愛情と恋愛感情の違いは何処? +LOVE EMOTION〜zero・35〜 愛しいという単語は、ただ一つ。 けれどその中に含まれる感情は、人の数ほど、思われる心の数ほど存在する。 では。 多々に含まれる感情の、それらの一体何処に。 愛情と、恋愛感情のボーダーラインを引けばいいのだろう。 『亜久津の中学校生活が知りたいんだ』 そう告げてきたのは3日目の夜のこと。 驚いたけれども、どうやら河村は意を決してそれを亜久津に伝えたらしく。 大して話すような出来事など無かったのだけれども。 真剣なその表情に、絆されたというのが、正しいのだろうか。 「何故だ?」 問えば、河村は僅かに照れたような笑顔を浮かべる。 「・・亜久津の」 色んなことを知れば、もっと近づけると思って。 聞いた言葉に、亜久津は僅かに混乱した。 河村の、言葉の中に含まれる意図、は。 自分に向けられる河村の想いの、真意は。 もし亜久津に、たった一度、神に答えを求められるチャンスがあるとしたら。 尋ねてみたいと思った。 ――河村が、自分に向ける思いは愛情? それとも・・ 河村の祖母が干してくれたのだろう、陽の光の匂いがする布団にくるまりながら、 亜久津はごろりと河村の方へと体を向ける。 「お前は? 俺が話す前に、お前が話せよ」 「あ、そうだね・・ごめん」 河村は、穏やかにゆっくりと、青学のことを話してくれた。 授業のこと、クラスのこと、部活のこと。 小学校の頃からテニスをしていた仲間のことだとか、 中学で知り合った、ものすごく強いプレイヤーのことだとか。 今まで、聞く機会はたくさんあったにも関らず、 怖くて足を踏み入れることができなかった、河村の生活を。 聞いているうちに、何故だか自分までその中で生活をしているかのような錯覚を覚えた。 河村の傍に、自分はいないはずであるのに。 そんな生活を知らなかった時は、河村の周りにある、 自分以外の全てのものが苦痛でたまらなかったのにも関らず。 河村の口から聞いてしまえば、どうってことのない事柄ばかりで。 亜久津はそんな河村の話を、時には真剣に、時には笑みを零しながら聞いたのだった。 「・・亜久津は?」 河村の話が区切りよいところで終わった時に、再び問われる自分の生活。 本当に、言うほどのことなどどこにも見当たらなかったのだけれども。 そういえば、と。 中学で知り合った、友達と呼ぶべき人間たちがいたな、と。 亜久津はふと思い出して、彼らのことを語った。 山吹中テニス部で、ダブルスを組んでいる二人。 学校帰りに少しだけ練習風景を見たことがあったが、 彼らは亜久津の目から見ても、そのコンビネーション、 技ともに他のダブルスよりも抜きん出ていた。 偶然クラスで隣になった東方と。 違うクラスにも関らず、ことあるごとに東方の元にやってくる南。 話しているうちに、そういえば夏休みになってから一度も彼らの顔を見ていないな、と。 元気なのだろうか、だとか、相変わらずテニスをしているのだろうか、だとか。 まるで昔から知っている友に対する気持ちを抱いていたことに、 亜久津は僅かに驚かざるをえなかった。 そんな彼らに少なからず助けられたことがあるのだと。 遠まわしに告げたら、少し河村の表情が変化した。 「河村?」 そんな態度を不思議に思い、名を呼べば、 慌てて手を振り、何でもにないよと返してくる。 けれどやっぱりその顔は笑ってはおらず。 「・・何隠してんだよ」 睨みつけるように問うけれども、それでも河村は何も答えない。 それに焦れて、亜久津は手を伸ばし、同じく横になっている河村の頬に拳を近づける。 亜久津が拳を近づけても、河村は体を逃すということをしない。 それは亜久津に対する、絶対の信頼のようなもので。 亜久津は絶対自分を殴るようなことをしないと。 彼は子供の頃から信じているようだった。 実際、彼を殴ったことなど、試合以外にはありえなかった。 河村の、幼い頃からのそんな信頼は、一体何処で築かれたのだろうかと不思議に思う。 彼の信頼を得るようなことをした記憶は一切ない。 だからこそ、河村が無条件で亜久津を信じているということが理解できないのだ。 亜久津は拳を近づけたまま、河村を睨みつける。 「言えよ・・」 すると河村は困ったように、けれど何処か照れたように亜久津を見た。 亜久津はそれを見て、拳を引っ込める。 「何だか・・淋しいなと思ってさ」 脈略のない言葉に、亜久津は僅かに首を捻る。 こうして時をともにしているのに、淋しいというのはどういうことであろうか。 「亜久津が・・。他の誰かに取られるのかな、って」 言われた言葉に、亜久津は僅かに目を瞠る。 止まりそうな思考回路を必死で動かし、 その言葉の、真意を。 彼が何を言おうとしているのかを必死で読み取ろうとする。 思うのは、こんな時。 河村はひどく簡単に、亜久津にこんな言葉を告げるのだけれども。 その言葉は一体どんな感情に裏打ちされて、紡がれているのだろうか。 河村の心が知りたい。 一体、どういう感情を、亜久津に、 抱いているのだろうかと。 「・・馬鹿だな」 亜久津は、再び河村の方に腕を伸ばす。 今度は頬ではなく、河村の腕を取った。 河村もその意図に気づいたのか、亜久津の方に腕を伸ばし、 そうして繋ぎ合わせた。 「俺は誰のモンでもねぇ」 そう紡げば、河村の少し淋しそうに笑う顔。 まだ。 河村のものになった覚えもないのだけれども。 彼が東方と南に、亜久津が取られてしまうと思ってくれたことは。 ひどく、ひどく嬉しくて。 「だから、誰にも取られはしねぇんだよ」 それだけを告げて、瞼を閉じる。 眠くなったフリをして。 瞼を閉じたその向こう。 河村はきっと戸惑いながら亜久津を見ているのだろうと思った。 けれど。 「うん・・だけど」 紡がれた言葉は、ただ衝撃的で。 その後の自分の行動を、覚えてはいないほど。 「・・俺は亜久津のものだよ」 おやすみ。 河村が、掛け布団を被る音がする。 小さな小さなその声は、けれど亜久津にしっかりと届いて。 息もできなくなるほどの衝撃と、 詰まりそうになる、幸せな心。 どれくらい。 河村のことを思っていたのだろう。 眠る前に考える。 誰かに答えを見せてほしかった。 散々考えた挙句。 亜久津は枕元を空いている右手で探す。 そこにあるのは、冷たい携帯電話で。 亜久津が電話を掛ける人間などほとんどいないのだけれども、 優紀に持たされているものだった。 動いた亜久津に、隣の河村が起きはしなかっただろうかと、 横目で河村を見たが、穏やかな寝息を立てており、亜久津は僅かに肩を下ろす。 メモリダイヤルを探し、 亜久津の知らないうちに登録されていた、とあるアドレスを探し当てる。 南健太郎 表示された名前に、たった一文。 短いメールを送ってみる。 『愛情と恋愛感情の違いは何処』 と。 もう携帯の時計は2時過ぎを指しており。 こんな時間に、部活をやっている彼が起きているはずもないのだろうけれども。 きっと、朝。 亜久津からのメールを見て、 慌てて東方の家まで走って、 二人で懸命に答えを考えてくれるのだろう。 そんな姿が簡単に想像でき、亜久津は僅かに笑みを零した。 亜久津はどこかすっきりとした面持ちで、 携帯電話を再び枕元へと置いた。 例えば人が問うとき。 その答えを確信しながらも、自らの答えを確証づけてもらうために。 問うことがあるという。 愛しいという気持ちは既に、心の中に。 |