+LOVE EMOTION 〜zero・10〜 話しているうちに、時は過ぎ。 輝く星々を見ながら、二人でなんとなく会話を続けた。 どちらとも、帰ろうなどという言葉は紡がず。 ただ、日常を流れる様々な出来事を、 二人で話した。 それは他愛のない話ばかりであったけれども。 その中に大切なものを含んでいると。 そう思わずにはいられなかった。 きっと、優紀や河村の両親が 自分たちのことを懸命に探しているのだろうけれども。 帰ろう、という言葉はどちらも発しなかった。 両親に心配をかけることを酷く厭う河村でさえ、 その言葉を口にはしなかった。 ただ真っ暗な空にちりばめられた宝石のように輝く星々を見ながら。 公園の中の、滑り台の上。 小さな小さな、空間の中に、二人は、いた。 「亜久津・・テニスはどう?」 河村が、そんなことを聞いてきた。 テニス、は。 まさかお前がああ言ってくれたあの日から。 ちゃんとコーチの元へと行っているのだとは言えずに。 亜久津は曖昧に言葉を濁しながら河村に告げた。 「まあまあ・・やってんじゃん?」 すると、河村はまるで自分のことのように、嬉しそうに笑った。 「そうか・・。俺もテニスしようかな?」 河村が宙でラケットを振る仕草をしてみせる。 テニスなどやったことがないにちがいない河村のフォームはひどく不恰好で。 亜久津は苦笑いを零しながら河村の腕を軽く叩いた。 「ばーか。お前はやるなって言っただろ」 そんな言葉を発しながらも、頭の隅の方では、 ラケットを持った河村が、コートの上で。 下手ながらも一生懸命に亜久津の打つボールを打つ姿を思い浮かべていた。 そうだな。 いつかは。 河村と共にテニスをするのも悪くはないかと。 そう思った。 風がサラリと肌を滑る。 ここに移動してきたときから寒さなど感じなかったが、 肌に触れる寒さとは違う、内に秘めるものが訴える心淋しさに、 亜久津は無意識のうちに彼の名を呼んでいた。 「河村」 「ん?」 河村は素直に亜久津の呼びかけに反応する。 亜久津を振り向いたその顔は、どこにも陰りはなく。 いつもどおりの河村の笑顔に安心させられた。 河村を見て、思い出すのは触れた熱。 腕を掴んだ手の熱さは未だ忘れることなどできず。 河村は温かいのだと頭の中で覚えてしまったのもついさっき。 「後ろ向け」 そう言って、亜久津は河村の肩を掴んで、くるりと体を反転させる。 「わっ・・・?」 驚きながらもなすがままに背を向ける河村に、亜久津は満足をした。 そうして、亜久津はその背に自分の背を預けた。 「寒いし」 一言、そう呟くと、河村は理解したのか小さく吐息で笑う気配がした。 「そうだね」 笑いながら、河村も亜久津に背を預けてきた。 背中合わせでお互いの顔は見えない。 けれども見えなくてもお互いの表情は手に取るように分かった。 亜久津だけではない。 きっと河村も同じ風に感じてくれているだろう。 亜久津は僅かに顔を上げて、暗い滑り台の中を見渡した。 小さなその空間は、だけれども確かに自分たちのいる空間であった。 河村のぬくもりは、温かくて心地よかった。 話しているうちに、どれくらいの時間が経ったのだろうか。 瞼が次第に重くなっていき、亜久津は自然に身を任せて ゆっくりと瞼を閉じた。 朝、光が眩しくて目を開けると。 そこは公園であることに気づくのに僅かな時間を要した。 そうして、背にあるぬくもりに気づく。 河村はまだ眠っている。 首を巡らせてその表情を覗き込むと、幸せそうな顔をしていた。 何かいい夢でも見たのだろうか。 ずっと座りながら眠ってしまったために固くなった体を解すために、 亜久津はその場から立ち上がって滑り台を降りた。 滑り台を降りる。 そうして体を伸ばす。 見上げた空には、もう星はなく。 眩しく大地を焼かんばかりの太陽がその存在を主張していた。 そのまま上を向いたまま腕や足を伸ばしていると、 滑り台の窓からひょっこり河村が顔を出した。 「亜久津?」 起きたら亜久津が隣にいなかったことを心配したのだろうか。 そんな河村に、亜久津は僅かに笑みを零して言葉を返す。 「ああ・・はよ」 「おはよう、亜久津」 すると河村も滑り台から降りてきて、共に体を伸ばし始めた。 公園内には誰もいなく。 朝の日差しに輝く木々、遠く聞こえる川のせせらぎ。 朝を告げる鳥たちの声に、自分たちがどこにいるのかを忘れてしまいそうになる。 しかし。 そんな穏やかな時もつかの間。 中年の女の人が一人。 犬を連れて公園の中へ入ってきた。 彼女は自分たちを見た途端、酷く驚いていた。 亜久津は気がつかなかったのだが、彼女は亜久津の家の隣の住人で。 その女性は二人に勢いよく近づいてきたと思うと、 まくし立てるようにして、ここにいるように二人に言った。 そうして公園を去っていった女性は、優紀にでも連絡に行ったのであろう。 女性が去っていく後ろ姿を見送った後、 亜久津と河村は顔を見合わせて笑った。 もう、どこへ行く気もなかった。 大人しく帰るつもりでいたからだ。 これ以上、河村に迷惑をかけるわけにもいかない。 数分後、公園へ走ってくる優紀と、河村の父の姿があった。 亜久津は優紀に泣きながら抱き締められた。 少しだけ、心配をかけてしまったことを後悔する。 抱き締められて込み上げてきた熱い感情には気がつかないふりをした。 瞳をきつく開き、熱を逃がす。 横目で、河村の姿を眺めた。 すごい剣幕で怒ると思っていた河村の父は、亜久津の予想に反して何も言わず。 ただ河村の肩を叩き、帰るぞと促しただけであった。 何も聞かない、何も問わない。 きっと河村の父は何があったかと問わなくても、分かっているのだろう。 そんな親子の関係が羨ましいと、亜久津は少し思った。 優紀が河村の父に頭を下げ、河村の父が気にしないでくださいと、 豪快に笑い飛ばしながら頭を下げた。 そうして。 河村と河村の父は公園を去っていく。 父親とともに帰り道につく河村の背中を見て。 引き離される織姫と彦星の気持ちが。 どうしてか、僅かに分かるような気がした。 |