+君を奪って+




体の熱を抑えることができない。


いつからこうなってしまったのだろう。

その感情は花道に気づかれないように心の奥底に潜み

静かに息づいていた。


深くゆっくりと呼吸をし始めたそれは、

気づいたときにはもうすでに遅く

細胞の一つ一つに根を張っていた。


どうしていいのか分からないという混乱と

押し迫る、息の詰まるほどの感情。


叫びだしたいほどの想いが体の中を駆け巡り、今も花道を支配してやまない。


今まで味わったことのない心の動きに、体と頭はついていくことができなかった。


耳に蕩けてしまいそうなほどの熱をもった声が聞こえるたびに

頭の奥が霞んだように何も考えられなくなる。

大切なものにでも触れるように、あの手が柔らかく花道に触れると

全身に甘い疼きが走り、皮膚が粟立つような感覚を覚えるのだ。


会いたい。


今すぐにでも暖かい腕に飛び込み思いを告げることができたら、どんなに幸せだろうか。

会えなかった時間を埋めるかのように縋りついたら、

あの人物はきっと笑って花道を抱き返してくれるだろう。



しかし、その想いとともに訪れるのは、会いたくないという相反する感情。

今会ってしまえば取り返しのつかないことになってしまうと本能が告げている。

会ってしまえば苦しくて耐えられなくなる。

まるで灼熱の炎の中に飛び込んでしまったかのように

体温はあがり、呼吸はうまくできなくなり

そして・・胸が焼け付くように苦しくなる。


会いたいのだ。

会えなければ寂しさで全身が冷え切ってしまったかのように寂しくなるのに。


それなのに会えば嬉しい反面、あまりの苦しさに耐え切れなくなってしまうのだ。


会いたいのに会いたくない。


そんな2つの感情が常に花道の心を苛むようになった。


それでも会いたい心は消えることなく花道の心を燻り続ける。






バスケ部の練習の後、花道は懸命に体育館のモップがけをしていた。

使った体育館は自分たちの手で綺麗にしなければならない。

それはもちろん明日も練習をするために必要なのだが、

バスケットというものをやる者にとっての一つの礼儀のような気がするのだ。


だから花道はモップがけを最近は面倒くさいとは思わなくなった。


体育館には1年生5人が残って黙々とモップがけをしている。

2、3年生はもうすでにロッカーへと消え、今はもう帰り支度を済ませた頃だろうか。


花道は一旦手を止めて体育館の中を見やる。


人数の少なくなった体育館は不思議なことにいつもよりもずっと広く感じられる。

練習中の熱気はなく、閑散とした体育館はこんなにも広かったのかと改めて思わされる。

ぽつんと、そこに取り残されたような感覚。

空はすでに闇に覆われ、校庭から聞こえていた陸上部の声も聞こえなくなっている。

聞こえるのは他の1年がモップがけをしている音だけで、

他に遮るものが何もないからやけに大きく体育館の中に響く。

花道は止めていた手を再び動かし始め、誰よりも懸命にモップがけをする。

今日は早く帰ってしまいたかった。


どうせ今日も仙道には会えない。


こうして毎日部活に追われ、相手ももちろん死に物狂いで練習していることだろう。

そんな花道と仙道が平日に顔をあわせるということは滅多にないのだ。

花道は今日が何曜日だったかを思い出す。

そうだ、今日は木曜日だ。

会うことができる土曜日まであと2日・・。

たった2日のことなのに、なぜだかその2日が花道には長いような気がした。


長くて、そのうち焦れて仙道の家に飛び出していってしまいそうなほど、永遠にも思えて。


花道は一人大きく頭を振った。

たった2日なのだ。

しかし、それに耐えられそうもないほど

この身が熱に冒されそうになっているのは何故なのだろう。


「俺・・おかしくなっちまったんだな・・」


一人遠くを見て、そして気がついたように花道はまたモップを握る手を動かし始めた。

もう、体を正しく動かす機能が壊れてしまったのかもしれない。

今仙道に会いたくて仙道の家に走ったとしても

きっと会った途端に、自分は訳の分からない熱と苦しさで

顔もまともに見ることができないだろう。


体の中に篭る熱を掻きだしてしまいたかった。

どんな方法でもいい。

皮膚を突き破って心臓を両手で鷲掴んででも、この鼓動を止めたかった。

そうすればきっと自分は楽になれるのに。

花道が眉をよせ、考え事をしながらモップをかけていると、不意に木暮に声をかけられた。

木暮は既に制服に着替えていて、帰るために鞄を肩からかけていた。

「桜木」

「ぬ、メガネ君。どうしたんだ?」

花道が手をとめ木暮を見ると、木暮は手招きして花道の耳を引き寄せ、小声でこう言った。

「校門のところで仙道が待ってるよ・・」

その言葉に花道の中でドクンと何かが息づくのが分かった。

溢れ出さんばかりの熱が、正常ではない花道の体を暴れ回る。


「・・センドーが・・・?」


そう問い返すと、木暮は頷いて「そうだよ」と言った。

予期していなかったことに花道は全く動くことができなかった。


仙道がいる。


そう思っただけであの焦がれるような熱と、苦しいまでの鼓動が花道を襲う。

「待ってるから、だってさ」

木暮の言葉にもう頷き返すことしかできなかった。

「わかった・・メガネ君・・」


もう仙道はそこまで来ている。


自分と会うために。


逃げるわけにはいかない。


『待ってるから』

そう頭の中の仙道が囁く。

心の中が締め付けられるように疼いて、花道は服の上からぎゅっと心臓を押さえた。

鼓動が止まらない。心臓が焼け付くように熱い。

けれども、体は細胞の一つ一つが反応したかのように、俊敏に動く。

花道は急いでモップがけを終わらせると、モップを投げ捨てるように用具入れに置き

走るようにロッカー室へと消えていった。



苦しい。



けれど会えるという喜びの方が遥かに上回っていて。



迷うことなんてなかった。




あと2日、会えないと思っていた人物が自分から花道に会いにきてくれたのだから。


花道はすばやく着替えを済ませ、ロッカーを出る。

それから鞄を持ち、校門まで全速力で走った。

月の綺麗な晩だった。

外に出ると、その眩しさに目が慣れず、思わず目を背けてしまった。

少しだけ立ち止まって、夜闇に輝く月を見上げると

降り注ぐ光が体の中に入り込んで、心の奥を震わせるような感覚に襲われる。


花道は振り切るように月の光から逃げ出そうとした。

月が、花道を狂わせてしまいそうな輝きを有していたから。


小走りに校外へ出ると、そこには逆立てた髪の見知った人物がいた。


会いたくて、会えなかったひと。


花道が仙道の前に現れると、仙道はひどく嬉しそうな顔をしてみせた。

飾りのない笑顔と、花道を熱く見つめる視線に気がおかしくなりそうだった。

仙道は花道に近づき、道端であるのにもかかわらずきつく抱きしめた。

幸い周りには人はいなく、いたとしてもバスケ部帰りの人間だけだろう。


花道は頭の隅でそう考えていたが、もう誰に見られたとしてもかまわないような気がした。


「ごめん、桜木・・。どうしても会いたくて来ちゃった」


花道の肩に頭を寄せていた仙道が、ふと顔を上げる。

恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる仙道を、花道は泣き出したいような気持ちで見つめた。

こんな風にまっすぐに仙道を見るのも久しぶりのような気がする。

いつもは胸がいっぱいで苦しくて、まともに顔も見られなかった。


「・・馬鹿だな・・」


そう言葉にするけれども、花道の声も明らかに高揚しているのが分かる。

花道はなんだかおかしくなって、仙道の前で大げさに笑ってみせた。

なんぜこんなにお互いが会いたくてしょうがないと思っているのだろう。

会わなくては生きていけないというわけではない。

けれども、どんな時でも傍にいてその存在を感じていたいと思うのは何故だろう。

花道のいつもの笑顔を見て、仙道もまた心底嬉しそうに笑った。

仙道は優しく笑う。

春の風のように周りを包み込んで、何事にも逆らわずに穏やかに笑っている。


そんな仙道が心から好きだと思った。

「桜木」

声をかけられて、視線を合わせる。


どくん、と一つ心臓が動いた。


月の中で照らされる仙道の瞳は、熱に浮かされたような色を灯していた。


「会いたかったよ・・」


耳元に、仙道の熱っぽい声が触れて、花道は思わず体を震わせた。


優しい笑顔の仙道も好きだ。

だけれども、こうして身の内に湛えた激しい感情を

たった一人、花道だけに向けてくれる仙道も好きだった。


花道は突然引き寄せられて、体をしっかりと抱き込まれる。


まさか自分も会いたくて仕方がなかったということは言えず、

欲を孕んだ仙道の視線をひたすら受け止めた。


唇と唇が重なる。


上唇を下でなぞり、仙道の舌が歯列を割って侵入してくる。

息もつけないほど激しく口付けられて、花道の意識が飛びそうになる。


濡れた音が響くのがやけに印象的だった。


仙道が口付けの合間に触れるか触れないかの距離で囁く。



「桜木を俺だけのものにしてしまいたい」



身を焦がすほどの情熱が体の中を駆け巡る。












ずっと傍にいろと。




闇の中に艶やかに輝く月に、願ってしまうのも




それもいいと思った。