+枕元+




りりりりりり・・。


規則的な目覚し時計の音で、木暮の意識が浮上していく。



「・・ん・・・」



遠くの方で鳴っているように聞こえる音が、次第にはっきりと届くようになってくる。

眠くてでうまく動かない手を、やっとの思いで布団の中から外へと出す。

頭の上の方を探るようにして、目覚し時計のあるだろうところをぽんぽんと叩いた。

カシャリという音と、再び訪れた無音の世界に、

無事に目覚し時計のスイッチを押せたことを知る。



木暮はまだ重い瞼を擦りながら、ゆっくりと布団の中から顔を出した。

そこで一瞬、木暮は動きを止めた。

目の前には、いとおしくてたまらない恋人の顔があったからだ。

微かに眉を顰めて眠るその姿に、木暮の頬にさあっと赤みが差す。

三井の上半身は昨日の夜のまま、衣服を何もまとっていない。

それもそのはず、木暮が三井のパジャマの上を着ているからだ。

そんな三井の姿に再び赤くなってから、木暮は忘れようと頭を軽く振った。




気分を変えて木暮が起きようとすると、体が自由に動かなかった。

なんだろうと首を傾げて、木暮はそこで気がついた。

三井の腕がしっかりと木暮の腰を抱き寄せているのだ。

夜の間ずっと、三井は木暮を離さなかったのだろうか。

そんな自分の考えに再び赤面しながら、木暮は三井の手をすり抜けるように上体を起こそうとした。

しかし、意外にも強い三井の腕に阻まれて、うまく起き上がることができない。

何度か挑戦して、抜け出せないということを悟ると、木暮は諦めたように再び横になった。

そして、まだ瞳を閉じたままの恋人に小さく声をかける。



「・・みつい。」



呼んでも返事はない。

しかしそれとは反対に、木暮の腰に回っていた腕が、更に強い力で木暮を引き寄せようとする。



「わ・・ちょっと・・」



最終的に木暮はしっかりと三井の腕の中へと抱き込まれてしまった。

目は閉じてはいるが、三井から安らかな寝息は聞こえない。

狸寝入りをしているのだ、と木暮は悟る。



「みーつーいー」



抱き込まれた腕の中から三井の顔を見上げて、その名を呼んでみる。

返事はない。しかしそれと反対に、三井が木暮を抱きしめる力は強くなっていく。



ここまでして狸寝入りをする三井の意図が分からなくて、木暮は少し首を傾げる。

もしかしたら、本当に眠っているのだろうか?

そんな不安に襲われて、木暮は恐る恐る三井の顔に手を伸ばした。



「・・・三井?」



三井の頬に触れ、そのまま横に軽く引っ張ってみる。

そうすると、三井はまるで観念したかのようにゆっくりと目を開けた。



「やっぱり起きてたのか・・」



目を開けた三井に、ほっと安心した顔を向けると、三井はどこか意地悪そうに笑った。



「おはよ、木暮」


「おはよう、三井」



そんな三井につられて、木暮もめいっぱいの笑顔を三井に向けた。



三井の腕の中は暖かい。



人の腕の中なんて誰のでも暖かいと言われるかもしれない。

けど、三井の腕の中は、木暮だけを安心させてくれる何かがある。

柔らかい、夏の草原にでもいるようなお日様の香り。

その腕が、いつでも頼っていいよと言ってくれているようで。

すごく安心する。



木暮が愛すべきもののうちのひとつだ。



そんな三井の腕の暖かさに触れて、瞼が再び重くなりだした。

このままずっと眠ってしまえればいいと思うほどに。

しかし、木暮の中に今日の予定が思い出されて、ぱっと三井の顔を覗き込んだ。



「ほら、三井!起きなきゃ。目覚まし時計鳴ったろ?」



急かすように言葉を発して、目の前にある三井の胸を押し返す。

腕の中から抜け出さないことには、木暮も起きられない。

しかしそんな木暮に少し拗ねたような顔をしてみせて、三井は再び力をこめて木暮を抱きしめ始めた。



「ちょっと三井・・!起きられないだろ」



「いいんだよ、別に」



力ではかなわないと抵抗を諦めた木暮を、三井は嬉しそうに抱きしめた。

そしてちらりと枕元にあった目覚まし時計を見る。



「まだ8時半じゃねーか。桜木達との待ち合わせは10時だろ?まだ時間あるぞ」



そんな三井の言葉に、木暮は教えるように三井に言った。



「桜木たちはそんな10時丁度に来るんじゃなくて、もっと早くから来てバスケしてるよ。
 そんなの三井だって分かってるだろ?」



「そんなの俺たちも早く行く必要なんてないだろ?10時に約束してるんだから10時に行けばいいんだよ」



そこまで言うと三井は、今まで木暮の腰に回していた腕を肩へと回し、木暮をベッドに横たえた。



「ちょっ・・三井・・」



二人の動きに合わせて音を出すベッドに顔を赤らめながら木暮は三井を睨んだ。

そんな顔も三井を増長させるものになるとも知らずに。



「俺はお前といたいの。お前は違うのか?」



三井は木暮の上に体を移動させながら、少し意地悪そうな顔でそう聞いた。



(あ・・。)



木暮は自分の心臓のあたりがトクンと跳ねるのを感じた。




自分の好きになった三井は。

自信家で、だけどすごく脆いところを持っていて。

だけど誰よりも光を纏っている人。

いつも大きな歓声と声援の中で、曇ることなく輝いていて。

だけど、その心の中に寂しさと悲しさを持っている人なのだ。



木暮は三井の顔をまじまじと見つめる。



でも、やっぱり。

意地悪そうに自信たっぷりに笑って。

我侭言ったり、口が悪かったり。

でもバスケをしている姿はすごくかっこいい。

そんな三井が大好きなんだ。



「お前は?どうなんだ?」



再び問われて、木暮は視線をそらすように下を向いた。



とても、三井の目を見て、なんて言えそうにもなかったから。

好きな人と一緒にいたくない人なんていない。

一緒にいてほしいと素直に言えないのは恥ずかしいからだ。

大好きな人の腕の中でずっと肌の熱に触れて、吐息を感じていたい。



「・・俺も三井と一緒にいたい・・」



嬉しそうに笑う顔。





ああ、やっぱりこの人はお日様の下が似合ってるんだなと思いながら、

今日初めての口付けの感触に目を閉じた。