+LOVE EMOTION 〜zero・2〜 家の手伝いをしていて。 外で河村は仕入れた魚を、外から店の中に運んでいたのだという。 そこへやってきた、一匹の猫。 やけに怯えた様子で、しかも憔悴していたので。 河村は、持っていた箱の中から一匹魚を取り出した。 そうして、小さく薄汚れた、けれども懸命に生きているその猫に。 魚を差し出したのだ。 けれども。 その猫は河村の恩をありがたく思うでもなく。 魚を持っていた河村の手を引っ掻き、 そうして河村が手放した魚を持って、逃げていったのだという。 けれどもそれを話す河村は、どこも怒っている風もなく。 そんな姿に少しだけ呆れを覚えずにはいられなかった。 「お前・・悔しいとかいう感情はないのか?」 道場からの帰り道。 何故かともに帰ることが習慣となっていた、とある日の午後。 ふと思ったことを亜久津はそのまま言葉にした。 こちらが親切にもその魚を出してやったのに、 奪われたのでは、さすがに誰しも腹は立つものであろう。 亜久津は足もとで、その辺に適当に転がっていた石を蹴った。 石は亜久津の足に操られて、綺麗な弧を描いて1m先へと飛ぶ。 「別に・・悔しいとかはないよ」 亜久津の問いに、河村は笑って頭を掻いた。 「最初からあげるつもりだったんだし・・。 それにあの猫はすごく怯えていたんだよ。人に。 だからきっと俺が怖かっただけで、 本当は有り難うって思ってくれてたかもしれないし」 河村の言葉を聞いて、また少し肩の力が抜けていくような気がした。 そうやって他人の行動を好意的に捉えることのできる人物も少ない。 亜久津は小さく舌打ちをし、河村へ視線を投げた。 「お前はそんなことばっか言ってるから俺に勝てねぇんだよ」 道場へと通うことになってから、河村とは何度も対戦をしてきた。 けれども、その試合の中で河村が一度も亜久津を倒すことはなかった。 河村は強い。 それは自分もこの身で感じることができる。 けれどもあと一歩というところで踏み込むことができないのは。 河村の、優しさのせいなのだと思った。 「そ、そうなのかな?」 「そうなんだよ」 亜久津は足元も見ずに、小さな石ころを蹴り上げた。 今度は勢いよく、石は前へと転がっていく。 カツン、と石は電柱の端に転がり、その裏に小さくその身を隠した。 ただ、その優しさがなくなったら。 河村は河村ではなくなってしまうと。 思ったのも、また、事実。 亜久津は、もう自分が蹴った石などには興味がなくなったのだと言いたげに 視線を外し、ただ前へと歩き出した。 いつものように練習を終え、河村は更衣室へと向かった。 張り付く胴着を鬱陶しげに脱ぎ、洋服へと着替えていく。 全ての用意が終わり、亜久津は辺りを見回した。 しかし。 いつもなら容易に見つけられるはずの河村の姿はそこにはなかった。 再び辺りを見回すと、そこに河村のランドセルはある。 先に帰ってしまったのではないようであった。 珍しい出来事に亜久津は僅かに頭を巡らせた。 しかし待っていてやる義理もないので、亜久津はそのまま鞄を担ぎ、 部屋の外へと出ていった。 |