+沈む太陽+





太陽はやがて沈んでいく。

今日という一日の終わり。

その橙色に憂いを残しながら。


一日の最後に光を灯そうじゃないか。

この今日という、今日でしかない時間を讃えるために。


沈んでいく太陽の光はどこまでも輝き。

美しいこの街の風景を金色に映し出す。

また来る明日に希望を残して。


そして来るべき闇に対抗するかのように。



太陽は揺れる。






いつからだろう。

そこを自分がいる場所と決めてしまったのは。


そんなに気安く心を許す自分ではなかったのに。

心を安心して預けられる何かがあるのだ、彼には。


だからこそ近づけた。近づいていったのだ。

そんな思惑がなければ、探偵などの傍に誰が自分から寄っていくだろう。


怪盗である自分が。















夢を見た。

とってもとっても幸せな夢で。

何を見たのかは忘れてしまったけれども、確かにそこには新一がいた。

こっちを向いてほしいと願っていた瞳がこっちを向いて、心が躍ったのを覚えている。

この世で初めて新一を見たときと同じ感覚。


今でも手が震えるほどの感覚を覚えている。

電気のようなものが血管の中を這い上がってくる感触。

あの時全身に走った震えはなんだったのだろう?



感動?

興奮?

それとも。






哀しみ・・?











何でだろうと一人呟く。


おかしいね。

恋焦がれるものを見つけたのに、なんだか酷く、哀しいんだ。





近づけば近づくほど、呼吸が苦しくなる。

身動きがとれなくなる。


こんなこと今までなかったのに。

やっと捕まえたと抱きしめてもすり抜けていく感覚。

追いかけてもおいかけても捕まえられない。


焦れて、焦れすぎておかしくなりそうだ。















意識が覚醒していく。

頭の中の霧が晴れていくように視界が開ける。

もう見慣れてしまった工藤家の天井。

見慣れるように仕向けたのは自分だから何の感慨も抱かない。


「・・起きたのか、快斗・・?」


驚いて声のした方に目を向けると、そこには新一がいた。

ソファで眠ってしまった快斗のせいで、座る場所がなくなったのだろうか。

新一は快斗の腕に頭を預けるような形でソファの下に座っていた。

その手にはもちろん新一の大好きな推理小説の本を持って。

ソファで眠ってしまった快斗にはいつの間にかタオルケットがかけられていた。

これは新一が心配してかけてくれたものだろう。

その何気ない優しさにどこか嬉しくなる。


「しんいちーvvvしんいちーvvv」


飛び起きて新一を上から抱きしめてみる。


「うわ、何すんだ・・」


驚いたような新一に更に嬉しくなって再び強く抱きしめる。

じゃれあうような行為の中で触れ合う感触が好きだから。


新一の髪も、肌も。

みんな快斗を追い立てるものでしかない。


いつしか、こんな風に心を許して傍で眠るようになってしまった。

他人の傍で熟睡できるほど、できた人間ではなかったはずなのに。


新一を抱きしめたまま黙り込んでしまった快斗に、

それを見透かしているかのように新一は優しく快斗の頭をたたいた。


そして何も言わずにまた本へと意識を戻してしまう。


言わなくても分かってくれる人。

優しく傍にいてくれる人。

欲しい時に暖かな腕を伸ばしてくれる人。


どれほど望んだかわからない人を見つけることができた。

餓えて餓えて焦げ付いてしまうかもしれないほど望んで。

世界のどんな宝石もかなうことなどない、君。


「しーんいち。愛してるからね」


本心を安っぽい言葉の中に隠して。

臆病な自分は心の中の真実を包み隠そうとする。


そんな快斗に新一は静かにため息をつく。


「・・ばーろぉ」


まるで取り合ってくれない姿に思わず笑みがこぼれる。

どこからか湧き上がる寂しさと、ほっと安堵する自分。

伝わらない本当の想いの苦しさと、そして傷つかなかった想いへ安堵。




臆病な自分はいつまでもこの位置に甘んじているかもしれない。




「新一の隣は安心して寝られるね」


その言葉は新一に対するちょっとした探り。

新一の心の中を探って、傷つくのはいつも自分なのだけど。


「新一も俺の隣で安心して寝てもいいよ」


新一の髪に顔をうずめて、そう言葉を紡ぐ。

そんな快斗に、新一がまた諦めたようなため息をつく。


「どういう話の脈略からこういう話になってるんだ?」


ちくり。

心の柔らかい部分に棘が刺さる。

新一がそう言うことくらい分かっていたはずなのに、それでも僅かに心が陰る。

それでも、期待する浅ましい心が藁のような希望に縋るように、

作りなれた笑顔と、態度で探るように新一に確認する。


「んー?新一くんも俺に甘えてほしいなー、なんて」


これは本音。

嘘の中に本当を塗して、誰にも分からないように。

だってマジシャンだから。

これくらい人を騙すのは簡単なんだ。


だけど、騙しているうちに何が本当なのか分からなくなってくる。


「・・いつも甘えてるだろ・・」


聞こえるか聞こえないかのような新一の声に、快斗は目を伏せて小さく笑う。


それだけじゃ駄目なんだ。

もっともっと心を。

助けてくれる新一に与えられる何かがないと、自分はただの役立たずだ。

だから、新一の心を。

安らかな心をあげられるほど、新一にとって大切な人間になれるように。




新一の心がまるごと欲しい。




気がつかないうちに震えていたのか、新一がそっと快斗の手を握りしめていた。


「・・しょうがねーな。お前の隣で寝ればいいのか?」


そういうと、新一は快斗の肩に頭をあずけて、瞳を閉じた。


そんな新一にあっけに取られたのは快斗だ。

こんなにも無防備でいいのだろうか?

目の前には、焦れて焦げ付きそうな男がいるというのに。

こんなに簡単に身を明渡してしまうほど、

信用していい男じゃないよ。




快斗の隣で目を閉じている新一を見て、思わず笑みがこぼれた。

それはとっても残酷な笑みで。




同情なんていらない。

友達と言われるくらいなら、

安っぽい感情を与えられるくらいなら。


ズタズタになるほど壊してくれた方がいい。




好きなのに。

ひどく、酷く哀しい。



焦れて、焦れすぎておかしくなりそうだ。



ただ1つ見えなかったことは、

自分を甘やかしてくれる人にも、甘やかしてくれる腕は必要だったということ。


自分だけが知っている。

誰にでも見せる笑顔を向けないのは、彼にだけ。

誰にも優しい高校生探偵の仮面を剥がして、

対等に向き合っているのは、彼とだけ。





肩に預けられた新一の顔を見て、思い出すのはいつかのこと。


まるで全てをあずけてしまったかのように安らかに眠る新一と。

それを慈しむように大きな優しさで包む褐色の彼の姿。















叶わない恋ならば、いっそのこと。

切り裂いてくれれば、いいのに。