見つけることにも誰よりも早い。

そんな愛しい恋人を誇らしく思いながら手塚は小さく笑った。


「何?手塚」


手塚の和らいだ空気を悟ったのか、乾が不思議そうに声をかけてくる。


「いや、なんでもない」


手塚はふと空を見上げた。

冬の空という名に相応しく、空には重い雲が今にも雨粒を零しそうに漂っている。

もしかしたら、この夜半過ぎにでも雪が降るかもしれない。

手塚は小さく息を吐いた。

白い息が目の前で形をなして、そして何もなかったように消えていく。

体を包む寒さを紛らわすために、口を小さく開いて少しずつ息をついてみる。

その姿を隣を歩く乾はどこか楽しげに見ていた。

乾は自分も吐く息の白さを確認するように、はぁっと軽く息を吐いた。

こんな些細なことも乾のデータになっているのかもしれないと手塚は思う。

乾は雲が重く立ち込めた空を見つめ、それから手塚に視線を戻した。


「手塚、クリスマスプレゼント何が欲しい?」


唐突な言葉に、手塚は一瞬動きを止めた。

まさかプレゼントをもらえるとも思っていなかったし、

まず自分には物欲というものがそもそもない。


「・・そんなに気を遣うな・・」


手塚が眉の間に皺を刻みながらそう言うと、乾はくすりと小さく笑った。


「俺があげたいんだから、何か我侭言ってよ。たまにしか言わないんだしさ」


その言葉に手塚は顎に手をあてて少し考え込んだ。

突然言われても、恋人にクリスマスプレゼントとして貰いたいと思うほど欲しているものはない。

それに、プレゼントといっても、乾に負担をかけてしまうことには変わりないのだ。

いくら乾の厚意だといっても、貰うことに罪悪感を覚えてしまう。


「お前もそんなに金など持っていないんだろう。

だから俺へのプレゼントなど気にする必要はない」


手塚の言葉に、乾は頬を掻き、困ったなという表情をしてみせた。


「確かにめちゃくちゃ高いものを強請られても困るんだけど、

さっきも言ったけどプレゼントは気持ちだからさ」


確かにプレゼントは乾からの気持ちだ。

乾がくれると言っているのに貰わないというのは乾の気持ちまでを否定してしまっているようで、手塚は小さく眉を顰めた。


何か乾に負担がかからずに、自分も罪悪感がなく受け取ることが出来る物はないだろうか。

さっき菊丸が言っていたように、100円以内の物にしてしまおうか。

しかし、それでは乾が納得しそうにない。


気がつくと自分はただ歩く道を、親の敵のように見つめて歩いていた。

靴で歩く度に、地面はかつかつと乾いた音をたてる。

冬の空と同じく、コンクリートは灰色で重い。

歩く度に感じるコンクリートの堅さが、冬の寒さを一層助長しているように思えた。


「手塚、ごめん。無駄に悩ませちゃってるね・・」


隣から低い、体の奥に染み渡るような声とともに、優しい腕が手塚の髪の毛に触れた。


「俺の自己満足だからさ。手塚に何かあげたいっていう。

だから手塚が悩むくらいだったら今の忘れてくれていいから」


髪に触れる手を目で辿って、少し悲しそうに笑う乾に視線を合わせる。

眼鏡の奥は相変わらず見えないけれども、

隠れている瞳は少し傷ついた色を映しているに違いない。

手塚は自分の髪に触れている手を取って、人差し指と中指でそっと乾の小指を握った。

自分たちは手を繋いで帰ることはできないから、せめてこれぐらいはさせてほしい。

手塚がそう思いを込めて指を握ると、乾は察してくれたらしく、ふっと笑みを零して何も言わずにそのまま歩き続けてくれた。


歩きながら感じる互いの熱は心地よい。

どうせならば、このまま。

ずっとこのまま、乾の隣を歩き続けられたらいいのに。


ふと手塚は顔を上げて、自分よりも少しだけ高い位置にある乾の顔を見つめた。

プレゼントは別にお金がかかってなくていい。

その想いがあればいいのだから。

だったら、自分の想いを叶えてはくれないだろうか。

手塚は一回下を向いて、開いている方の手をきゅっと握って、

決心するかのように再び上を向いた。


「・・プレゼントのかわりに、一つだけ我侭を聞いてくれないか・・?」


乾は、手塚の言葉に少しだけ嬉しそうに頷いた。


「もちろん、いいよ」


心の動揺を表に出さないように、手塚は聞こえないように小さく深呼吸をする。

繋いでいる手から、いつもより心臓が早く刻む音を悟られてしまいそうで、

一瞬手を離してしまおうかと思った。

けれども、離してしまうことがひどくもったいないことに思えて、

繋いだままゆっくりと言葉を紡ぐ。


「菊丸には悪いが、クリスマス会の出席を断ってもらえないか・・」


手塚は小さく息を継いだ。


「お前と二人でクリスマスを過ごしたい・・」


言ったあと、乾の反応が怖くなかったといったら嘘になる。

驚いたような表情で、考えこまれたらどうしようと思っていたのは事実だ。

けれども、すぐに微かに笑うような声と、暖かい腕が手塚を包んで、

そんな考えはどこかに行ってしまった。


「じゃあクリスマス会は欠席することにするよ。あ、もちろん手塚も休んでね」


いつ人に見られるとも分からないのに、その腕を振り解こうとは思わなかった。

重く垂れ込めた寒さの中で、その温かさがいとおしかったからかもしれない。

冬の寒さのせいにして、少しだけ乾の腕の温かさに縋った。


「・・もちろんだ」


その言葉に乾はふっと耳元で笑った。


「どこか行きたいところはある?」











「お前がいるところならどこでもかまわない・・」






























お前がいるところならどこでも暖かいから。































*おまけ*



――クリスマス当日――




菊丸の元に苦笑いを浮かべた大石が近づいてきて、

懸命に装飾に励んでいた菊丸はその手を止めた。


「どうしたの、大石?なんか困ったことでもあった?」


問われて大石はまた小さく苦笑いを零す。


「さっき電話があってね、手塚と乾が今日来られないって・・」





「えーーーーーーー!!!あいつらーーーーーー!!」





菊丸君の声は空の向こうでプレゼントを用意しているサンタさんにまで聞こえたそうです。