+飛行機+ 白いカーテンが窓に揺れる。 よく晴れた空は雲ひとつない青空で。 大きく開かれた窓にかかるカーテンは。 風に揺られ、大きくその存在を主張していた。 ふわん、ふわり。 風を含み、丸みを帯びたり、その裾を靡かせたり。 真っ白いそれは太陽の光の下で美しく輝きひどく心地よさそうであった。 越前は一人、教室にいた。 椅子を窓の近くに動かして、それを背にするように座った。 そうして、窓枠に頭を預けて、上を向く。 瞼をあけると、そこには何の曇りのない空があって。 その眩しさに越前は僅かに瞳を閉じた。 夏休み中の学校には人はほとんどいないのであろう。 音などほとんどしなかった。 穏やかな風が越前の頬に触れ。 その風に穏やかに揺れるカーテンが、越前の横で楽しそうに踊っている。 ふわん、ふわり。 時々そのカーテンの裾は悪戯に越前の頬に触れる。 しかし越前はその柔らかい心地よさになすがままにさせていた。 遠くから重く聞こえる音に目を開くと、越前のずっと上を飛行機が一機通り過ぎた。 真っ青だった空には、一筋の、雲の白い線が引かれている。 しかしそれは青い空を脅かすものではなく。 穏やかな青に、柔らかさを帯びた雲はまるでその中に溶け込んでいるようであった。 音もなく消えていった飛行機の方向を見つめ、 そうして越前はポケットから一枚の封筒を取り出した。 真っ白なそれには、端正な字でこう書かれていた。 『桃城武さま』 その文字を見て、越前は口元に僅かに笑みを浮かべる。 そうしてもう既に封の開いた封筒から、これまた真っ白な便箋を取り出す。 桃城武さま 貴方のことが好きです。 俺も。 ずっと貴方のことを見ていました。 へー、そうなの? 私はこの8月から外国へ行きます。 アンタのことなんて知りたくないよ。 だからその前に、貴方に会いたいんです。 わがままだね。 桃先輩は俺に会うのに忙しいんだよ。 返事が駄目でもかまいません。 どうか、7月31日に。 アンタの感情を押し付けられるなんて、迷惑だよ。 7月31日に。 教室で待っています。 あげない。 誰にも、あげない。 便箋から目を上げ、もう既に薄れてきている飛行機雲に目を移した。 そうして、片手で封筒を破り始める。 細かく細かく手で破り、 そのまま 窓の外へと飛ばしてしまう。 真っ白な欠片はふわりと風に乗り、 真っ青な空へと吸い込まれていく。 しかし雲のように柔らかい色を有さないないそれは、 一生空と交じり合うことはないのであろう。 そうして越前は、満足そうに笑った。 遠くから、ゆったりとした足音が近づいてくる。 誰もいない校舎の中、 廊下を歩く音はひどくよく聞こえる。 ためらいがちに近づいてくるそれは、 きっとこれからのことを思って緊張しているものであるのだろう。 越前はまた少し、笑った。 近づいてきた足音は、 しばしの間を置いたのち、 教室の扉を開けた。 「桃先輩なら来ないよ」 ドアが開いた途端、 そう、 越前が言うと、 その女生徒は驚いたようにこちらを見た。 派手ではない外見。 おとなしそうで、優等生風。 きっとこの上ない勇気を出してさっきの手紙を書いたのであろう。 「桃先輩なら来ないよ」 同じ言葉を繰り返した。 窓を背にしている自分の表情は、 きっと逆光で相手には見えていない。 今の自分はひどく楽しそうな顔をしているのだろうから、 彼女に表情が見えることがなくて、好都合だ。 「・・そう・・」 か細い声。 今にも泣きそうな声で返事をした彼女は。 くるりと越前に背を向けて、 静かに その場を離れていった。 遠ざかっていく、女生徒の足音。 それを聞きながら、越前は再び 突き抜けるような空を見上げた。 「・・あー・・・」 ため息のような声は誰の耳にも届かず。 穏やかな風だけが越前の頬を撫でた。 青い空からはもう、飛行機雲は消えていた。 「帰るぞ、越前」 部活が終わり、いつもの通り越前は桃城の自転車の後ろに乗って帰っていく。 心地よい風が頬を撫で、 部活後の火照った体を冷やしてくれる。 目の前には、桃城の頭がある。 その視線は揺るがず、前をしっかりと見据えていて。 こんなところを好きになったのだと。 そう思った。 空には先ほどの青空はもうなく。 鮮やかな朱色が空に広がっていた。 越前は空を見上げ、そうして再び桃城へ視線を移した。 桃城の肩に触れる手は部活後の熱を伝えてきて、ひどく熱い。 「桃先輩」 耳元に顔を近づけて、 そう、囁いた。 そのまま瞳を閉じて、頬を桃城の肩に預ける。 自転車が揺れる度に動く、桃城の体。 皮膚の下に燃え盛るほどの彼の鼓動があるのかと思うと、 何故だか安心をした。 頬に感じる熱はひどく心地よい。 「どうした?突然」 驚いた桃城が、だけれども首を動かすことのできぬまま、越前に呼びかける。 「・・別に」 何でもないのだけれど。 ただ貴方に。 無性に触れたくなった。 目を閉じて、ただ桃城の熱を感じる。 遠くでは どこか重い 飛行機の 飛び立つ音が 聞こえた。 |