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+鼓動+









僕の大切な瞳の中に悲しみを映さないで。








携帯電話を好んではいない彼がそれを所持するのはたった一人の大切な人のため。
外出しているとき、事件があったときにも電話をかけてくる相手を待っている。

まだ高校生だから、大阪から東京まで簡単に来られるわけじゃない。

携帯電話にたった一人、登録されている名前

『服部平次』

どうして新一は平次のことだけを求めるのだろう。
遠くの地に住んでいる彼は新一が傷ついても、悲しがっていてもすぐに駆けつけることができない。
慰めてあげることも、一緒に笑いあうことさえもできない。

それなのに新一は服部平次を求める。

今もそう。
快斗は工藤家の中にいた。
暗い家の中、新一は事件があって呼ばれていったのかとも思った。
しかし何か違うと、快斗は直感でそう感じた。
心の新一に対するアンテナはいつも正直だ。
隠そうと思っている心さえ、わかってしまうのは悪いことなのだろうか。

案の定、そこに新一はいた。
電気もつけずに、快斗が家にあがりこんできたことにも気づかずに。

暗い家の中でぼんやりと光るのは携帯電話の液晶画面。
ソファに背をあずけながら、新一は一心にその画面を見つめていた。
体を丸めて、まるで自分を守るかのように。
新一は助けを求めることを知らない。
今まで一人で生きてきたからかもしれないが、他人に必要以上に頼ろうとはしない。
快斗がどんなに傍にいても、それに甘えることは決してしなかった。


だから時々、新一は弱くなる。


一人しか登録されていないはずの携帯電話の画面をスクロールしていく。
出てくる名前ももちろん一人。
『服部平次』
それでも新一は飽きることなく携帯電話の画面を見つづけていた。


どうして。
新一は自分ではなく服部平次を選ぶのだろう。


事件があって新一が傷ついて帰ってきたとき。
庭の桜が咲いて、隣の哀と一緒にお花見をしたとき。
悲しいときも楽しいときもずっと隣にいたのは、快斗だ。

それなのに、新一は平次を選ぶ。

快斗は暗がりの中、声をかけることもできずにただ佇んでいた。
携帯画面を見ながら、たった一人を求める新一に何もできずに。
自分の名を呼んでくれるのならば、今すぐにでも抱きしめてあげられるのに。
どうして、君は違う奴を求める・・?

見えない壁が新一と快斗の間を隔てているようだ。
近づきたいのに、触れたいのにそれさえもできない。

快斗は掴んでいた自分の腕を強く握り締めた。


隔てているのは、服部平次という名の壁。


ふと、新一がスクロールしていた手を止めた。
その行動に快斗はぴくりと体を竦ませた。

何も行動を起こさない新一、そして次の瞬間、息の詰まる音。

見てはいけないものを見てしまったような気がした。
見たら押しとどめていた感情の堤防が壊れてしまうのを知っていたから。

新一は泣いていた。
一人で、声を殺して。
震えてしまう体を抱きしめながら、嗚咽に耐えて。

誰が新一をこんな風に泣かせているのだろう。
この腕で守って、誰にも触れさせたくないほど大切な新一を。
一体誰が。



『服部平次』



快斗の中で何かが弾けて壊れていく音が聞こえた。
許せない。
この腕で守ってきた存在をいともたやすく奪っていったあの人物は。
こんなにも簡単に綺麗な新一を傷つける。
傍にいられないことくらいあいつにも分かっていたはずなのに。


だれよりも新一を大切に守ってきたのはあいつじゃない。


快斗は感情のまま、壁をひとつ殴りつけた。
暗闇の静寂を破る、想像以上に大きな音がする。
皮膚から血が流れるような気がしたが気にも止めなかった。


手の痛みよりも、心が痛い。


その音に、新一は初めて快斗の方を振り返った。
快斗の姿を認めた新一は、慌てて袖で流れていた涙をぬぐおうとする。


「・・入ってくるときはチャイムくらい鳴らせよ」


いつものように不機嫌さを装って、新一は快斗と普通に接しようとする。


そんな新一に快斗は何も言わずに近づいていった。
いつもと違う快斗の雰囲気に気がついたのか、新一はどうしたらよいのか困った風な表情を向ける。


「・・快斗・・?」


言葉を発すると同時に、温かい腕が新一を優しく抱きしめた。


「快斗、どうし・・」


「ねえ、新一・・?」


いつもとは違う真剣な快斗の声に新一は言葉を途切れさせた。
抱きしめる腕は震えていて、その力は何かに耐えるようにだんだんと強くなっていく。


「俺じゃ駄目かな?新一の傍にいるのは俺じゃ駄目?」


「・・快斗?お前何言って・・」


快斗が抱きしめていた腕を緩めてゆっくりと顔をあげる。
まっすぐに新一を見つめる瞳は、嘘をつげているものではなかった。


「俺は絶対に新一を泣かせたりしない。寂しい思いも絶対にさせない・・」


快斗は新一の涙のあとにゆっくりと唇を這わせていった。
優しく、新一に思いが伝わるように。


「だから、俺にしよう・・。あいつのことなんて忘れなよ・・」


忘れてほしい。それは快斗の願望でもある。
新一のためならば何でもできる。
今まで誰にも頼ることを知らなかった新一をうんと甘やかしてあげるのだ。
新一が望むだけ、思いの丈を込めて。


「ね、新一・・。俺がずっとずっと傍にいるから・・」


快斗の優しい口付けに、新一はぴくりと体を震わせた。


「・・何で、お前はそんなこというんだ・・?何で今更・・・」


再び新一の目から透明な涙が流れはじめる。
感情が高ぶってしまった新一をなだめるために、快斗はあやすように背中をさすった。


「新一が選んだんだからしょうがないと思ったんだ・・。新一が幸せならそれでいいって・・」


そう、思った。
新一が選んだのだから、それが一番いいにきまっている。
新一が幸せになってくれることが、快斗にとって一番大切なことだったから。
服部平次なら、とそう思ったのも事実だ。
あの人物ならきっと新一を幸せにしてくれるとどこかで思っていたのだ。


でも間違っていた。
新一を一番幸せにできる順位など誰が決めたのだろう。
逃げているつもりなどなかった。
それでも結果的に逃げてしまっていたのは事実なのだ。
新一を一番幸せにできるのは自分だったのに。
分かっていたはずなのに見落としていた。






「だから新一・・。俺を選んで」





耳元で囁くように言葉を新一に伝える。

夜の闇を孕む美しい藍の瞳が、一瞬だけ天井に視線を向けた。

その瞳には何を映しているのだろうか?

遠く遠く、幾千の夜を輝き続ける星々の向こうを?


自分以外のものを映してほしくなくて、快斗は瞼に口付けてその瞳を閉じさせた。




そのまま快斗の指が新一の唇に触れると、新一は吐息だけで言葉を紡ぐ。

開かれる唇と、その呼吸だけで新一の言葉を読み取る。


『          ・・?』


快斗の目が驚いたように見開かれる。

覗いた新一の瞳が快斗を映していることを見て、それが自分の勘違いでないことを知った。



「仰せのままに、新一・・」



















『・・快斗、俺を甘やかして・・・?』













ソファの上で眠ってしまった新一の髪に飽きることなく触れていた。

そのとき、机の上で携帯電話が振るえだした。


快斗が手に取り、液晶画面を確認する。


画面に映された文字は『服部平次』




まるでそこに平次が息づいているかのようで。




迷わず電源を落とした。

もう誰にも触れさせる気はないから。