この人はたまにこういうことをするのだ。

唐突に、それも誰にも気づかせないくらい密やかに。





+蒸熱束縛





夏の暑さに身を捩る。

まだ起きたくはないのに差し込む光に次第に意識が覚醒していく。

明け方にエアコンを止めてしまったために、部屋は少し蒸し暑い。

それに合わせて僅かに上気する肌の熱さを覚えて、室町は静かに目を開いた。


見慣れぬ天井。

不必要なほど真っ白なそれは、普段見慣れているものではなく。

ぐるりとまだ覚醒しない意識で辺りを見渡せば、

人が住んでいるはずであるのに何処か生活感のない部屋がそこにあった。

まるで熱の有さないような家具や道具は、

ほのかに熱の籠もる自分を嘲笑っているかのようにも思えた。

カーテン越しに照りつける太陽。

きっと今日も暑くなるだろうことを予想しながら、ベッドの脇にあった時計を眺める。

時計は6時を指している。

夏休みである今は、子供たちがラジオ体操にいそしんでいる時間であろうか。

かくいう自分も、ほんの数年前まではその中に混じっていた子供であったのだが。


室町はふと思案する。

確か今日の部活は9時からだったはずで。

それならばこんなに早く起きなくてもまだ時間はある。

しかし、窓に照りつける太陽の日差しは時間を追うごとに確実に部屋の温度を上げ。

それに伴って蒸されるように肌が汗ばんでくるのが不快であった。

この暑さの中で寝ていられるほど、室町は無神経ではなく、

止めてしまったエアコンのスイッチを再び入れようと体を捩った。



気がついたのはその時だった。


そういえば、と。

今まで考えてもいなかったのだけれども。

見慣れぬこの、何処までも無機質な部屋は一体誰の部屋なのか、という根本的な問題。

いやもちろん、本当に見慣れていない部屋なのではなく、

室町が行きずりでこの部屋に雪崩れ込んだ訳でもない。

エアコンを取ろうと身を捩ったとき初めて、この体が動かないことを知った。


体に巻きつく二本の腕。

首筋に当たる、規則的な呼吸。


そうして。

お互いの手首に結ばれた赤い紐。


何から何まで彼に絡め取られてしまっていることを自覚して初めて、

自分がどうしてこんなところにいるのかを理解する。


後ろから巻きついた二本の腕は、腰と胸に絡み付いている。

もちろん取れる気配などなく、しっかりと一分の隙さえないほどに抱き締められているのだ。

その上。

室町の右手首と彼の左手首が赤い紐で結ばれている。

昨日眠る寸前まではこんな風に紐など結ばれてはいなかったはずだ。

だとしたら室町が眠った後に彼が、こっそりと。

こんな悪戯をしたのだと思う。

室町はそれを見つけて一つ溜息をついた。


自分をしっかりと抱き締めている――このやけに無機質な部屋の持ち主である千石は、

時々室町の気づかないうちにこういうことをする。


しっかりと。

逃げないようにと抱き締めて。

その上で更に逃げられないようにと、腕に紐を巻きつける。


こんなことをしなくても、自分は逃げる気などさらさらないというのに。

何度そう告げても千石は、室町が気づかないうちに紐を絡める。


室町の気づかないうちに、こっそりと。

痛みもなく柔らかに。

千石は室町を逃れられない檻の中へと誘うのだ。


室町は僅かに身を捩る。

その瞬間、僅かに身を動かしただけであるというのに、更に抱き締められる力が強くなる。

首筋に触れる呼吸は未だ規則正しく、千石は無意識のうちにやっているのだと分かる。


室町はふと、手首に結ばれた赤い紐へと視線を落とす。

やめてくれ、とは言えなかった。

冗談なんかでこんなことをしている訳ではないと分かっていたから。

あまりにも無機質すぎるこの部屋。

彼にとって周りに存在するものが皆、このように見えているのだろうかと思う。

そんな中でただ一人、自分だけに向けられる執着心。

愛する人にただ一つと望まれて、嬉しくない人間などいない。

優しく柔らかく、とても甘く、千石は檻の中へと誘うから。



いつも自分は拒むことなくその檻の中に入ってしまうのだ。



強く回される腕。

触れる肌。


咽返るほどの熱、蒸せるほどの熱が込み上げてくるのは、

この人に抱き締められているせいなのだと、改めて気づく。


きっとこの後目を覚ませば、部活に行きたくないと駄々を捏ねられるのが目に見えている。

けれども、日に日に胃痛が酷くなっている部長に悪いとは思いつつも、

最終的にはこの人のお願いを聞いてしまうのは、


夏の暑さにも負けない深い愛情のせいなのだと思う。





室町は自分の体を抱き締めている千石の腕にそっと手を寄せる。

すると室町の背で、千石がゆっくりと覚醒する気配がした。













――今日もきっと暑くなる。