+LOVE EMOTION 〜zero〜





そういえば、と。


照り付けられるような熱を感じながら、亜久津はふと空を見上げた。


そういえば。


あいつの手も。


こんな風に熱かったのだなと思い出す。


空を見上げたまま、亜久津は鬱陶しそうにその日差しに手を翳した。


咥えた煙草からは真っ白い煙が立ち昇り、青い空に混じっていく。





出会ったのはもう、8年前のことになるのだろうか。


もちろんお互いのことは何も知らず。


小さい子供ばかりが、まるで詰め込まれたかのように存在する道場の中。



アイツは、いた。




小学生の、それも入学したばかりの頃など、

覚えていないことの方が多い。



けれども。


なぜだろう。


アイツと出会ったことだけは、やけにはっきりと覚えている。




アイツの存在を認めたのは、自己紹介の時。


やけに元気で自分ばかりを主張する子供たちの中で、


彼はやけに穏やかな空気を孕んでいた。




どの子供の空気にも属さない、


やけに柔らかなそれに、他の誰とも違う何かを感じていたのだ。



亜久津はもの珍しそうに奴を見つめた。


他の子供が騒ぎながら互いのことを自己紹介しあっている中。


ただその人物だけが気になって、その姿を追っていた。




他の人間には興味がなく。


特に人と馴れ合うことにも慣れていなかった自分は。


その人物だけを食い入るように見つめていた。


彼は自分の周りにはいなかった人種だからかもしれない。



そんなに誰にでも柔らかく触れるような、


そんな優しい空気を有している人間を、亜久津は見たことがなかった。



亜久津は逸らすことなくその姿を目で追った。


その時、彼の顔がこちらを向き。


自分の不躾な視線に気づいたようであった。



しかし彼はそれを不愉快に思うのでもなく。


亜久津の視線を真っ直ぐに受け止めた。




視線が合った。



そのことに驚いて、僅かに目を瞠る。



まさか。



目が合うとは思ってもいなかった。




数秒の間、その視線とかち合った後、


更に驚いたことに、アイツの方からこちらへと近づいてきたのだ。




体全体に纏う雰囲気と同じく、穏やかな笑顔を浮かべたアイツは。


亜久津の前でスッと手を伸ばした。




「はじめまして。俺、河村隆」




差し出された手を見つめ、そうして微笑みを浮かべる河村の顔を見る。


余りに毒気のないその行動に、ただ安心して。


そうして僅かに笑みを浮かべる。




「俺は亜久津仁・・」




そうして、差し出された河村の手を握り返した。



初めて触れた河村の手は。


彼の纏う穏やかさとは違い。


思わず驚いてしまうほどの。





熱を、孕んでいた。










亜久津は思わず浮かんだ幼い頃の記憶に、僅かに眉を顰めた。


そうして、空から降り注ぐ太陽の光を振り切るように歩き始める。


川沿いの道は風が通り抜け、亜久津の髪を静かに揺らした。


照りつける日差しに負けて、亜久津は羽織っていた上着をパサリと脱いだ。


真っ白で、涼しげに見えるこの上着も。


もう必要のない季節になってきた。


亜久津は手におざなりに持った上着が、太陽の光を弾き返す様を見て、


ほんの僅かに、笑みを零した。




その時。


後ろからどこか控えめな足音が近づいてくるのに気がついた。



後ろを振り向かなくても分かる。


その空気と、熱と、存在感。





「亜久津」





声をかけられたので、亜久津は振り向いてやる。


しょうがない、とでも言わんばかりに緩慢な動作で。


しかし河村はそれに怒るでもなく。


ただ穏やかに笑っていた。





そうやって笑いかけてくれる笑顔は。


8年経った今でも変わることがなく。





そしてアイツは、今でも。


自分の傍にいる。