思い出すのは、君の声。

君の笑顔。





+LOVE EMOTION〜zero・21〜





新しい環境は意外と。

自分に上手く馴染んで、当たり前の生活の一部となっている。

青春学園中等部に入学した河村は、幼馴染の3人と共にテニス部へと入部した。

不二と大石と、そして自分と。

3人で期待に胸を膨らませて、名門と呼ばれている青学テニス部へと入ったのだ。


そこで、たくさんの他の同級生たちと出合った。

名門の、有名テニス部ということで、

名につられて入部をしてきた生徒たちもたくさんいたのだが、

練習を重ねていくうちに、そのハードなトレーニングについていくことができず、

一人、また一人と部を辞めていった。


初めは球拾いから。

先輩たちの打った球を、懸命に拾って。

コート内を駆ける姿を見ながら、いつか自分も、と。

太陽の光にじわじわと体を熱せられながら、太陽の熱だけではない、

体から湧き上がる、強い想いとともに、ボールを追いかけた。


大石も、不二も、部を辞めることなどなかった。

小学校から共にテニスをしてきた自分たちが、このくらいのことで音をあげるわけがない。

また、これくらいのことでくじけるような弱い心を持ち合わせてもいなかった。


見据えるのはただ、前。

進むべき道は決まっているから。


テニス部の新入部員の中で、自分の周りには次第に同じ顔ぶれが集まるようになってきた。

幼馴染の、不二、大石はもちろんのこと、目標を同じくした友人たちが、

自然に傍に集まってくるというのは、当然の摂理なのだろう。

新しくできた友人の名前は、菊丸、乾、手塚。

青春学園小学校からの持ち上がり組で、小学校の頃からテニスをしている人間たちだ。

接点を作ったのは、意外にも大石で。

詳しく話を聞いていた訳ではないのだけれども、

大石は以前からダブルスで組みたい相手がいるのだと言っていた。

小学校の頃からそんなことを、時々口にしていたのを今でも覚えている。

しかし小学校の頃、大石がダブルスを組んだことは一度もなく。

その相手は未だ謎のままであったのだ。

しかし、青学へ来て、その相手の名と顔を、初めて知った。

相手の名は、菊丸英二。

小さな体で、女の子と見紛う程のかわいらしい表情。

くるくると動く表情は見ている人をとても幸せにする。

冷静沈着に状況判断をする大石と、アクロバティックに攻撃をする菊丸。

青学に来て、大石がダブルスを組み、テニスをしている姿を初めてみた時。

まだまだ組んだばかりのダブルスはぎこちない動きが多かったのだけれども。

そこに流れる空気だとか、二人の想いだとか。

ああ、この二人は、共にダブルスをするためにここに来たのだなと思わずにはいられなかった。


大石と菊丸が一体何処で出会ったのかは知らない。

けれども大石と菊丸は以前から知り合いであったようで、

部活中、随分と仲良くしているので、大石と仲のよい不二と河村と。

菊丸と仲のよい、乾と手塚と。

6人で一緒にいることが多くなったというのが事の次第だ。


今まで生活をしていた空間とは、異なった空間。

けれどもその場所に嫌悪感など全くなく。

まだ少し違和感を持って感じられるその生活はいつしか。

自分とは切っても切り離せない大切な空間になるのだろうという予感がした。


太陽の下、コートの外。

足の裏を通って体の中に流れ込んでくる熱を感じながら、友人たちと話をする。

他愛もないことを話ながら、時には真面目にテニスの話をしながら。


けれどもそこに、彼の姿はない。


そう、感じるたびに河村はふわり、と。

何処かここではない場所へ一人抜け出していきたいと思うのだ。


思い出すのは、彼と最後に会った公園での出来事。

あれから一度も彼とは会っていない。


焦がれるほどの想いを持ちながら、たとえどれだけ思ったとしても、伝わらないもどかしさ。

一体、どれだけの想いがあれば、愛しいという感情は満杯になるのだろうか。

溢れ出す感情は際限を知らず、ただ膨らんでいくばかり。


こうして新しい環境の中、笑っている自分とともに。

そんな自分を少し遠くから眺めている自分がいる。

笑っている中で、笑っていない自分はいつも。

少し遠くを見上げ、彼と出会える日を待ち望んでいる。


しかし。

想いが募れば募るほどに、その距離を感じてしまうのは何故だろうか。


中学に入り、幾度か眠れぬ夜があった。

何も音のしない、夜の暗闇の中で、一人、彼を想う。

過ぎていく時間はまるで永遠かのように長く。

部活で疲れているはずの体は言うことを聞かず、眠りへ落ちることを頑なに拒んだ。

毎日見つめているはずの天井は、乾いた夜の闇と同化して、酷く心元なかった。


彼のいない生活には、慣れているようで、

実は全く慣れてなどいないのだということに気がついたのは、つい最近のことだ。

以前は、まだ繋がりがあった。

いくら長い間会わなくとも、空手という共通点があったからこそ、

自分は安穏に生活してくることができたのだ。

しかし今は、学校ももちろん違えば、空手という共通点もない。

あるのは、この焦がれて、焦がれて、焦げ付きそうになる想いと、

たった一つの、おぼろげな約束だけ。


彼が、あんな約束を覚えているかどうかなど、分からない。

覚えていても、約束を本気にしてくれているのかすら、分からないのだ。

きっと、今彼と自分を繋ぐ、たった一つの共通点であるこの約束に。

縋るような思いを寄せている自分がいる。


彼が、覚えていてくれますように。

7月7日に、あの公園へ来てくれますように。


長い、長い夜。

瞼を閉じても睡魔が襲ってこない自分の体の奥底で。

河村は、ただ静かに願うのだ。


離れれば離れるほど、愛しさが募るのは何故なのだろう。

目の前にいない彼に、幻想を抱いてしまっているだけのだろうか。

いや。

きっと。

毎日、毎日、愛が溢れて。

けれども行くあてのないその想いが日々体に蓄積されて。

亜久津への想いが募っていくのだろうと。

痛む左胸を押さえながら、河村は思った。