+理由(わけ)+



存在理由なんて考えたことなかったけど、最近少しだけ考える。

もちろん、自分が自分である限り、人間は自分のために存在しているのだろうけど。

他の大切な人のために存在していることもあるのだなと、つくづく思ってしまう。



自分が生きていること、それは大切な大切な東の名探偵のためだけに。



そううぬぼれてしまうことができるほど、彼に心酔してしまっている。

もう、その場所を手放せなくなっている程に。



対等な関係として築かれた、東の名探偵の隣の場所。

同じ視点からものを見ることを許された、たった一人の人物と認められているようで。

与えられるのでもなく、与えるのでもないその場所はひどく居心地がよい。



時々臆病な東の名探偵は確かめるように平次の腕に触れる。

そこにいることを確かめたいのか、

それとも、どこか別のところに行ってしまうのを恐れているのか。

そういうときは決まって手を握り返してやる。


『大丈夫や。ここにおるから・・』


新一は何も言わない。

ここにいろとも、どこにも行くなとも。

自惚れていると言われるかもしれない。

けれども、腕に触れられたときこの言葉を紡いで笑顔を向ける。

すると新一は安心したようにほっと息をつくから。

新一が望んでいる言葉を取り違えてはいないのだろう。




今宵は満月。


窓の外から部屋の中に月明かりが差し込む。

月があまりにも綺麗だったから、カーテンを閉めるのをやめた。


どうしても新一が見たいといったビデオがあったので、二人で借りてきてビデオをつけた。

月明かりが差し込むベッドの上、二人で布団をかぶってビデオを見る。

それを見つめる新一の表情は真剣そのもので、

隣にいる平次などもう意識の中に入っていないかもしれない。

頬杖をついて、真剣に見つめている新一の姿を時折横目で見ながら、

平次も流れているビデオに意識を傾けた。


ビデオの内容は、ロボットが母親の愛を求めて人間になりたいと望む物語で、

平次もいつしかビデオの中に引き込まれていった。


ロボットの愛とは作られたものだ。

プログラムの中に組み込まれた、強制にも似た行動。

しかし人間によってプログラムされた感情は、愛だと言えるのだろうか。


もし、愛という感情が入力できたとしたら、

感情を持った機械はもうロボットとは言えないのではないのだろうか。

感情を持ったものを、人は簡単に壊したり、分解したりできるのだろうか。

痛いといわれたらどうするのだろう。嫌だといわれたらどうすればいいのだろう。

ロボットは感情を入力された存在であるからこそ、ロボットということから逃れられない。

人間に従うために作られたのだから。従わないのであれば、無用なものでしかない。

プログラムされた感情は人によって簡単に書き換えることもできれば、

消してしまうこともできる。


なんて哀しい存在なのだろうか。


感情を与えられて、生を受けたとしてもそれは作られた生でしかない。

だからこそ、彼は人間になりたがったのだろうか。

血が流れて、熱を持ち、作られたものではない感情を持つ人間に。



なぜ新一がこのビデオを見たいと言ったのかはわからない。

けれども、もしかしたら知りたかったのかもしれない。



人間の感情とは。

その原点に位置するものとは。



そして、愛とは何なのか。



東の名探偵は多くのことを知ろうとしすぎる。

例えばこの作品にしたって、

最後はあなたの想像に・・、といわれてしまえば、エンディングなどいくつでもある。

一人の人間の中の真実は一つかもしれないが、

この作品に対して正しいものは一ではない。

それを新一は分かっているのだろうか?


いつしかときは過ぎていき、映画のエンドロールが流れ始める。

それでも、新一はテレビの前から動こうとしなかった。


あまりにも物事がわかってしまう名探偵にとって、

この映画は考えすぎるものであったに違いない。


「・・工藤、終わったで・・」


流れ続ける画面を見ながら、それでも新一は動こうとしない。


「工藤・・」


「なあ、服部?」


ベッドの上に寝転んで、頬杖をついてビデオを見ていた新一が不意に口を開いた。

瞳はこの世の何物をも映していないかのようにも見える。


「なんや・・?」


新一が尋ねてくるのは、ある程度自分の中で答えを持っているからだ。

その答えを確信に変えるために平次に答えを求めてくる。

だけれども。

推理をしているときと、こういう問いかけのときでは違う。

こういうとき、新一が平次に答えを求めてくるのは、

何か見えかけているものを捕まえたいからだ。

自分で思っていることに対して、平次が他の世界を見せてやることができるからだ。

それを分かっているからこそ、

平次は、新一が自分に向ける質問の内容をうっすらと予想することができた。


「ロボットは絶対に人間なんかになれないよな・・」


新一は少しうつむきがちにそう問うた。

答えを求めて、でも自分の感情が肯定されることを期待して、平次に問うのだ。


「そうやなあ・・」


聞かれると分かっていた問いを、初めて考えてみるふりをする。


「じゃあ、工藤はロボットが人間になれるって思ってないんか?」


平次の問いに、新一は考え込むようにうつむいた。

そして何秒か経過したのち、

夜の色を映し出した藍色の瞳が平次を覗き込むようにこちらを見た。


「・・体を人工的に作って、記憶をその体に埋め込めばなんとかなるんじゃないのか?」


「やけに現実的やなあ、自分」


口の端で軽く笑ってみせて、平次は再び新一に問い掛けた。


「ロボットが人間になりたいって思ったのは、カラダの問題やないと思う」


平次がゆっくりと口を開くのを、新一はひとつも逃さないようにと見ている。


「ロボットが欲しかったのは、きっと確かな感情の存在なんや」


まるで初めてみるかのように、新一の目は平次に注がれている。

そんな新一の髪を、平次は優しく梳いてやった。


「人間が、変わってしまうかもしれない感情を持つロボットを心から愛せると思うか?

 俺は思わへんね。

 そりゃあ人間の感情も変わりやすいんやろうけど、

 ロボットの感情は入力されてるんだから、もっと不安になる。

 いつ誰かの手によって書き換えられるか分からへんからな」


平次は一旦呼吸を止めて新一の反応を見る。

どうやら平次の答えは新一の求めるものから外れてはいないらしい。


「ロボットが大量生産されている自分を見て、不安にならへんはずがない。

 あいつが誰よりも愛情をもらえるのかも。あいつの方が・・。

 そんなロボットが個の確立を求めるんや。

 他の誰よりも特徴のある、愛される存在になるために」


平次の言葉の続きを読み取ったかのように、新一がその愛らしい唇を開いた。


「ロボットが人間になりたいというのは、自分が自分でありたいということ・・。

 そうすれば愛してもらえる・・か」


平次から視線を外して、新一は何も映し出さないテレビに目を向けた。

誰よりも聡い名探偵はその画面の向こうに何を見るのだろうか。


「そう・・ロボットは愛してもらいたいんや。

 他の誰よりも。

 生まれてからずっと寂しかったんやろうな・・」


月のように冷たく、そして美しく見える名探偵も寂しかったのだろうか。

夜の闇に隠されながら、ひとの愛を求めて。


「・・俺は、ロボットは人間になれると思っとるよ。

 ロボットが人間になりたいのは、愛されたいから。

 それやったら、誰かが愛してやれば、ロボットは人間になることができるんやないか?

 ・・俺の勝手な考えやけど」


愛されれば、体のところどころに熱が灯る。

頭の中に血が流れる音がする。

満たされれば、誰よりも幸せな人間になれる。


言い終わると、新一は突然平次の隣に移動してきた。

痛いほど真っ直ぐな瞳が平次の心を貫く。


新一の手が平次の腕に触れる。

触れた新一の手は冷たかったが、平次から熱をもらうようにじわじわと温かくなっていく。

静かに湧き上がる昂揚感。

東の名探偵は自分がどれほど平次を誘うかも分かっているのだろうか?


「なあ・・服部・・」


縋るように伸ばされた指先がそっと平次の肌を探る。

そして新一は冷たい唇を平次の耳元に近づけて、こう囁いた。


「俺も人間にして・・?」


新一は静かに腕を平次に預ける。

平次は何も言わずに新一の腕に一つずつ熱を灯していく。


冷たい月の光が差し込む部屋の中。

そっと琴線に触れる程の温かい熱が。













人間に、なりたいと願った彼は。

ただ愛されたかったのだと。
























熱で温みかけたシーツの上、

新一が強烈なまでの色香で囁く。




ねえ、寂しいんだ。

俺を人間にして?


お前の熱で。