+青い恋の夢。 最近。 いつも、同じ夢を見る。 原因は分からないのだけれども、 目を閉じ、意識が眠りの世界へと向かっていくと必ず。 その夢は菊丸の意識上に浮かんでくるのだ。 見たことのないような、それでいて、ずっとそこにいたかのような気もする、 穏やかな空間。 自分はいつも、そこでふわりふわりと浮かんでいて。 ただ透明な青い空間を、ひどく軽やかな心持ちで眺めているのだ。 自分の体の周り、上も下も、右も左も全て透明な青で。 けれども手を伸ばせば掴めそうなその青が、菊丸を染めることはなく。 触れて、青く染まろうとすればするほど、目の前の青はそれを拒むかのように、 菊丸の腕をすり抜けた。 青い空間に浮かんでいるはずなのに、ただ自分だけが染まっていない。 けれどもそこに存在する自分は異質なものではなく。 青い色をした世界を構成する、確かな物の一つであった。 何の音もせず、風も吹かないこの空間の中に浮かぶのは酷く心地がいい。 この青い世界から抜け出そうという気持ちもなく。 どうして自分一人なのだろうとか、何故空も大地もないのだろうとか。 思ったことすらなかった。 けれど、最近。 あまりに穏やかな時を有するその空間の中で。 本当に時々なのだけれども、僅かな歪みが生じることがあった。 青い世界に現れる、目も眩みそうなほど、白い光。 それは青いままだった世界を照らし。 透明な、けれども白い道を浮き上がらせた。 それを見るたびに菊丸は、言いようのない不安に駆られた。 一体、自分はどうすればよいのか。 このまま、穏やかな心地よい世界に留まるべきなのか。 それとも、新たに出現した、白い道を辿り、その先にあるものを見てみるべきなのか。 夢の中の菊丸はただ迷い、そこでその夢は終わってしまうのだ。 朝、起きると。 鮮やかに目の前に広がっていた、青い世界と。 眩い光に照らされた、真っ直ぐ前へ続く道が。 交互に現れては、頭の中から離れなかった。 『ねぇ、大石』 今日も、夢に見た青い世界と白い道が頭から離れず。 朝、部活に行く途中に偶然出合った大石に、尋ねてみることにした。 夢の内容をかいつまんで話すと、大石は少し難しい顔をした。 けれど、すぐに優しい笑顔を浮かべて。 「英二の気持ち、分かるよ」 と。 どうして?と聞き返したら。 「おんなじ夢を、見たことがあるんだ」 意外な答えに目を瞠って、その時一体大石はどうしたのかと、 尋ねてみたら、今度は大石は曖昧な笑みを浮かべた。 「大人になるって、どういうことなんだろうね」 謎かけのような言葉に、菊丸は首を捻る。 「その場所から、逃げ出したいのかもしれないし、 その場所から、離れたくないのかもしれない」 再び発せられた言葉に、今度は僅かに頷いた。 夢の中の自分はまさに、そのような心境なのだ。 菊丸の様子を見て、大石は、まるで学校の先生のように言った。 「英二は、その夢が、怖い?」 問い掛けられて、菊丸は視線を宙に向けてから、首を横に振った。 心地よいと思うことは常だが、怖いと思ったことなど一度もない。 「そうか・・。それなら、英二の答えはすぐに出るよ」 優しい声音が菊丸の鼓膜をくすぐる。 空気を通じて体の中に入ってきた大石の声は。 今までぽっかりと空いていた空間に、自然としみこんでいく。 「英二も、もうすぐ大人になるんだね」 大石の、視線が宙を向く。 今までにあった様々な出来事を思い返しているのかもしれなかった。 目元が少し、緩んでいる。 『そっか・・』 大人になることに、恐怖なんてない。 ただ、自分よりも先にその世界に踏み込んでいる大石が。 何を思って、何を考えてその世界を見ているのかが気になった。 『15歳になって、何か変わった?』 尋ねると、大石は、笑って。 「一つ年を取るだけで、変わることは何もないよ」 と、言った。 それに、『そっか・・』と頷いてみせて。 そうして、すぐに来るであろうその道の先の光景に想いを馳せた。 「ねぇ、英二」 大石の手が、菊丸の手に触れた。 「もし、英二が少しでも不安に思うんだったら、いつでも英二の名前を呼ぶよ」 大石の手が、菊丸の手を握る。 公道の往来で、大石がこんなことをするのは酷く珍しいことだった。 温かい大石の手を、ぎゅっと握り返して、僅かに上にある、 大石の瞳を覗き込んだ。 『ん・・。絶対、だからね』 二人で歩いていく道に、不安なんて一つもなかった。 夢を、見た。 いつもと変わらない、青い世界の夢。 穏やかな青い世界の真ん中には、透明な、白い道があって。 今日も、その道の先へ行くべきか迷うのだけれども。 自分を呼ぶ、とても優しい、とても大切な声が聞こえて。 『英二』 迷わず、その声のする方向を、選んだ。 道を進んでいき、その景色を眺める。 しかし大石の言ったとおり、変わったものなど、一つもなかった。 ただ、そこに。 大石秀一郎が、穏やかな笑顔で、待っていただけ。 そして菊丸は、迷わず、その腕の中に飛び込むのだ。 |