『どれを基準に、

 愛だとか、恋だとかを

 考えている間は、まだ、

 人の心も、迷っているのだろう。


 心底、いとおしいと。

 社会の倫理とか、人の哲学とか。

 全てを越えて。

 その人間が、いとおしいと。

 感じたとき、それは恋と呼べるだろう。


 愛は、

 他人の言葉で定義されることはない。

 人間は自分なりの

 愛の定義を持つ。

 恋、だの、愛だの。

 他人の言葉に惑わされる必要はない。



 独占欲執着依存嫉妬心


 それを恋だという人もいるだろう。


 亜久津は、亜久津の答えを。



 愛という名の

 強さを      』





+LOVE EMOTION〜zero・36〜





南のアドレスで、でもきっと内容は東方が打ったのだろうメールが返ってきた。

朝、起き抜けの冴えない頭でぼんやりと。

字が綴られたメールを目で追う。


愛とは。

恋とは。


人の感情など、入り組んでいてこれ以上なく複雑なはずであるのに。

ひどく概念的で抽象的な言葉だけを与えられて、

それが、愛なのです。

これが、恋なのですと語られる。

人間の感情などそんな小さな言葉の一つに集約されて、

詳細な定義がつけられるほど、簡単なものではないのだ。


亜久津はメールを読み終え、それを再び枕元へと置いた。

先ほどの、東方が書いたであろう文章の。

最後の言葉が気になった。


果たして。

これが恋愛感情です、というくらいに。

人を心底いとおしく思うことは、


強さ、なのだろうか。




メールで再び問いただそうかとも思ったが、

東方が何の注釈もつけていないということから、

きっと自分で考えろということなのだろうと推測をつけた。


投げかけられた、問い。

きっとその答えを見出すことができれば、

亜久津の思いにも答えを出すことができるのだろう。


とりあえず、二人の友人に感謝をしてみる。





朝起きて。

もう4日目の朝ともなればその生活にも慣れてくる。

起きて、河村の祖母が作る朝食を全員で食べ。

ローカルテレビ局の朝のテレビ番組を見ながら、

今日の予定を話してみたりする。


この場所で、流れる時間はひどく穏やかだった。

時計は、自分たちの家にいるときと同じ速度で時を刻んでいるはずであるのに。

その秒針がやけにゆったりと。

正午を告げる鐘も、夕暮れを告げる村内放送も。

どこか柔らかい色を有しているのは何故だろう。


亜久津と河村は、今日の予定を話し合った。

別に、話す必要性があるのかどうか分からないほど、

行くあてなど数えるほどしかなかったのだけれども。


河村は、亜久津と、もっとテニスがしたいと言った。

別に亜久津もそれを拒まなかった。

河村が自分とどこかで繋がりを有しておくために始めたというテニスを、

彼とすることは別に嫌ではなかったからだ。


もう一度、テニスコートに行こうと、約束を交わしたとき。

ちょうど河村の祖母の声が台所から聞こえた。



「隆、そういえばね、大輔が遊びにきてほしいって言ってたわよ」



聞き慣れぬその名に、亜久津もその会話に耳をそばだてる。



「折角隆が来たのに一回も家に寄ってくれない、って」



そんな会話に河村を見れば、彼は僅かに困ったような表情を浮かべていた。



「ああ、そうだね。大輔のところに行かなくちゃ」



紡ぎだされた言葉に、亜久津は僅かに目を瞠る。

一体、誰のところに行くというのだろう。



「行っておいで。きっと大輔も待ってるだろうから」





そんな河村の祖母の言葉が頭から離れなかった。






ここは河村の田舎であるわけで。

そしてここに住んでいるのは、祖父母たちだけではないのだ。

河村の、叔父や叔母、そして従兄弟たちと。

親族たちがたくさん、河村に会うのを楽しみに待っている。

それなのに。

河村はここへ亜久津を連れてやってきたときから、

一度もそういう人間たちに会ってはいないのだ。

まるで、親戚たちがいるなんてことすら気づかせないくらいの雰囲気で。

亜久津に、亜久津だけに接してくれていたから、気づかなかった。



河村の周りには、河村を求めている人間がたくさんいるということ。







食事を終え、『大輔』という人間の話を聞けば、

なんてことはない、同い年の従兄弟だということで。

いつも夏休みに河村が田舎へ遊びにくるとき、

ともに遊ぶのがその大輔なのだという。

しかし今年は河村はやってきているはずであるのに大輔のところには行かず。

その従兄弟の方も、河村は友達を連れてきているという話を聞き、

下手に遠慮をしてしまっているのかもしれなかった。


亜久津は、そんなことを聞き。

部屋に戻り、まだ引きっぱなしであった布団の上に腰を下ろし。

何もない壁をただ、見つめて。

ぼんやりと考えを巡らせていた。




ここへ来てから、いつも。

河村と二人だったから忘れていた、他人の存在。

考えてみればこの世界に自分たち意外の人間はいくらでもいて。

彼らが自分たちの間に入ってくることなど日常茶飯事であるはずであるのに。



亜久津は僅かに寒気を覚えた。




「亜久津・・」



ともに部屋に戻ってきた河村が、僅かに困ったように亜久津に話かけた。



「テニス終わった後にでも、・・」



「行かねえ」



投げかけられた言葉も聞かず。

ただ一言、感情の欠片もない言葉を返す。



「亜久津・・」



「行かねえっつってんだろ!」



僅かに怒気を含んだそれに、亜久津は眉を寄せる。

子供じみた感情など、外に出したくはなかったのに。

河村に、悟られるような態度を示したくはなかったのに。

独占欲にも、執着にも、依存にも似たそれは。

酷く強く亜久津の心を占めていて離れなかった。


きっとこれから。

河村の口から、何人もの、何十人もの。

知らない人間の名前を聞くことになるのだろうけれども。

その度に亜久津がこんな態度では、嫌われてしまうのだろうと思った。

いくら何でも、世界に存在する限り、二人だけで生活していくことは難しく。

他の存在を思うたびに機嫌を損ねる人間の傍などに、いたいと思うだろうか。

答えは否。

亜久津がそういう人間とともに過ごしたいかと聞かれれば、

答えは否だ。


自然と視線はきつくなり。

何もないはずの壁を、親の敵のように見つめ。

けれども、その視界には、何も映ってはいなかった。



「亜久津・・」



河村が、呼びかける声はいつも優しい。

けれど、それがどれくらい。

いつまで続くのだろうかと、問わずにはいられないのだけれども。


けれども。



「亜久津が嫌なら行くのやめよう」



なんて。

笑って、そう言うから。

亜久津は思わず拍子抜けしてしまった。



「・・はぁ?」



聞き返せば河村は律儀に言い直してくれる。



「だから、亜久津が行かないなら俺も行かないよ」



河村の言葉に、ただ面食らった。

それこそ、簡単に言葉など、口に出てこないくらいに。



「・・従兄弟が楽しみにしてんだろ?」



呆然と河村を見上げる亜久津の傍に、河村は腰を下ろした。



「うん・・そうなんだろうけど」



言葉を切った河村は、少しばつの悪そうな表情を浮かべて。



「きっと、こういうことをしたらいけないんだろうと思うけど」



河村は亜久津と視線を合わせ、

そうして亜久津に笑いかけた。









「俺には亜久津が一番だからさ」













締め付けられる胸の痛みは、きっと、悲鳴。

与えられる優しさに耐えられるだけの器が。

亜久津にはなくて。

抱えきれないほどの優しさを貰うたびに、いつも。


無条件で嬉しくなる。





彼の持つ、強さ。

愛するということで強さを持つのか。

強さを持つから愛するのか。

どちらかはよく分からないのだけれども。


それでも。

愛するということ。

強くあるということ。

それはひどく近しい言葉のように思えた。


河村はきっと、自分が想像する以上の強さで。

自分を思ってくれている。


ならば。

自分は。





『 亜久津は、亜久津の答えを 』


東方の言葉が頭を回る。







愛という名の、強さを。





強さを。