11組の教室を出て、先ほど歩いてきた廊下を2組の教室の方向へと戻る。 歩いている途中に4組の教室を覗いたが、もう河村の姿はなかった。 当然であろう。 あの心優しい彼はいつもお父さんのお店の手伝いをしているのだから。 自分のクラスの前を通過し、1組へと到着する。 そこもまた、先ほどはついていなかった明かりが点いていた。 扉を開けて中へと入る。 そこにはやはり、想像通りの人物がいた。 「・・手塚」 思わず名前を呼びかけてしまうのは、 きっと心の奥底では彼はこんなイベントに参加しないのではないかという思いがあったからだ。 「大石」 手塚は背筋を伸ばして、真っ直ぐに自分の席に座っていた。 一番前の席に座っている手塚はきっと自ら志願をしてその席にしたのであろう。 呼ばれて、大石は手塚のもとへ行く。 これでは二者面談の教師と生徒ではないかと大石は小さく苦笑いを零した。 「3人には会ってきたのか?」 大石が手塚の隣に座りながら、問いに答える。 「ああ・・会って来たよ。色々、お小言を言われたよ」 お小言、というのは些か失礼だろう。 彼らは懸命に、自分にとって大切なものを伝えようとしてくれたのだから。 大石は彼らの言葉を思い出すたびに、心が温かくなるのを感じた。 やはり、持つべきものは友達なのだと思わずにはいられない。 これからどうすればいいのだろうと、手塚に視線で問う。 「俺が一応最終的な権限を持っている」 一呼吸置いて、手塚が大石に問うた。 「お前の欲しいものは何だ?今日は誕生日だろう」 何度聞かれたか分からない問いに、僅かに笑いながら手塚に答える。 再び惚気になるのかもしれないが、手塚はそういうことに鈍いから、 全く気がつかないかもしれない。 「菊丸英二」 そう、はっきりと答えると、手塚は鷹揚に頷いた。 やはりまるで、試験官と、面接にきた生徒のようであると内心思った。 「分かった。合格だ」 その言葉に、大石はたまらずに噴出してしまう。 やはり、試験官と生徒だったようだ。 大石が突然噴出したことに、不思議そうな視線を送っていた手塚なのだが、 けれどもそんなことはすぐに気にならなくなったらしい。 手塚は突然、こう言った。 「仕事は全部やっておく。全て置いていけ。部長命令だ」 「・・えっ・・」 手塚の言葉に、大石は困惑せずにはいられなかった。 いくら誕生日だからとはいえ、手塚に仕事をやらすわけにはいかない。 「手塚・・それは」 「気にするな。不二も乾も河村も手伝ってくれる」 サラリとそう言ってのけた手塚は、まだ宿題を出さない大石に焦れたのか、 大石に向かって手を差し伸べている。 「気にするよ・・。よりにもよってみんなに仕事を・・」 更に困惑していると、手塚がサッと立ち上がり、大石の手から鞄を奪う。 そうして断りもなく鞄を開けると、鮮やかに仕事の書類を鞄から抜いてみせた。 一瞬の出来事に、大石は止める間もない。 「これで全部か?」 書類の数を確かめて、大石に問う。 確かにそれで全部だが、それをみんなに頼むわけにはいかない。 「乾が大石の仕事は全部で9枚だと言っていた。これで合ってるな?」 「合ってるけど手塚!」 「気にするな」 「気にするってば・・!」 引かない大石に、手塚はムッと眉を寄せた。 「いい加減にしろ。お前は何だ。俺たちは友人ではないのか?」 手塚の思わぬ強い口調に、大石は一瞬怯んだ。 「どうしていつも一人で仕事を抱えようとする? 乾にも言われただろう。一人で抱え込みすぎだと。 確かにクラスの仕事は手伝ってやることはできない。 だが、テニス部の仕事ならば手伝える人間はたくさんいる。 人に迷惑をかけないことが友情か? その結果がこれか。 一番大切なものをほおっておいて、自分が駄目になっていって。 そんなお前の姿を見ていた友人がどう思うかなど、お前は考えたことがあるのか?」 強い口調で、手塚に言われた。 そうか。 そうだったんだと恥ずかしながら、初めて気が付いた。 いつもは青学テニス部員の行動を見ながら、胃を痛めていたりしたのだけれども。 きっと手塚たちも、自分を壊しかねないほど働いている自分を見て、 胃を痛くしていたのかもしれないと、今更ながらに気がついた。 馬鹿な自分だと、思わず笑わずにはいられなかった。 「・・じゃあ、お願いしてもいいかい? 今日は・・どうしても。 会いたい人がいるんだ」 何よりも、誰よりも会いたい人がいる。 それくらいの我侭すら、今まで言ったこともなかったけれども。 優しい友人たちが、こうして容易をしてくれて、やっと。 初めて零せたたった一つの我侭。 大石がそう言うと、手塚は任せておけと、一つ頷いた。 そうして胸ポケットから一枚白い紙を出すと、大石へと手渡した。 「折角の誕生日なんだ。楽しく過ごせよ」 どこか含みを持った手塚の言葉に、大石は苦笑いを零す。 「有り難う、手塚」 有り難う、みんな。
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