一体。

他の、

誰が。

お前のこんな姿を知っているというのだろう。





+魔性





彼は酷く唐突に。

自分の前へと現れる。

それはきっと、彼のきまぐれなのだろうと、常々思っていたのだが。

そんな単純なものではないらしく。

誰よりも冷静に周りを見ることのできる目を持った彼は。

無意識のうちに、ともすれば自分よりも遥かに緻密に、

計算をして行動をおこしているのかもしれないと、

最近になってようやく気づき始めたところである。


そうして彼は今日も、唐突に自分の前へ現れた。

今日の彼の行動の、何処にもそんなそぶりは見えなかったというのに。



「先輩」



家にたどり着くと、玄関のドアの前で、桃城が座って待っていた。

その姿に驚きながら近づいていくと、彼は酷く嬉しそうに笑った。



「お帰りっす」



にかっと。

まるで太陽すらも負けてしまうのではないだろうかというほどの笑顔を

浮かべた彼は、乾がその目の前に立つと同時に立ち上がった。

乾と15cmほど違う身長と、一つ年下ということで、

まだ乾には、彼が入部してきた時とさほど変わらないように見えていた。



「どうしたんだ、こんなところで」



動揺を抑え切れない声で尋ねれば、

真っ直ぐな視線と、屈託のない笑顔が乾に向けられる。



「勉強、教わりにきました」



そう言われて桃城を見れば、制服のまま、

もしかしたら家に帰っていないのかもしれないと、

乾は僅かに眉を顰めた。



「お前・・家には・・」



「大丈夫っすよ。

 家に一回寄って、先輩に勉強を教わりに行くって行ってきましたから」



学年トップの先輩に勉強を教えてもらえるって、

うちのおふくろも喜んで、と。

他愛もないことを話す桃城を、乾は今だ動揺を隠せない瞳で見つめた。

落ち着かなくて、思わずずれてもいない眼鏡を直してしまう。



「部活の時に・・言ってくれれば・・」



乾は部活の後、いつもの通り、データまとめをしていたのだ。

そして3年の仲間たちと話をしながら、

大石の仕事を手伝い、手塚と練習メニューの打ち合わせをして帰路についた。

もし桃城が待っていると知っていたら、早めに切り上げて帰ってきたのに。



「いいっすよ」



桃城が、酷く妖艶に、笑う。

彼が自分の前でだけ、こんな風に笑うようになったのは、

いつの時からだったろう。

部活中や、学校生活の中では絶対に見せない顔を、

桃城は自分だけに見せる。

それがどんな意味を持つのかも知らず。

目を奪われていたことに気づいた時には既に遅く。


抜け出せないほど、深みに嵌っていた。



「先輩を待ってるのも、楽しかったっすから」



桃城の言葉に、乾は額に手を当てて、天を仰ぐ。

無邪気に紡がれる言葉には、無数の糸。

自分をじわりじわりと絡めとっていく、ひどく繊細で巧妙な、糸だ。

彼はそれを、天性の才能で無意識のうちにやってのけるから、強敵だ。

いくら作り上げられた自分のデータも、

彼の前では全く形無しだった。


魂の抜け落ちたように桃城を見つめていると、

彼がクスリと小さく笑った。


酷く無邪気な、――乾にとっては悪魔の笑顔。



「俺、今日泊まるって言ってきましたから・・。

 泊めて、くれますよね?」



伸ばされる腕は、乾の腕を絡めとり。

発せられる声は甘く。

脳髄を溶かしてしまいそうなほど。





捕らえられたと、気づいた時には既に、遅く。





「・・いいよ」





鍵と取り出し、ドアを開け、二人。

家の中へと入っていく。






天性の魔性を持つ彼から、逃れられる術は、


ない。