+閑話休題・2+ パタリ、とドアが閉められる音。 「おい、不二?」 ドンドンと2回、軽くドアを叩く音がして。 けれども不二は何も答えず。 そうこうしているうちに、部室から遠ざかっていく足音が聞こえて、 不二は苦笑いを零しながら閉じられたドアを見つめた。 上手くいってくれればいいと思う。 いや、折角自分たちが随分と時間をかけてこの計画を立てたのだから、 上手くいってくれなければ困る。 乾がプランを立てて、不二と河村と手塚で綿密に練り上げた計画なのだから、 よほどのことがなければ大丈夫だとは思うが。 しかしあの大石のことだから、みんなのことを考えて・・ということもありえる。 優しすぎるのも困りものだねと、部内一気遣いの強い大石の姿を思い出しては、 一つ溜息をついた。 大石が一人で溜息をついている時、 それと同じだけみんなも溜息をついているということ、早く分かってほしいな。 そんなことをぼんやりと思っていて、そういえばと不二はクルリと後ろを振り返った。 こうしている場合ではなかった。 早く用意を済まさなければと、不二はロッカーの影につかつかと歩いていった。 「英二」 ロッカーとロッカーに挟まれた隅、 部室に入ってきただけの大石には簡単に見えないようなところに、 菊丸英二を隠しておいたのだ。 ひょこりと上から覗いてみると、そこにはまだ膝を抱えて小さくなったままの菊丸がいた。 「もう大石は行っちゃったから出てきていいよ」 そう、告げるのだけれども、菊丸はロッカーの隅から出てこようとはしない。 菊丸は膝の上に顔を伏せているから、その表情を見ることもできない。 けれども顔は真っ赤になっているだろうことが容易に想像できてしまって。 不二はまた小さく溜息をついた。 「久し振りに聞いた大石の声がかっこよかったのかもしれないけど」 不二はとりあえず、菊丸を放っておくことにして、他の準備に取り掛かった。 自分のロッカーからみんなから預かったプレゼントを出して、部室の机に並べる。 丁寧にテーブルクロスまで広げて、綺麗にラッピングされたそれを不二のセンスで並べた。 「早くしないと大石、来ちゃうかもしれないんだからね」 諭すように、告げるけれども菊丸はまだそこから出てこようとはしない。 強情なんだから。誰に似たんだろう、と、ふと頭の中で強情な人物の名を挙げてみたらば、 そういえば菊丸英二の愛するあの副部長も、 優しそうに見えて実は強情なのだということを思い出して、 不二は隠れてこっそり笑みを零した。 似たもの夫婦といったところだろうか。 不二は時計を見て、そろそろかと、つかつかと窓へと近づいていった。 自分の影が外に見えないように気をつけながら、窓からペンライトを2回光らせる。 それは準備が出来ているか出来ていないかという合図で、 河村と乾がグラウンドを見るフリをして、こちらを見るような段取りになっている。 ライトが2度光ればまだ準備中。 1度だったらもう準備はいいよ、との合図。 準備が出来ていないときは、できるだけ話を延ばしてくれるようにと頼んである。 どうして手塚にはそれを頼まなかったかといえば、そんな小細工、彼ができる訳がないからだ。 もちろん、河村にしてもきっと必死で話をしてくれているのだろうけれども、 そんな健気な姿にも気づかないだろうほど、大石の方が必死であるに違いないので、 こんな小細工をしたのだ。 不二はライトを小さく2回光らせて、そうしてまた、部屋の準備に取り掛かった。 「英二。」 再び呼んで、ロッカーの隅まで行く。 まだ膝を抱えたままの菊丸は、不二の呼びかけにも答えることがない。 実は先ほど、大石がやってきたとき、内心不二は冷や冷やしていたのだ。 なんてことはない、 大石が部室に入ってきたときには菊丸の、緊張に体を震わせている気配がしたし、 大石が一言発する度に、菊丸のビクつくような気配が伝わってきた。 そんな気配を感じて、不二は道具入れにでも隠しておけばよかったかと後悔したものだ。 しかし同じく切羽詰まっている様子の大石はそんな気配には全く気づかず。 よかったと胸を撫で下ろすしかない。 もし不二のところで計画が潰れていたら、他の3人に申し訳ないことになっていただろう。 「出てこないの?大石が来てくれても隠れたまま?」 今度は『大石が来る』という言葉に、英二がピクリと体を震わせた。 やはり、愛する人の名を出すのが一番効果があるということだろうか。 「大石が英二を選んできても、英二は出ていかないんだね」 まだ、顔は伏せたままで。 けれど動揺したように、指や耳が動いたので、もう少しといったところだろう。 「折角来たのに英二がいないなんて大石悲しむだろうな」 今度は体を大きく震わせた。 「折角の誕生日なのにね」 大石可哀想といいながら、クルリと後ろを振り返って菊丸の元を離れようとしたら、 上着の裾をぎゅっと掴まれた。 ほんと、扱いやすいね、英二は。 再びクルリと振り返ってあげると、 菊丸はまだ何かを堪えるかのように体を震わせながら下を向いていたのだけれども、 ついに決心をしたのか、不二に声をかけた。 「俺、変な顔してないかな?」 そうして久し振りに真正面から見た顔は、まるで熟れた林檎のように赤かった。 思わずそんな菊丸に驚いてしまったのだけれども、ここで『変』と言ってしまえば、 『会いたくない』と騒がれるかもしれないので、不二は言葉を濁すことにした。 今、相手のことでいっぱいな菊丸はきっと簡単に騙されてくれるだろう。 「大丈夫だよ。どんな英二でも大石は好きだからさ」 そう言って、今がチャンスとばかりに菊丸を引っ張っていき、 プレゼントの置いてあるテーブルの椅子に座らせた。 ロッカーの隅から出ると、そこでやっと落ち着いてきたのか、 菊丸はプレゼントの山を見て、一つ溜息をついた。 「重症だね・・」 そんなことを思わず呟いてしまったのは、余りにも大石と菊丸が同じように弱っていたからだ。 引き合う二人は行動も連鎖反応のように伝染してしまうのだろうかと、 乾に聞いてみたい気さえした。 「馬鹿だよね。そんなにお互いに会いたいんだったらさっさと会えばよかったのに」 そう言わずにはいられなかった。 恋焦がれるほどお互いが必要だったのであれば、 こんなことになる前にさっさと抱き合ってしまえばよかったのに。 「・・それは・・」 珍しく、弱気な声。 いつもは青学のムードメーカーである彼が、ここまで落ち込むのも珍しい。 それほど深く、相手のことを思っているのだろう。 そういう人間なのだ、菊丸は。 「大石が大変なのに、俺ばかっり我侭言うわけにはいかない・・」 また沈んでいきそうな菊丸の様子に、不二は慌てて言葉を繋いだ。 「でも結局、大石も英二に会いたかったんでしょ?」 「・・そうなのかな」 弱気な菊丸につられて、不二も少しだけ泣きそうになりながら、 けれども努めて明るく振舞った。 「そうに決まってるじゃない。ここに来るってことは、英二に会いたいってことなんだから」 だから僕たちを信用して、ね?と言えば、菊丸は数瞬の間を置いた後、 けれどもしっかりと頷いてみせた。 「信じるよ。手塚も乾もタカさんも、不二も」 顔を上げてしっかりと不二と視線を合わせて言葉を紡ぐ菊丸に、 不二はふわりと笑ってみせた。 そうして、菊丸の肩をぽんぽんと叩く。 「うまくいけばいいね」 まるで祈るように。 その言葉を呟いた。 「そだね」 綺麗に笑う菊丸に安心しながら、不二は部室にある時計を見た。 「そろそろ、かな」 不二は再びペンライトを持ち、今度は乾に向けての合図を出す。 灯す明かりは一つ、準備完了。 鞄を肩にかけて、そうして部室のドアノブへと手をかける。 「それじゃ、僕は行くよ」 親友に、そう笑いかけて。 「頑張って」 そう応援の言葉を投げかければ、首に自分でリボンをかけている菊丸が、 悪戯っぽい笑みを浮かべて、手を振った。 「有難う、不二。乾と手塚とタカさんも」 閉まるドアの向こうに聞こえた声に安心しながら、 不二はこっそり3年の教室へと向かったのだ。 |