+未消温+



恋の味ほど甘いものはなく、

恋の味ほど辛く苦いものはない。








さあ、あなたはどんな味がお好みですか?








恋の駆け引きなど、自分には関係ないものだと思っていたのに。

乾いた大地が水を求めるかのように、体が欲するときもあるのだと知る。

そんな夏の日。



暑い日差しの中、平次はとある公園のベンチで休んでいた。
その隣には同じく新一も暑そうにベンチに腰掛けている。

平次と新一はとある事件に遭遇し、その捜査に協力してほしいと頼まれていたのだ。
東の名探偵と、西の名探偵。
一人でも名は知れ渡っているほど、その実力は高いものがあるというのに。
二人がそろってしまえば迷宮入りになるような事件は皆無であるとしか言いようがない。
今日も二人は早々と事件を解決して、警察署を後にした。

「あつー。これなら遠慮せんで警察の車で送ってもらえばよかったわ・・」

ベンチの背もたれにぐったりと体をあずけて、平次は容赦なく照らしてくる太陽を見上げた。

「ほんとだな・・」

隣に座っている新一も同じくこの暑さに弱音を吐く。
今日の気温は36度。
人の体温とほとんど同じくらいの暑さだ。
そんな中、警察署から新一の家に向かってひたすらに歩いてきたのだ。
暑くないはずがない。

二人はその暑さになす術もなく、ただただベンチに背を預けてその熱を逸らそうとした。
ちょうど木の影に入っているベンチは、
太陽のあたっているところより、やはり幾分か涼しかった。

見上げると、真上から降り注ぐ光と、どこまでも青い澄み渡った空。
まるで天国にいるかのように、自然の力に溢れている。

平次はちらりと新一の様子を見た。

その白い肌からも分かるように、新一は夏に自分から外に出ようとしない。
そのため、暑さには滅法弱いのだ。

平次が思ったとおり、新一は手で目を覆い、ベンチに座ってぐったりと背をあずけていた。

「工藤〜?大丈夫か??」

新一は目を覆っていない方の手を平次の方へひらひらと振ってみせる。
大丈夫だとの意思表示だろう。
しかし、木陰といっても外は外。
暑いことには変わりない。
それならば早く家に帰って涼しい中にいた方がずっと体にはいいはずだ。

平次はそう考えて、もう少し休んだら再び歩きだそうと決めた。

ベンチに腰かけて、辺りを見回す。
暑さの中で動いた場合、体は自然と水分を欲するようになる。
もちろん、それは平次も新一も同じだろう。
意外と近くに自動販売機の姿を見つけて、平次はその方向へ素早く足を向けた。

ポケットの中の小銭を確認して、飲み物の銘柄を選ぶ。
そして平次は迷うことなく一つのボタンを押した。
がらごろと音を立てて落ちてきたのは、有名な銘柄のスポーツドリンクだった。
平次はそれを手に取った。
冷たいその感触に、自然に笑みをこぼす。
缶に触れているその指先が心地よい。

ベンチを見ると、そこには相変わらず新一が力なく座っていた。

「工藤ー!」

少し遠くから呼びかけると、新一はゆっくりと目を開いてこちらに視線を向けた。

「行くでぇ〜!」

元気よくそう叫んで、平次は新一に今購入したスポーツドリンクを放った。

缶は水を飛ばしてきらきらと輝きながら空を弧を描いて飛んでいく。

太陽の光を反射して、それはまるで一つの生き物であるかのように。

驚いた新一はそれでもしっかりとその缶を受け止めた。

「うわ、お前危ないだろ!」

少し怒ったような新一の顔。
そこに飛んでくるときにかかった水滴がついて、新一もきらきらと輝いている。


綺麗や。


平次は素直にそう思って、新一の隣へと再び腰を下ろした。

「それ、工藤にやるわ」

思わずこぼれた笑顔のまま、平次はそう言う。
平次の言葉に、新一は手の中の缶を見つめた。
そして小さくサンキュと呟いてプルタブに手をかけた。


ぷしゅっと缶の開く音。

そのまま缶を口へと運ぶ。

缶の縁が新一の唇に触れて、スポーツドリンクが流れ込んでいく。


平次は魅入られたようにその姿から目を離すことができなかった。
太陽の光の中だというのに、その姿はあまりにも妖艶で。
心を捕らえて離さない。


そっと、缶が新一の唇から離れていく。


ずくん、と心の奥が鳴る。
体が熱いのは気温のせいだけではない。
スポーツドリンクを飲みこむ口唇や、そのときに見えた首筋がひどく官能的で。

夏の暑さのせいにして、すべてを奪ってしまいたい。
新一の熱も、体も心も。
すべて。

体の奥から湧き出る思いに飲まれそうになる。


新一はためらうことなく缶を平次の前に差し出した。

「お前も飲むか?」

差し出された缶を受け取って、平次はそれを静かに地面に置いた。
缶から滴り落ちる雫が乾いた大地を潤していく。

「俺はこっちの方がええわ・・」

新一の頬に触れて、夏の暑さのせいで微かに潤む瞳と目を合わせた。

ゆっくりと閉じられる瞳。


ここがどこであるかも忘れてしまえ。

夏の暑さのせいにして。


平次は新一の唇に深く深く口付けをおとした。
腰を引き寄せて、新一の頭を抱えて、深く。

呼吸もできないくらい、お互いの熱で溶けてしまいそうな程抱きしめあって。

ただひたすらに相手のことだけを味わった。








恋の味ほど甘いものはなく、

恋の味ほど辛く苦いものはない。








さあ、あなたはどんな味がお好みですか?