自分だけのものにならないのなら、せめて自分だけが君を独占していると覚させてくれ。





真夜中の守護者





 

事帰り、通い慣れた彼の家へと向かう途中にふと空を見上げれば、

そこにはよく見知った白い影。

自然とその姿を見る視線が鋭くなる。

奴は、捕まえるべき相手。

それと同時に、最強の宿敵だ。

この世の中で、最強の。


そいつはとても巧妙な人間で、何の意図もなく姿を見せるわけではないので、

きっと自分にわざと気づかせる為に空を飛んでいるのだろう。

服部はその姿から目を離し、人目につきにくい小さな公園へと足を運んだ。

 

事の帰りに空を飛んでいると、道を歩く見知った姿を見つけた。

そいつが向かっている方向にあるのは、自分が恋焦がれて、恋焦がれれて、

息が詰まりそうなほど好きな彼の家だった。

挑発、と言ってもよいのかもしれない。

自分は簡単に踏み入れることができれないあの家に、

簡単に入ることができるあいつが、羨ましかったのかもしれない。

だから自分はわざとあいつが気づくように空を飛んだ。

あいつが自分に気づかないという可能性は考えなかった。

そんな奴だったならば、その瞬間には愛する彼を攫ってしまっているだろう。

誰の目にも触れられない、自分だけの場所へ。

近くの茂みへ降り立つと同時に、黒羽快斗の姿へと戻り、こちらへ向かってくるだろう服部の姿を待った。

 

ん中にほの暗い電燈が一つついただけの小さな公園に入る。

すると既にそこに、黒羽はやってきていた。

電燈の下で立つ姿は、彼の前で見せる無邪気さの欠片はどこにもなく、

格好は通常通りであるのだが、雰囲気は仕事をしているときのそれのようであった。

服部が近づいても黒羽は視線すら上げようとしない。

もちろん自分も、初めから黒羽とまともに会話をするつもりもなかった。

そのまま真っ直ぐ帰っていれば、自分は今頃あの家で愛する彼に会えていたのだ。

これは予定外の行動であり、無駄な時間を取る気も全くなければ、

彼に、黒羽と会ったと言うつもりも全くなかった。


服部は、黒羽の立つ電燈の反対側に周り、そうして同じように背をもたれかけさせた。

そうして静かに、彼からの言葉を待つ。

 

線は、合わせない。

必要なのは服部に用件を伝えることだけ。

普段彼の前で見せている心を許した姿を、服部の前で見せる必要はない。

きっと服部もそう思っているはずだ。

黒羽とここで出会ったのは、予定外の出来事でしかない、と。

きっとこれから彼の待つ家に帰る服部は、自分と会ったこと自体を、無かったことと処理してしまうのだろう。

そのことに文句を言うつもりもない上に、文句を言う権利がないことすら知っている。

自分の腕は、そう簡単に彼を抱き締めることはできない。

怪盗と、探偵。

まるで両極端の立場に立たされた自分と彼は、表向き、手を繋ぎあうことさえ許されない。

守りたくても守れない。

抱き締めたくても抱き締められない。

そんな焦燥だけが胸をしめて、それでも自分は前を向いて歩いていかなくてはならない。

留まることは許されないのだ。


時々、自分は何処の道を歩いているのか分からなくなる。

本当に欲しいものを抱き締められず、一体、自分は何処へ行こうとしているのだろうか。

ねぇ、教えて。教えてよ、
新一



本当に愛しい者を守れず、

自分は空から、他の男に守られている彼を見るだけだ。



同じ立場として側にいられる服部が羨ましい。

羨ましいなどという気持ちは既に通り越して、憎いのかもしれない。

仕事の後、上空から、自分を見上げる青い瞳と視線を合わす。

その強い視線が自分だけに向けられることを喜びながら、

けれどその隣で彼を守るように立つ服部に、どうしようもないほどの嫉妬と羨望を覚えるのだ。

 

の暗い電燈の下、突然手元に白い影が浮かび上がる。

それは目測を誤ることなく服部の手の中に落ちた。


「そいつ、最近
新一の近くをうろついている奴。

 特に凶悪犯というわけじゃないんだけど、ちょっとストーカー紛いのことしてるから」


気をつけて。


服部は手の中のカードに映された写真をしっかりと眺める。

少し薄汚れた、30代半ばくらいの男だろう。

浮かべられた笑顔も薄汚れているようだ。

彼には時々、こんな人間が寄ってくることがある。

彼のあの綺麗さに魅入られて寄ってくるのだろうが、

近づいてきたところで彼が手に入るわけでも、自分が浄化されるわけでもないのに。

それでも彼には、彼を手に入れれば自分が浄化されると思わせるような力があるようだ。

もちろん、同じように魅入られた自分が、それを否定することはできないのだが。


その男の顔をしっかりと頭の中に焼き付けると、手の中からカードは消え去った。

そんなカードをこれから彼の家に持ち帰り、もし見つかりでもしたら彼に不必要な心配をかける。

黒羽の小さな心遣いだった。


「分かった」


短く返事をすると、黒羽も小さく頷く気配がした。


黒羽がわざわざ服部の前に姿を現したのは、そしてこんな話をしたのは他でもない。

何も言わないけれども黒羽は、その行動の全ての中に想いを託している。

服部に、 彼を守れ、 と。

その想いに服部は思わず、爪の跡が残るほど拳を強く握り締める。


最近気づけば、歩いている道でふと黒羽の気配を感じることがある。

別に、すぐ側に黒羽がいるとか、そんな雰囲気ではない。

しかし間違いなく黒羽特有の空気を感じることがあるのだ。


事件の起こった道を歩く際に、黒羽の細工の後が見えることがあるのだ。

謎を追うことだけに夢中になった彼が、危険な目に会わないように、と。

不要な芽は黒羽の手で、気づかぬ間に、鮮やかに。

消し去られてしまっているのだ。

それに、彼は気づいているのかいないのかは分からないのだけれども。

自分よりももっと才能のある彼は、何も知らないふりをして気づいているのかもしれない。

まるで彼の全てを守るかのように伸ばされた、見えない手のことに。


黒羽の気配に、時々酷く悔しい思いに駆られる。

彼の一番近くにいるのは自分であるはずなのに、彼を自分のものにすることができない。

探偵の彼は、いつもいつも彼を追っている。

近くにいるのは自分であるはずなのに、視線は常に彼を追っている。

夜空を舞う怪盗を、必死で見つめる彼の視線に、服部の姿は全く映らない。


黒羽が逃げれば逃げるほど、彼は必死でその姿を追う。

黒羽は追いかける必要などないのだ。

ただ逃げていれば彼が自分から黒羽を追いかける。

自分は必死に彼の姿を追いかけていなければならないというのに。

ただ羨望だけが胸を占める。

いや、もう羨望だけでは済まされない。

羨ましい、は通りこして、もう黒羽が憎いのかもしれなかった。


 

い返事に満足をして、黒羽は帰路につくために服部からニ、三歩離れる。

こいつは守れない約束はしない。

そう信じているから彼の隣を託すことができるのだ。

けれど、いつも思う。

もし服部がいなかったら。

もし服部が今よりずっと無能な人間であったならば。

迷わずに、彼にも気づかせないほど鮮やかに。

心ごと全てを奪って自分のものにしてしまったというのに。

彼の側からいなくなれ、とは言わないけれど。

手厚く彼を守る腕が、早く緩んでくれることを願う。

そうしたら、迷わず自分は彼を連れ去っていくのだから。


「服部」


 

分だけの腕では、危険な場所に立っている彼を守れないことくらい分かっている。

黒羽は時々、こうして服部に会いにくる。

そんな時は、滅多にない。

普段は黒羽自身がその危険な芽を潰してしまうから、服部の手など必要ないのだ。

黒羽が服部に会いにくるのは、自分だけでは手が回らないときだけだ。

彼を守るという役目を、黒羽が簡単に服部に任せるはずがないのだ。

いつも思う。

もし黒羽がいなければ。

空を見上げることのない彼は、ただ自分だけを見てくれていただろうに。


「黒羽」

 

 

 

 

 

「「お前なんて大いだよ」」



けれど自分たちはたった一人、大切な彼を守るために共同戦線を張っている。

いつまでこんな関係が続くのかはわからない。

きっと、どちらかが力尽きるまで、この関係は続くのだろう。



そうして二人は別れの言葉も告げることなく、それぞれ闇夜に消えていった。





大切な人を守るために。