こうして貴方の背中ばかりを追いかけるのは、この忌まわしい一年という年の差のせいなのだろう。





+指先に触れる冷たさ





11月もそろそろ終わりだという日に、室町は山吹高校へとやってきた。

室町の方はもうテニス部の引退を終え、

これから卒業をするために着々と準備を進めていくだけの日々である。


そんな時に、あの人は室町を自分の高校へと呼んだのだ。

今まで俺は一度も高校のテニス部を見たことがなかったのだけれども、

それは自分が見ようとしなかった訳ではなく、

千石さんが何処か話題を避けているような気がしたから、室町も敢えて触れようとはしなかった。


中学からジュニア選抜に選ばれるほどの実力を持った千石さんは、

高校でも一年の時から名を馳せた。

中学の頃、一度挫折を味わった千石さんはそれから真面目にテニスに取り組み、

そう簡単に負けないほどの実力を身につけた。

それも、室町がいないところで。

努力するなんて、かっこわるいじゃん、なんて軽口を叩きながら、

けれど千石さんは自分に見えないところで必死の練習をしていたのだろう。


千石さんが高校に進み、昔よりめっきり会う回数は減ってしまったけれども、

会うたびにその実力が一目でわかるような気がした。

中学の頃は僅かに軽かった雰囲気も、今では引き締まるような感じだ。

もちろん千石さんの性格が変わってしまった訳ではないけれども、纏っている空気が違う。

いくら中学テニス界で名を馳せていた千石清純も、高校に行けばまだ一年生であるのだ。

倒さなくてはならない敵、乗り越えなければならない敵が沢山いるのだろう。

会うたびに精悍になる顔つきに、取り残されていくような自分を覚えざるをえなかった。


そんな千石さんが始めて自分をテニス部の練習に呼んでくれた。


『室くん明日の午後暇?

 俺の練習見においでよ』


そう告げられて室町は少し緊張をした。

普段の千石清純は知っているけれども、

高校の部活動をしている千石清純を見るのは初めてだったからだ。

今まで僅かに避けられていたような感のある、千石さんの部活姿。

自分が見ることがなかったこの一年の間に、彼はどれだけ先へ進んでしまっているのだろう。

好奇心とともに、一年という年の差への痛み。

そんなものが室町の中を駆け抜ける。

――それに。

明日は11月25日。

千石清純その人の誕生日であった。

もちろん、何もプレゼントを用意していないわけではない。

だから困るということはないのだけれども、誕生日に見においでと呼ばれたこと。

それが何だか前々から千石さんが計画していたことのように思えて、少しだけ癪に障った。

室町はその問いかけに少しだけ戸惑いを見せたけれども、結局素直に行くことを選んだ。




中学と高校はそんなに遠くはないけれども近いとは言い切れないほどの距離に建っていた。

高校の敷地自体に入るのが初めてで、止められやしないかと思ったが、

そんな心配は無用なようであった。

室町は一人、テニスコートへと向かう。

前もって千石さんに道を聞いていたので、迷わずに向かった。


校庭の隅に、テニスコートがある。

けれども室町はそれを視界に入れたとき、僅かに眉をしかめた。

コートの周りに数え切れないほどの女生徒がいるのである。

それも、手に手にプレゼントを抱えながら。

その状況を見て、室町は一瞬でどういうことであるのかを理解した。

彼女たちは。

皆千石清純を目当てにここにやってきているのだ。

高校テニス界でも有名になってきた千石さんには、自然とファンがついてくる。

コートに群がる様々な制服の生徒からも分かる。

この学校のファンだけではなく、違う学校からもファンがやってきているのだろう。

それに今日は千石さんの誕生日だ。

だからこそみんな、自分のプレゼントを受け取ってもらおうと必死にコートの中に呼びかけているのだ。


室町はそんな彼女たちの後ろからそっとコートに近づいていった。

けれどもフェンスはほとんど女生徒たちで囲まれてしまっていて、室町の見るスペースはない。

しょうがない、と室町はそこでの見学を諦め、フェンスの一番端でやっと空いた場所を見つけ、

そこで練習を眺めることにした。


人が少ないここからでは、千石さんの姿は小さくしか見えない。

けれども近くのコートでは東方さんと南さんが練習をしており、その姿に懐かしさを覚える。

一年前よりも更にコンビネーションに磨きがかかったようだ。

寸分の狂いもないそれに、さすが全国ダブルスだと、ただ感嘆の念を覚える。

技が決まり、嬉しそうに手を叩いて喜ぶ姿も昔そのままで、室町は僅かに笑みを零す。


それから。

室町は僅かに呼吸を整えて、千石さんの方を見た。

千石さんは今からまさに相手と練習試合を始めようとするところだった。

その真剣な姿に息を飲む。

こんなテニスをする人だったかと、視線を逸らせずにただ千石さんを見つめた。


サーブは千石さんからのようだ。

もちろん千石さんは手を抜くというようなことはせず、初めから虎砲を相手のコートに打ち込む。

相手はまるで動けず、千石さんのサーブを見送るばかり。

昔より格段にスピードとキレの加わったサーブに、室町も目を瞠る。

こんなに、強かっただろうか。

意識の全てを千石さんに奪われて、一つの動きも見逃さないというようにそのプレーを見つめる。

千石さんが点を取るたびにギャラリーの生徒たちは黄色い歓声を上げたが、

彼は全く意に介していないようだった。

試合に集中し、相手を倒すことだけに全ての力を注いでいる千石さんの姿は、

昔のどの千石さんにも重ならなかった。


あっという間に試合は終盤へと向かい。

千石さんがあと1ポイントでゲームが終了するというとき。

ふと、千石さんがこちらに視線を向けた。

今まで相手以外の何物にも意識を向けなかった千石さんが、

ふとこちらを見て、――笑った。


まるで勝利を確信するかのそれに、室町は射抜かれる。

それは室町に向けられたものだという確信があった。

千石さんはいつ自分を見つけたのだろうと思ったが、動体視力のよいだろう千石さんは、

もしかしたらコートに向かって歩いてくるときから室町を見つけていたのかもしれなかった。


千石さんが、自分のコートに返ってきたボールを、見事にダンクスマッシュで打ち返す。

ゲームセット。

その瞬間に女生徒たちは更に黄色い歓声を上げたが、室町は声一つ出なかった。

その圧倒的な強さに。

誰をも魅了するテニスに、震えさえ覚えた。



そういえば、昔も。

こんなことがあった。



試合を終えた千石さんは、そのまま、室町以外の他の誰にも視線を向けずに、

こちらに向かって歩いてきた。

射抜かれたままの室町は動くことすらできない。

千石さんの視線を受け止めながら、フェンスに両手をつき、

彼が近づいてくるのを待つことしかできなかった。


そうして、目の前に千石さんがやってくる。


ああ、そうだ。

昔も、確かにこんなことが。



「室町くんのために勝ったよ」



ひどく嬉しそうに笑う千石さんは、けれどとてもかっこよく。

まるで早鐘のように鼓動は鳴り、そして周りに人がいるのに恥ずかしげもなく紡がれたその言葉に、

室町は思わず頬に熱を乗せる。


悔しいけど、とてもかっこいい。

もちろん、本人には言うつもりはないけれど。



「室町くんにかっこ悪いところは見せられないから。

 ・・本気出したよ」



もう恥ずかしくてまともに顔も上げられなく、室町は俯いてしまう。

目の前に佇む千石さんは本当にかっこいい。

一年の年の差がとても憎い。

同じコートに立ち、自分も千石さんと戦ってみたかった。

テニスと運の全てを見方につけた千石さんはとても強いだろうけれども、

自分がこの世で一番だと認めたテニスプレイヤーと戦うことができるのは酷く光栄なことだ。


だから、千石さんの側にいることができない、この一年が。

とてもとても悔しい。


室町は掴んだ金網をぎゅっと握って、それから僅かに顔を上げる。

そこにはちょっと困ったような、けれども嬉しそうな千石さんがいた。



「『ねぇ、君、テニス部入らない?』」



千石さんが突然告げた言葉に、室町は思わず目を瞠った。

そうだ。昔。

もう二年以上前のことだけれども、今でもしっかりと覚えていることがある。

テニス部なんて入る気もなかった室町の、思考の全てを奪ったプレイヤーがいた。

ふらりと立ち寄ったテニスコートで新入生勧誘のための試合をしていた彼は。

室町に、他の何をも見えなくさせるほどの力を持っていた。

視線は逸らせず。

思わずフェンスを握りながら、必死に彼のプレーを見ていた。

室町の全てを奪うような試合をした彼は、どうしてだか真っ直ぐに室町の方に歩いてきて、

この言葉を紡いだのだ。


『ねぇ、君、テニス部入らない?』 と。



まるで同じだ。

二年前と何も変わらないシチュエーション。

今でも忘れずに覚えている。

まさか千石さんもそんなことを覚えているなんて思ってもみなかったから、

室町はただ目を瞠って千石さんを見ることしかできなかった。



「懐かしいな〜。

 室町くんと会ったのは、こういうシチュエーションだった」



そう言って、彼はフェンスの反対側からぎゅっと室町の手を握った。

試合をした直後の千石さんの手はとても熱く、触れられて思わず体が震える。



「・・そうですね」



周りに人が集まってきている。

それでも、手を掴まえられていて、離れることなんてできない。

最も。

離れる気など何処にもなかったけれども。

寧ろそれで千石さんのファンが少なくなればそれでいいとまで思っていた。



「室町くん」



そう、フェンス越しの室町に近づきながら、彼は言った。



「早く・・こっちにおいで」



狂おしく、切実に告げられた言葉に、室町は静かに頷いた。

年の差をもどかしく思っているのは、自分だけではなかったことを知る。

そう、千石さんも。

自分の側にいられない時間をもどかしく思ってくれていたのだろう。


強く握られた手の熱さからその思いを感じ取りながら、室町は千石さんがこんなことをした意味を悟る。

きっと室町にずっと自分のテニスを見せなかったのも、

そうして突然強くなった自分を見せたのも全て、

――室町に千石さんを追いかけさせるため、だ。


そんなことに気が付いたけれども、抗う気などなかった。

自分のテニスの全てが千石清純で、千石清純の全てが自分自身だったから。



千石さんがふと、フェンス越しに触れそうな近さで室町に近づいてきた。

そうして耳元でこっそりと囁く。



「室町くん・・ちょっと待ってて。

 すぐそっちに行くから」


「え、でも部活は・・?」



驚いてそう返事をすれば、千石さんの、いつもの明るい笑顔。



「俺最近真面目に部活出てるからさ。

 誕生日くらいサボっても大丈夫。

 きっと南と東方がなんとかしてくれるからさ!」



そこまで告げると千石は名残惜しそうに室町の手を離す。


「絶対待っててね!」


その言葉を残すと、千石は目にも止まらぬ速さで部室に駆け込み。

そうして信じられないくらいのスピードで着替えて部室から出てくると、

歓声や駆け寄る女の子たちを避けて、一目散に室町のところまでやってくると、

室町の腕を掴み、凄い速さで駆け抜けたのだ。


もちろんそのスピードについてこられる人達なんかいなくて。

きっと今頃コートの周りに悔しがる女生徒だらけで、

そんな彼女たちに東方さんと南さんは無理矢理プレゼントを押し付けられているのだろう。



「あ〜なんかこんなの久し振り!

 やっぱこうでなくっちゃね!」


二人で走りながら、千石さんはとっても嬉しそうだった。

それにつられて、室町も僅かに笑みを零す。

そして走りながら、大事なことを言っていなかったことに気づいて、

室町は慌てて千石さんを引きとめた。

もう後ろから追ってくる気配はなくなっていたけれども、

千石さんは『ん?』と不思議そうな顔をしながらも止まってくれた。

室町にしては珍しく、面と向かって素直に言葉を紡ぐことができた。



「千石さん

 お誕生日おめでとうございます」



そう告げると千石さんはみるみるうちに、これ以上ない笑顔になって。



「ありがとー!
 
 室町くん大好き!

 これからもずっと俺の側にいてね」



そんなセリフを公道の真ん中で言って。

それから室町に軽くキスを落とした。


誰が見ているか分からない、と思いながらも、

それでも今日くらいはいいかと許してしまう室町だった。















Happy Birthday dear Kiyosumi Sengoku!!