+光と闇+ 「なあ、服部」 真っ暗な部屋の中、新一はベッドに寝転んだままそう問いかけた。 外は闇。 今夜は月の光さえ部屋の中には届かない。 新一の問いかけに、平次はベッドの中身じろぎをして新一の方を向いた。 「何や?」 新一を見ると、彼の瞳はこの部屋の中の何物も映し出していなかった。 それは考えるときの新一の癖。 ただ何もないと思われる空間を一点に見つめて、瞳には光さえ映さない。 見慣れたはずのそんな姿に平次はぞくりと体を震わせた。 まるで血が通っていないかのように美しいその表情。 この世のものとは思えない、まるで作られた人形であるかのように新一は綺麗だ。 光のない部屋の中でも、その肌はまるで輝いているかのように見えた。 静かに、空間を脅かすことのない声で新一は尋ねた。 「どうして光と闇は交わらないんだろうな」 憂いを含んだ新一の声に平次は微かに眉を顰める。 どうして。 新一は世界のあやふやな場所に心を奪われてしまうのだろうか。 確かに光と闇は混じることなどない。 光で照らされている場所は白く輝き、それと対するように闇は影という名の黒色を導く。 決して交わることのない二つは、互いに対になって現れる。 では何故、光と闇は相容れることがなかったのだろうか。 難しい問いかけやな、と平次は内心呟いた。 新一の問いはいつも突然で、不可解だ。 けれども平次に問い掛けることによって新一が何か答えを導くことができるならば、 自分はどこまでも協力する。 たとえ、答えが見つからなくても新一がそのきっかけを掴んでさえくれればそれでいい。 そう思うからこそ平次はいつも新一に丁寧に答えを返す。 問い掛けるということ。 新一が問い掛けるときには、すでに自分の中に確かな、 もしくはぼんやりとした答えを持っていて。 それを確認するために新一は尋ねてくる。 平次は問い掛けられる度に、今新一が何を考え、何を思い悩んでいるのかを量ろうとする。 しかし、それは新一という名の高い壁に阻まれて完全に成し遂げることなどできたためしがない。 平次は新一に見えないところで小さく苦笑いを浮かべた。 新一の中でわだかまっている問いを素直に自分に打ち明けてくれたら、もっといい答えようがあるのに。 けれども、いつも新一はそれをしようとしない。 もしかしたら新一の中でもうまく整理ができていない問題なのかもしれないが、 新一はいつも遠回りに問いを投げかける。 平次はすっと新一に視線を向けた。 相変わらず新一はうつ伏せに横たわり、肘をベッドに立てて手の上に顔を乗せている。 瞳も未だこの世界を映してはいない。 平次は新一にゆるりと手を伸ばし、首筋に触れた。 新一は何の反応も返さない。 外気に触れていた首筋はひどく冷たく、本当に血が通っていないのではないかと思わされるほどだった。 首筋を指でなぞり、そこに優しく唇で触れた。 そして人形に命を吹き込むように、そっと息を吐いて暖める。 ぴくり、と新一の体が動く。 それでもやめずに、更に首筋に口付けていると、新一の手が大丈夫だと言わんばかりに平次の頭をぽんと叩いた。 それを合図に平次は首筋から唇を離し、新一の顔を覗き込んだ。 少し赤くなった頬は新一が人形ではないことを表わし、瞳にはちゃんと自分の顔が映っている。 もう、大丈夫だ。 「工藤。答え教えてやるわ」 顔を赤くした新一の前で、にかっと笑顔を向けて見ると、恥ずかしいのか新一はふっと顔を背けた。 「・・なんだよ」 いつもの新一の行動に少しだけ苦笑いを浮かべて、平次は横を向いた新一の頬に不意打ちのようにキスをした。 「おま・・!」 更に顔を赤くして、抗議をしようとした新一を言葉で遮る。 「あんな、好きすぎて一緒になれへんってこともあるんよ」 平次の言葉に、新一は一瞬不思議そうな顔をする。 「光と闇は好きすぎて、お互いを意識しすぎて今の関係を作ってしまっただけなんや。本当はお互い好きおうとる」 すぐに平次の言葉を理解した新一が、平次の瞳をじっと見つめた。 どこか縋るような色を灯した目に、まるで捨てられた猫みたいやなと思う。 「その証拠があれや。夕方空が光でも闇でもない、真っ赤になるやろ?あれはお互いが一番接近する時間で、好きな奴の近くに寄れてお互い照れてるんや。だから頬染めたみたいに真っ赤になる」 平次はそこで言葉をやめて、新一の髪に手を伸ばした。 自分が与えられることはここまでで、あとは新一が考えてくれればいい。 きっと答えは見つかるはずだと、心の奥で確信を持ちながら平次は思う。 新一は髪をいじる平次の手をとって、慈しむように口付けを落とした。 「・・さんきゅ」 そう言う瞳はいつもの知的で、どこか挑戦的な色を秘めていて、 平次は新一の前で、一番の笑顔で笑ってみせた。 「いえいえ、どういたしまして、やな」 俺は怖かったんだ。 光の下で笑う服部と。 死体を見て何も感じなくなった暗い自分。 光と闇は決して相容れることがなくて。 だから、服部が。 自分がどんなに望んでも受け入れてくれなくなるのではないかと不安になって。 あんな問いを口にした。 けれども服部はやっぱり光の中の住人で。 すぐに自分の考えを吹き飛ばしてしまうくらいの光を自分に与えてくれた。 遠い未来。 命が果てて土に還るときまで。 光という名の服部が。 影の中に住む俺をずっと忘れることがなかったら。 きっと俺は生きていける。 そう思った。 |