君が見ているものは何だろう。

知りたくてそっと手を伸ばした。

知りたいという心を満たすためには手を伸ばすことが必要。

今まで錆付いて動かなかった腕の螺子を少しだけ緩めて、

自由に動くことができるようになった範囲の分だけ、手を伸ばしてみる。

ああ、君が見ている世界はこうだったんだね。

照りつける日差しの中で、俺は笑った。





+Beautiful world+





冬の穏やかな日差しとも、夏のむせ返るような日差しとも違う、

じわりじわりと次第に身を焼いていく日差しに、空を見上げる。

ちょうど目に入ってくる太陽の光が眩しくて、手を翳してそれを遮る。

キラリと水色の空に白く輝く太陽は、この大地にあるもの全てを輝かせている。

芽吹いたばかりの青葉はみずみずしく、そして花々はその彩りを深めるかのように美しく輝く。

もちろん、輝くのは自然ばかりではない。

千石はチラリと視線をとある一人の後輩へと向ける。

まだ春とはいえ、強くなりだしてきた日差しの下で動いていれば多少なりとも汗はかくもの。

実際に千石は厳しい部活の中で、蒸すような嫌な暑さを感じていた。

けれど目の前の後輩はそんなそぶりを微塵も見せず、

元々汗はあまりかかない体質なのか涼しげな顔をして佇んでいる。

けれどいつもよりどこか俯きがちに、憂いを帯びた表情をしている彼は、

もしかしたら暑いと感じているのかもしれなかった。


視界に入る、彼の凛と立つその姿に、甘い陶酔にも似た眩暈を覚える。

ピンと伸びたその後ろ姿は何もかもを拒絶しているかのようだ。

誰にも頼らず、一人で立っていけるという後ろ姿を見せながら、

触れれば壊れてしまいそうな線の細さをも持つ。



その硝子のような脆さに背筋がゾクリと震える。



壊してしまいたいという衝動に駆られるのは何故だろう。


この手で触れて、壊れてしまった彼を掻き抱いて。


力を失った細い腕に近いのような口づけをして。

二度と彼が自分から飛び立つことができないように、

視界に自分以外の物が何も入らないように縛り付ける。



何も不自由がないように甲斐甲斐しく世話をしてあげようか。



そうして、彼が少しでも自分を求めてきたら。





その時は笑って捨ててあげようか。





太陽の下、室町の小麦色の肌が光に反射されて際立つ。

彼は常々サングラスをしていて、その瞳の表情は分からない。

だからかもしれない、彼が今、どんな表情をしているのか気になるのだ。



一度、彼の瞳を見たことがある。

滅多にサングラスを外すことがない彼の瞳を、真正面から見たのはその時が初めてで。



息が止まるかと、錯覚を起こしそうになるほどの力。



真っ直ぐ射すくめるように見つめるその瞳は、強く、長い時間正視できないほど。

脳に焼き付いて離れないあの感覚は、

今でもそこだけ切り取られてしまったかのようにはっきりとその映像を映し出している。


彼の、サングラスをしている意味をそのときはっきりと悟った。

あれは、自分を守るための手段。

ひどく人を魅了するあの瞳は、自らが望まないものも全て惹きこんでしまう。

あの視線に捕らわれてしまったら最後。

何者もそれから逃れることなどできない。

だから望まぬ者が領域内に入ってこないように、

自己防衛の機能が働いて、彼はサングラスをかけているのだ。




彼を欲しいと思った。

強さという刃と、弱さという刃を両方併せ持つ、狂おしいほど綺麗で脆い彼を。




「室町くん!」


呼んで、室町を背中から抱き締める。


「・・千石さん」


諦めを含んだような室町の声。

どんなに親しげに接してみても、彼は警戒心を解くことはない。

けれども、昔は抱きつくだけでひどく嫌がられたものだが、今はそんなことはしない。

もう慣れてしまったのかもしれないが、

ひどく警戒心の強い室町からすればたいした進歩なのではないだろうか。


「なんですか。あんまりフザけてると南部長にまた怒られますよ」


千石は室町の言葉にクスリと笑う。

彼は自分が毎回同じ言葉を紡いでしまっているということに、気がついているのだろうか。

きっと、それも室町にとっては自己防衛の手段で。

近づいてくる千石に、内側に入ってこられないようにするための、言葉の境界線。

親しくならないように、感情を表に出さないように。

壊れやすい君は、必死に自分を守ろうとしてる。

千石は再び下を向いて笑った。


「・・何がおかしいんですか?」


不審げに眉を顰めて室町が問う。


「・・いや、なんでもないんだ。ごめんね」







壊してあげるよ、そんなもの。

外側にある君なんて興味がない。

君が必死で守ろうとしている、強くて脆い、室町くんが欲しいんだ。






千石は後ろから抱き締めた腕に、更に力を強める。

ギュッと抱き締めて、その体の感触を確かめる。


「痛いですよ、千石さん」


「んー?俺は痛くないよ」


「当たり前です」


「じゃあ、痛いのは俺が力を込めてるから。」


「・・・それも当たり前です」


室町は肩を落として、深くため息をついた。

きっと、つきあってられないだとか、変な先輩だとか、

室町の頭は千石のことでいっぱいなのだろう。



強く抱き締めているのは、外側の君を壊すため。



しっかりと、君は自分を守っているようだけど。



綻びはじめているんだよ。



少しずつ。時間をかけてゆっくりと。



「室町くん、ちょっとだけ目、閉じてて」


危ないからさ。


「・・はぁ?」


千石の言葉に、室町は素っ頓狂な声を上げる。


「いいから。目、閉じてて」


千石がせかすと、室町は軽く頷いて、瞼を閉じる。

その間に千石は室町の顔からサングラスを外した。


「なにす・・!」


「いいから。」


驚いて目を開けようとした室町を、千石は手で制する。

瞼の上から手で覆って、他の人からは室町の瞳が見えないように。



他の誰にも見せてあげるつもりはないからさ。



左手で室町の瞳を覆って、右手で、室町から取ったサングラスを持ち、

それを自分にかけてみる。

すると、世界を彩っていた鮮やかな色が途端に失くなってしまう。


「ふぅん。サングラスってこういう風に見えるんだ・・」



これが、君の見ている世界。

薄いレンズを隔てた向こうにある現実世界と、その世界から必死で自分を守ろうとしている君。



「意外と視界が狭いんだね」


「そうですよ」


室町の答えに、千石は再びクスリと笑みを零す。





こんなレンズ一枚隔てた世界と、現実とはどんな違いがあるというのだろう。

不安定で、まだ完成されていない君の姿。

見つけた途端、歓喜に震える。

欲しくてたまらなくなる。

もう、逃れる術はないよ。

逃げ道を残してやるなんて甘いことなどしない。





サングラスを外して、室町にかけなおす。

そうして、偶然を装い、耳元へと唇を近づけた。



『           』




「・・・!!」





驚いたような室町の反応。

ヒュっと息を詰めるような音に、千石は口の端に笑みを浮かべる。






「宣戦布告。覚悟しておきなよ」

























いつか、君の視界に。

俺だけしか映さなくしてやるから。