恋に落ちたのは一瞬。 それはまるで運命のようだった。 +万有引力 久々の休みの日、俺は司馬の家へ行った。 二人で会うのは久し振りで、少しだけ緊張をしてしまったけれど、 俺が緊張をするくらいなのだからもちろん司馬なんてもっと緊張をしていて、 そんな司馬の姿を見たら、思わず笑ってしまって、緊張なんてどこかへ行ってしまった。 両親のいない司馬の家で、ゆったりとくつろぐ。 普段は練習、練習、の毎日でこんなに穏やかな時間を過ごすのは久し振りだった。 司馬の隣にいると、普段の喧騒を忘れられる。 俺の周りは『類は友を呼ぶ』という言葉通りに煩い奴ばかりが集まる。 だからこそ日常の中でこんなに穏やかな時間を過ごすことができなくて、 時々、司馬とだけ味わうことができるこの幸せな時間を俺は心から楽しみにしているのだ。 司馬は、他の奴らとは全然違う雰囲気を持っている。 部活という言葉が全く似合わないその性格と風貌。 そして、優しさ。 司馬に言ったら否定されるだろうけど、絶対に先に好きになったのは俺の方だと思う。 友達とふざけあうことしかしてこなかった俺が、初めて最初から優しさを貰った人間が司馬だった。 最初はその優しさにどう対応してよいのか分からず、戸惑うばかりだったけど、 いつからだろう、その差し出される手をとても心地よく感じるようになった。 そうして困ったときに必ずといっていいほど差し出されるその無欲の手に、 救われたことが何度あったことだろう。 気がついたら司馬の存在は俺の中でとても大きくなり、そして。 司馬がいないときには無意識に視線で探してしまっている自分に気づいた。 自分の知らないうちに心の中に入り込んできた司馬は、もう深く俺の中に居場所を作ってしまっていて。 そして俺もその司馬の存在を心の中から追い出すことができなかった。 捕まってしまったと思ったのが最後。 もう俺は司馬の優しい手を離すことができなくなってしまっていたのだ。 好きだと先に告げたのは司馬の方だった。 初めて聞いたその言葉に驚きはしたけれど、断る理由などどこにもなかった。 俺の方が司馬のことを好きだという自信があったからだ。 返事をすると玉砕覚悟だったという司馬の方が驚いて慌てていた。 俺はそんな司馬のことがやっぱり好きなのだと思った瞬間だった。 司馬と過ごす休日はいつも穏やかな時間が流れている。 何処へ遊びにいくのでもなく家でじっとしていることが多いのだが、ちっとも退屈だとは思わない。 普段は感じることのできないゆったりとした時間を感じることのできる唯一の時間に、俺はとても満足するのだ。 今日ももちろん、日頃の疲れを癒すために司馬の家でゆっくりと過ごしている。 昼過ぎに柔らかに差し込む日差しの中でのんびりと時間を楽しむ。 司馬が好きな音楽をかけて、俺は司馬が好きだという雑誌を読んでいる。 二人でいるのに思い思いに過ごしていることを不思議に思われるかもしれないけれど、 これが俺と司馬が二人でいるときのいつもの過ごし方だった。 俺はふと雑誌から視線を外して司馬の方を見る。 司馬はもちろん俺のそばにいる。 そばどころかもっと近く、俺の膝に頭を乗せて寝転んでいるのだ。 膝の上で音楽を聞いていたはずの司馬は、いつの間にか目を閉じていた。 その姿に俺は小さく笑ってみせる。 普段はサングラスをしている司馬なのだが、自分の家の中ではもちろんかけてはいない。 だから、綺麗な目を見ることができるのだ。 その権利を持っているのは、部員の中で俺だけ。 優越感を感じるとともに、もし司馬の目を他の部員たちが見ることになったら、と不安になる。 もしそんなことになったら、きっと心の狭い俺は間違いなく嫉妬してしまうだろう。 俺だけの特権であるはずなのに、俺だけが見られる司馬の素顔だというのに。 もし他の人間が司馬のことを知ったら俺はとても面白くないと思うに違いない。 「・・司馬?」 声をかけても司馬の目が開くことはなかった。 どうやら本格的に眠ってしまったようだ。 いつもは気配に聡い司馬が、こうして気を許してくれて、その上無防備に眠りこんでしまっている。 その事実がとてもとても嬉しい。 「司馬?」 俺はもしかして起こしてしまうかもしれない、と思いながら再び愛しい人の名を呼んだ。 できるだけ小さな声で、けれど司馬が起きているのならば絶対に聞こえるほどの大きさで呼んでみた。 けれど司馬からは何の反応もなく、本当に眠ってしまっているのだということが分かる。 閉じられている瞳は、俺を映さない。 他の人には絶対に聞くことができない優しい声は、今は俺の名前を呼ばない。 けれど司馬はきっと目を覚ましたときに、俺の膝で眠ってしまったことに酷く恐縮をして、 顔を真っ赤にして、一生懸命に謝ってくれるのだろうことが容易に想像できて、俺は僅かに笑みを零した。 眠っている司馬を見ていると俺は何だか気恥ずかしくなってくる。 司馬が頭を預けている箇所が段々と熱を持ってくる。 いつも辛い時には助けてくれる司馬が、他の誰でもない俺の元にいてくれている。 その事実だけで胸がいっぱいで。 突然締め付けられるように鼓動が跳ねる。 「・・司馬、いつもありがとな」 どれだけお前に助けられたことか。 俺はじっと司馬の整った顔を見ながら、そうして衝動的に唇を寄せた。 感謝の気持ちと愛情を込めた、軽い羽のようなキス。 形のよい唇にふわりと口づけ、離そうとした瞬間にするりと体に腕が回された。 驚く暇もなく、それからすぐに深い口づけが施される。 ぎゅっと抱き寄せられて、するりと口の中に舌が入り込む。 突然のことに対応ができなくて、司馬の熱に翻弄される。 息ができなくなるくらい深く口づけられて、それからゆっくりと口づけをほどかれる。 潤む視界で司馬を見れば、その綺麗な瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。 俺だけに向けられる視線。 心臓ごと鷲づかみにされそうだ。 「いつも助けられているのは俺のほうだよ」 猿野 耳に触れる声に鼓動が跳ねる。 たまに聞く声は心臓に悪い。 けれど俺だけに発せられる言葉はとてもかっこよく、体の熱が上がる。 司馬のことが大好きなんだ、と再認識する瞬間だ。 「大好きだよ」 深い愛の言葉を告げられて、そっと司馬が体を起こす。 そのまま抱き締められて、優しいキスを落とされる。 全身が痺れるような感覚に溶けそうで、俺はそっと瞳を閉じた。 こんなに好きな人間は他にはいない。 きっと俺も司馬も、運命にも似た引力でお互いに惹かれているに違いないのだ。 |