+LOVE EMOTION 〜zero・13〜 「亜久津!」 声はきっと、届いていたはずだ。 けれども彼は一度も振り向くことなく。 河村たちに背を向け、門の外へと走っていった。 一体亜久津に何があったのかも分からぬまま、 河村はただ呆然とその場に立ち尽くした。 朝、道場へ来たときからどこか様子がおかしかった。 ・・否。 様子がおかしくなったのは河村が不二の話をしてからだ。 それから彼は、いつもと違う雰囲気を纏うようになった。 練習の時、いつも緊張感というものを緩めない亜久津が、 今日はどこか上の空のまま練習に臨んでいた。 いつか怪我をしないかと少し心配をしながら亜久津を見ていたのだが、 無事に練習を終え、河村はほっとしていたのだ。 河村は亜久津の去っていった方向をじっと見つめた。 追いかけていった方がいいのだろうか。 そう考えて、一つ足を踏み出した時に、河村は隣にいる人物に改めて気づいた。 そんな河村の迷いを知ってか知らずか、 不二はどこか神妙な面持ちで河村に声をかけてきた。 「タカさん・・・」 「ああ、不二」 どこか気後れをしている様子の不二に、河村は屈託のない笑顔を向ける。 「何か・・僕悪いことしちゃったかな・・」 同じく亜久津の去っていった方向を見ながら、不二が申し訳なさそうな顔をする。 勘のいい不二は、亜久津の態度に何か感じるところがあったのかもしれない。 「不二のせいじゃないよ。初めて会ったのに・・」 実のところ、河村にも何が亜久津の気を損ねたのかは分からない。 けれども、そう告げるのが一番よいことのような気がした。 蝉は鳴くことを止めず。 外の大地に照りつける日差しは皮膚を焼いてしまうと思うほど熱かった。 二人はそのまま、しばしの間そこに立ち尽くした。 行動を起こせなかったのではない。 状況をしっかりと理解するだけの時間が必要だったからだ。 不意に、不二が口を開いた。 「大石が・・来られなくってごめん、だって」 不二の言葉に、河村は笑って頷いた。 学級委員を任されている大石のことだ。 きっと今日の糸瓜の水遣り当番を代わってくれだとか、 宿題が分からないから教えてくれだとか。 信頼されている分、多く圧し掛かってくる大石への重圧があるのだ。 「気にしてないよ。大石は忙しいからね」 そう答えると、不二は微かに笑みを零した。 それはいつもと変わらない不二の笑みで、河村はほっと息を撫で下ろした。 どこか常ならぬ雰囲気が漂うこの場は、今まで体験したことがなく、 少々怯えを含んだ心持ちでここにいたのだ。 練習後、まだ着替えを終えていなかった河村は、 胴着が体に張り付いていることに気がついた。 そうして、待ってくれている不二を待たせてしまっていることにも。 「わっ、ごめん不二!すぐ着替えてくるからさ!」 河村はすぐに着替えてこようと道場の中へと急いだ。 しかし。 「ねぇ、タカさん」 不二の呼び止める声に、河村は足を止めて振り返った。 どこか挑むような視線で見つめる不二は、 けれどもそれを出さないように上手く顔に笑みを浮かべていた。 風が頬を撫でる。 しかし、それに気づくことなく河村は不二に視線を向けた。 幼馴染のそんな表情は初めてであったからだ。 「ん?」 呼びかけの先を促すように不二に声をかける。 夏の、風とも言えない熱が肌を撫でる。 不二の言いたいことは。 なんとなく分かるような気がした。 「あの子が・・そうなんでしょ?」 不二の含みのある言葉に、河村は一瞬どう答えようか迷った。 しかし、幼馴染の彼に嘘をつくわけにもいかず。 そして嘘をついたとしてもそれがすぐにばれてしまうことも知っていた。 河村は照れたように髪を掻きながら、 こう、告げた。 「うん、俺の大切な人。」 友達でもなく、親友でもない。 クラスメイトでもなければ、他人でもない。 亜久津のことを言い表すとき、この言葉が一番妥当なのだと思った 「・・そうか」 河村の言葉を聞き、不二は安心したように笑みを零した。 問いを向けた方である不二も、もしかしたら緊張していたのかもしれない。 「早く着替えておいでよ。・・追いかけるんでしょ?」 不二の言葉に、河村はかなわないと呟きながら笑った。 全て不二にはお見通しであるのだろう。 「うん。ちょっと行ってくる。 ・・あ、でも、部活には行くよ。遅刻するかもしれないけど」 「分かった。待ってるから・・・。」 河村と不二は、お互いに顔を見合わせて、同時に笑い出した。 どこか、おかしな感覚だった。 |