+LOVE EMOTION〜zero・20〜





結局。


昼休みに、南は亜久津のところへやってきて。

そうして二人で屋上へと向かうことになったのだ。

なりゆき上、としか言いようのない行動ではあった。

亜久津は何よりも人から指図を受けることを嫌っている。

それなのに南の頼みに応じて屋上へとついていったのは、

やはりそこに並々ならぬ南の想いを感じたからであろうか。

亜久津はそう、自分の行動に理由をつけた。


授業が終わると同時くらいに、南は亜久津のもとへやってきた。

常ならば真っ先に東方のところへ向かうはずの南が、

けれども東方の傍を通り過ぎて、

話した姿など滅多に見たことのない亜久津の傍へと向かってきたのだ。

隣に座っていた東方は随分と不思議そうな視線をこちらに向けていた。

けれどもそれに南を気にする様子もなく、亜久津に向き合ったのだ。


亜久津は南の言葉を聞きながら、横目で僅かに東方の様子を伺っていた。

懸命に亜久津に向かって何かを話す南を、東方はじっと眺めていた。

一体南はどうして亜久津と話しているのだろうかと探ろうとしているようでもあった。

そうして。

亜久津が立ち上がって、南と連れ立って教室を出る。

きっと、立ち去る後ろ姿も、東方はずっと眺めているのだろうと、亜久津は思った。

そうして教室のドアを出る直前に、後ろを振り向く。

すると、やはり。

亜久津の隣にいる南の後ろ姿を懸命に視線で追っていて。

それに付随する東方の表情が随分と険しく。

東方はどれほど南という人間を大切に思っているのだろうかと考えずにはいられなかった。

亜久津はその想いの丈を量ろうとしたのだけれども、

きっとそれは亜久津には不可能なことであるのだろうと。

すぐに思考を止めてしまった。




人が、自分以外の人間を大切に思うことに、理由などいらない。




屋上へとたどり着いた。

やはりそこには人はいなく。

立ち入り禁止の場所なのだから仕方がないかもしれないが、

どう見ても真面目そうな南が、この場所を指定したのは些か妙な気もした。

屋上の中ほどまで無言で歩き、そして急に南が立ち止まる。

それに気づいて亜久津もその場に止まった。


そういえば、と。

初めから疑問であったのだが、南が自分を呼び出した理由は一体何なのであろうか。

まさか見ず知らずの人間に、それも一人で真昼間から喧嘩を売るとは思えず。

では亜久津は南に呼び出されるような関りを持ったのかといえば、

思い返す限り皆無であった。

立ち止まったけれどもやはり無言のままの南を不審に思いながらも、

南が話しだすのを待った。

もちろん、長い間その状態が続くのであれば、すぐにこの場を離れるつもりであるのだが。


しばしの間沈黙が続いた後、南が顔をあげ、真っ直ぐに亜久津を見た。

そうして、搾り出すかのように声を紡いだ。


「率直に言おう・・」


そうして前置きがあること自体率直ではないような気もするが、亜久津は南の言葉を待った。





「亜久津は東方のことが好きなのか?」






















「・・・・・・・はぁ?」


今までの人生の中で5本の指に入るくらいに、理解できない質問であった。

南の質問の意図が全く分からず、随分と間抜けな声を出して聞き返してしまった。

しかしそれくらい、南の質問は意味がわからなかったのである。


「だーかーら!お前は東方のことが好きかって聞いてるんだよ!・・恋愛感情込みで」


少しだけ自棄になっているらしい南が、そう言葉を紡いだ。

南は亜久津に分かりやすいように言葉を選んでくれたようだが。

根本的な部分が理解できないのだから、いくら言葉を選んでくれようとも、

分からないものは分からない。


「そういう意味で好きな訳はねぇだろ。アイツは男で俺も男だ。」


そう。

根本的な問題なのだ。

東方は実は女だという事実はなく。

そして自分も間違いなく男なのだから、そこに恋愛感情が発生するわけはない。

そう、言外に告げると、南はどこか驚いたような表情で亜久津を見た。


「・・お前はそういう考え方をしているんだな」


意外、と明らかに顔に書きながら、南はそう言った。

まるで南の方が正論を言っているかのような態度に、亜久津は内心たじろいだ。

どうして、彼はこうして堂々と亜久津に自分の想いを告げることができるのだろうか。


大切な、人。


最近よく浮かぶ言葉が頭に浮かんだのだけれども、

亜久津はその言葉を無理矢理振り払うかのように僅かに頭を振った。

言葉を頭の外に逃がして、なるべく、考えないように。

もしかしたら。

もしかしたら。

湧き上がってくる仮定を次々と否定する。

それでも否定できない思いが言葉となって頭の中に浮かぶ。


もしかしたら。




南は、今まで自分が触れずにきたことに触れているのかもしれない。




「お前はそういうものに捕らわれることを嫌うと思ってたよ」





捕らわれて。

いるのだろうか。


常識という名の理念に。

倫理という名の無意識に。





「好きなものを好きって言って何が悪いんだ?」




開きなおったように言う南は、どこか誇らしげにみえた。

何ものにも縛られないという人間はこんなにも強く立っていることができるのだろうか。

亜久津はきっと南よりも強い。

けれどもそれは腕っぷしだけの問題で。

もしかしたら既成概念に捕らわれていない南の方が、随分と内面では強いのではないかと。

思わずにはいられなかった。



「俺は自分の考えは貫いて生きていく。好きなものは好きってな」



そのような生き方が悪いはずがない。

寧ろ。

亜久津はそういう生き方を強く望んでいたのだ。

他の何ものにも捕らわれずに生きていく。

それがどんなに望んでいて、手に入れたかったものであるのか。


自分は、人から指図されるのが嫌いであった。

時というものに流されていくのも嫌いであった。

しかし人間が生きていく上で、どれほど強く願ったとしても、

必ず縛られなくてはならないものが出てくる。

例えば、食べることであるとか、寝ることであるとか。

縛られずには生きていけないものがあるのだ。

しかしそれには気づかずに、ただ見かけだけ縛られているものを意識して。

それを強く嫌がりはしたけれども、その他にも亜久津を縛っているものは沢山あったのだ。




もしかしたら、『縛られたくない』ということに縛られすぎていたのかもしれない。




亜久津は頭を上げて南を見る。

そこには確かに地に足をつけ、しっかりと立っている南がいた。


亜久津は初めて、そんな風に生きている人間がいることを知った。


考え込んでしまった亜久津を見て、南は心配し始めたのだろうか。

少し口調を変えて話し始めた。


「わざわざ来てもらって悪いな。・・最近。東方の口からお前の話題が出るようになってよ。

 少しだけ・・心配だったんだ」


他人の、男同士の恋愛。

そんなものに口を挟むほど、心はうまく整理できているわけではないのだけれども。


亜久津は最近気づいたことを僅かに言葉にしてみせた。


「東方も・・お前のことが好きだと思うぜ」


言うと、南が驚いたように亜久津を見た。


「今、教室を出てくるとき、東方がずっとお前のこと見てた」


「それに、いつもいつもお前が来ると東方は嬉しそうだ・・」





言っているうちに、こめかみの辺りが痛くなってくる。

今まで、触れてはいなかったのだけれども。

南によって、呼び起こされた一つの真実。

あれは一体、何だったのか。

答えを導かなければ、きっと自分は前には進めないのだろう。




「・・そうか、有り難うな。それじゃあ、俺帰るわ」


最後に南はそういい残して、亜久津の前から立ち去った。
















触れてはいけないようで、触れてはいなかった、あの出来事。

亜久津の頬に唇で触れた河村は。

どんな意志を持っていたのだろうか。



亜久津は呆然とその場に立ち尽くし、何処までも青い空を見上げた。